2話
キーケースに付けた、熊の人形と並ぶ片翼のアクセサリーを見て、顔がニヤつく。
昨日、ハジメと二人で初めて同じ部屋で眠った。告白の時は二人共ウトウトした感じだったが、布団を並べて、ハジメがそこにいるのを感じながら眠りにつくのは初めてのことだった。
ドキドキして眠れないかと思ったが、もしかしたら張り詰めていたものが切れたのか、思いの外ぐっすりと寝てしまった千夏だった。
起きて、茜にからかわれる場面はあったものの、ハジメはそつなく大人の親戚達との会話をこなしているように見えた。わざわざ来てくれて、正直千夏でも時には面倒だなと思うこともある、年配の親戚の相手をもにこやかに対応してくれているのを見て、申し訳無さも感じる。
「年末なこともあるし、お義母さんとも少し会話させてもらえたから、今日の夕方の電車で帰りましょう。流石に、このままハジメくんを拘束するわけにもいかないし、それに、お義母さん、意志の問題なのか少し持ち直しそうっていうことだしね…………貴女のおかげだって、色んな人に言われたわ、ありがとう、頑張ったわね」
涼夏にそう言われて、千夏は褒められた嬉しさと同時に、拘束という言葉にはっとした。
ハジメに甘え過ぎていたのではないかと。ハジメは、自分でバイトだったり、動画を編集したり、パソコンで証券会社のサイトで色々することで、本当に自分の足で立って暮らしているのを千夏は知っている。
ハジメの時間はきっと、千夏のそれよりも重たい。
同じ高校一年生でも、養われている千夏と、自分で本当に暮らしているハジメの違いは、わずかにでも一緒に住んだことで実感していた。
元々ハジメが大人受けもいいのはあるのだろうし、千夏の先日の啖呵のせいもあるのかもしれないが、親戚の人たちはハジメをこぞって褒めてくれる。
それがとても嬉しい気持ちにさせると同時に、千夏を不安にもさせた。
ハジメが、高校の中の立場をもってして、千夏の彼氏、であることに対して気後れのようなものを感じているのは知っている。
その上で、千夏はハジメの良いところなんて自分がいくらでも知っているんだからと、少しずつ時間が経って、いつか一緒に登校して、堂々と出来たら良いなと思っていた。
でも、ここに来てからの二、三日で千夏は改めて思い知らされていた。
外見だけでは伝わらない、佐藤一という自分の彼氏の格好良さに惚れ直し、べた惚れになったとも言う。
同時に、千夏は少し焦っていた。
いつだったかの教室のように、ハジメと千夏が釣り合わない、という人間が、通う高校の中にはもしかしたらいるかもしれない。それは本当に、表層だけを見てハジメと千夏を比べたような言葉。
帰宅部よりも運動部が持て囃されたり、成績が良かったり、面白かったり、容姿が優れていたりするものが上位にいるかのようなそんな場所でだけ通用する変なランク付けに、競争意識に嫉妬。
とんでもなかった。
もし釣り合っていないのであれば、それは絶対に自分の方だと、千夏は思っている。
昨日のことだって、最初にハジメが言ってくれていた異分子という概念が千夏の中に無ければ、父親への態度にも、発した言葉にもたどり着くことは無かった。
そもそも祖母にきちんと謝れたのもそうだ。一人だったら、母親にも相談できずに悶々としたまま、お別れになっていたかもしれない。
比翼連理、そうイメージされて貰った、片翼を見る。
一人では飛べない鳥。一人では、堂々と立てない。
ハジメはそう言ったけれど、実際、ハジメはきっと一人でも飛べる人だ。ハジメ自身が、まだそれを自覚していないだけで、きっと、千夏の知る同世代の誰よりも、一人で羽ばたける人だ。
そして、今の千夏は一人では飛べない。今まで飛べた気になっていたけど、そうじゃなく親の翼に乗せてもらっていたことを知ってしまった雛鳥のようなものだ。
もしも、いつか、ハジメに釣り合うような人が現れて、一人で取り残されてしまったら?
千夏はそんな想像に、そして、そんな事を一瞬でも考えてしまった自分にゾッとしてしまう。
(やばいなぁ、ほんと…………うちってこんなにどうしようもなかったのか)
「どうしたの、千夏ちゃん? せっかく彼氏と一夜を過ごしたのに浮かない顔してるじゃん」
そんな事を思っていたからか、茜が後ろに来ていたのを気づいていなかった。
「っ! …………びっくりした、あっちゃん、急に声かけないでよ」
千夏の驚き様に逆に驚いたようにして、茜はちょっとおいで、というと千夏を別の部屋に連れ出した。
ハジメを見ると、こちらをちらっと見て、頷くようにして伯父さんや涼夏との話に付き合ってくれていた。
◇◆
「で、どうしたの? 何か私が受験の時に煮詰まってたみたいな顔してるよ?」
「あっちゃん…………実はね」
お姉さんに話してごらんなさい、という年上の従姉に、千夏は考えていたことを話した。
それを、うんうんと、時折驚いたような顔で茜は聞いてくれて、聞き終わった後に一言告げる。
「千夏ちゃん……大人になったねぇ。お姉さんは、本当に成長にびっくりだよ。恋は女の子を女に変えるね」
「…………あっちゃん?」
真面目に相談したんですけど、と言わんばかりに千夏が名前を呼ぶと、茜は慌てたように顔の前で手を振って言った。
「いやいやいや、冗談じゃなくって本当に。私もようやくお酒が飲めるようになった程度で、バイトはしてるけど大学の学費なんかも親任せだし? 何ていうか、正直千夏ちゃんのレベルの悩みなんて高校生の頃どころか今ですら手一杯なんだけど…………気づいてる? そんな彼氏、ハジメ君の隣に立ちたいとか、そういう風にきちんと考えてさ、悩めてる時点で、千夏ちゃんも大分大人になってるんだよ?」
「え?」
茜の真面目そうな言葉に、千夏は意外そうな声を上げる。
それを見て、茜は続けた。
「昨日だってさ、私のお父さんと急に来た叔父さんに言った言葉にも、一緒にいたのに私は吃驚するだけだったし、聡美さん、だっけ?に対する気の遣い方だってすごかったよ。だからさ、うちのお父さんもお母さんも……昨日の夜から千夏ちゃんもそうだし、ハジメ君のこともあまり子ども扱いしてないでしょ?」
「あ…………」
そうなのかもしれない。ハジメ自身のこともあるのだろうが、子ども扱いになっていないから、普通に同じ部屋に通されて、普通に親族のように接してもらっているのかも。
「だから焦ることは無いんじゃないかな、久しぶりに見た私からすると、千夏ちゃんは驚く位大人っぽくなってて、そして、綺麗になってるよ…………人はさ、ちょっといいな、位で付き合ったり、場合によってはそういう事も全然できちゃうけどさ。何ていうか、きちんと恋に落ちるには理由がいると思うんだよね。千夏ちゃん達はそれを
茜が最後魂の叫びのように口にするのを見て、あはは、と千夏は笑ってしまう。
そうか、うちは今、羨ましいと思ってもらえるくらいに、ちゃんと恋ができてるんだ。
「改めて言うけど、良い彼氏を見つけたねぇ」
「うん」
そして、久しぶりに会った際に言われたときよりもずっと深く、千夏は頷いた。
(成長しよう、ハジメの隣にちゃんと立てるように。どうすれば良いのかわからないけど、少しずつちゃんと考えてうちなりに)
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