19話


 一通り見て回った後、千夏とハジメは自動販売機で温かい飲み物を買って、ベンチに座って身体を温めていた。


「そういえば、うちは、おばあちゃんのところで基本待機したり、親戚と話をしてただけなんだけど、ハジメはどうやって時間を過ごしていたの?」


 気になっていたことを千夏はハジメに尋ねる。

 何度か聞いても、暇つぶしを見つけたからと、具体的には答えてくれなかったのだ。

 それに対してハジメは、少し照れたような表情をしながら、ポケットから何かを取り出した。

 そして、千夏の手を取って開かせて、優しくそれを置く。


「二人で買ったキーケースに熊の人形も付いてるけど、もう一つお揃いで付けてもいいかなって、作ってみた……僕からのクリスマスプレゼントになるのかな、ちょっと初めてのプレゼントなのに少し安っぽいんだけど」


 そう言って渡されたのは、片翼を模したアクセサリーだった。

 小型だが、細かい意匠が入り天使の翼のように見えるそれは硬質の手触りで、透明な石で出来たように見える。

 周りの光に照らされているからか、翼が光の加減で様々な光り方をしていてより綺麗に見えた。


「凄い、綺麗。え? これ、ハジメが作ったの!?」


 それにハジメは、コクリと頷いた。


「僕も知らなかったんだけどさ、それ、石ってわけじゃないんだ。UVレジンって言うんだって。お店の人が言うには、それこそ100円均一で揃うような材料でいけるらしいんだけど、その体験があってさ、型の中の一つに、片翼のアクセサリーがあったんだよね」


 見入っている千夏に、それでさ、とハジメは同じものをもう一つ取り出して見せてくれて、言葉を続けた。


「僕のこれと、お揃いで作ってみました…………ほら、今千夏がやってるゲームした時に調べてたじゃん?」


 それを聞いて、千夏はすぐに思い出す。


 比翼連理ひよくれんり

 ゲームのサブタイトルになっていて、意味がわからなくて調べたことがあった。

 その意味は――――。


 男女が互いに固くちぎり合うこと。

 翼が一つのため、常に二羽一体となって飛ばなければならない「比翼ひよくの鳥」と、もと二つの木の枝がつながって一つになった「連理れんりの枝」。


「ま、こじつけだけどね、一応お店の人に教えてもらいながらさ、千夏にあげたそれと、僕の持ってるのを組み合わせたら、一対の翼として完成するようにしたんだ。初めて作ったから、何回か失敗しちゃったんだけど、実は連絡が来る前にようやく欠けたりしないでちゃんと固まってくれてさ」


 愛しかった。目の前の人が。


「はは、比翼連理なんて重いよね、でもちょっと僕さ、思った以上に重たいみたいだ。……後、形を翼にしたのはもう一つ理由があってさ、作って失敗して、で調べてて知ったんだけど」


 そう言って、ハジメが教えてくれる言葉を、ちゃんと逃さないようにして、千夏は聞いていた。


「翼や羽は『自分らしく堂々と、そして自由に生きていく象徴』らしいんだよね」


 ――――堂々と、自由に生きていく。


「だから、二人で対になるような、そんな翼を付けていられたら、僕はきっと、千夏の隣で堂々と立てるんじゃないかなって。ちょっとまださ、僕一人だけの翼だと、堂々としていられる自信が無いから」


 ――――千夏とハジメの二人で。


「でも、千夏と一緒ならさ、そういられる自分でいたいって、思えるんだ」


 ハジメがそう言って笑うのを見て、ここが外とかやっぱり関係なくなって。

 何度目になるかもわからない抱擁をすべく、千夏はハジメに飛び込んだ。

 目一杯の力を込めて、抱きしめる。


「ずるい」


「ふふ、何だか、最近の千夏はよくそう言うよね」


 それを受け止めて、ハジメは、やっぱり困ったように笑うのだ。


「ずるいよ」


「サプライズプレゼントを、出来なかったからさ。ほらやっぱり、初めてのクリスマスって、そういうの憧れてたんだよね……千夏の、ちゃんと彼氏らしいことをしたいというか」


 考えられないくらい沢山の物を千夏に与えてくれて、実は何だってできるくせに、そうやって変に自信が無くて。


「……バカ」


「まぁ、買ったものでもないから、全然ちゃんとしたアクセサリーとかじゃないし、ちょっと不格好かもしれないんだけど」


 そんなハジメだから。千夏はどうしようもないくらいに胸がいっぱいになってしまって。


「……これがいい。これじゃないとやだ」


「うん、ありがとう、千夏」


 絞り出すように言った千夏の言葉に、そんな風にお礼を言って、そっと背中に手を回して抱きしめてくれる。お礼を言うのは絶対に、誰が何と言っても絶対に千夏の方であるべきなのに。


「…………」


 顔をハジメの胸に擦り付ける。今の千夏の顔はきっと見せられる顔をしていなかった。


 もう無理だと、ついこの間も思ったはずなのに。


 この、大人びていて、それでいて時折子供のように笑う、照れ屋で、優しくて、愛しくてどうしようもない人。

 昼ほど眩しいわけでも、夜ほど暗いわけでもなく、朝靄あさもやや夕暮れのように、とても穏やかに照らしてくれる人。

 そんなハジメ無しに生きていくことなんて、多分もう、千夏には無理だった。


 片翼じゃ何処にもいけないかもしれないけれど。

 でも、翼を合わせて、一対の翼になって比翼の鳥のように。


 あぁ、重たいなぁ。でも、この重みが、嬉しい。

 そう思った。


 寒い中、ハジメのぬくもりに包まれるようにして今、どうしようもないくらいに、千夏は恋をしていた。









 3章 僕と彼女と翼の欠片 完

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