13話


 翌日、涼夏さんは無事退院し、僕らに回らないお寿司をご馳走してくれた。

 何でも大のお寿司好きだと千夏から聞いており、僕も千夏も好きだったことから、病院食で出てこなかった事もありすぐ決まったのだった。


 退院手続きからご飯を食べに行くときも、千夏と涼夏さんは何だかんだ言い争いながら仲良くしており、元々の関係も聞いていた僕からすると、とても嬉しい気持ちになる。そして何より、そんな涼夏さんと千夏が、僕も一緒にいることを当たり前のように扱ってくれたのもまた、嬉しかった。


 翌日から、涼夏さんも復帰すぐということだったが、仕事をバリバリ開始しようとしたところ、部下の方に病み上がりなのにと怒られ、早く帰るということだった。離婚の揉め事を機に仕事人間になったのかと最初は思っていたが、どうもワーカホリックのがあるようだ。


 そんな涼夏さんに、延長してもいいのよ?とからかわれながらも、千夏はちゃんと自分の家に帰っていった。もっとも、いつでも来れるようにと、泊まれる状態は整えたままだし、改めて鍵は渡してある。


 そして冬休みになってから、意外と僕たちは約束した日まで直接会うことは無かった。


 僕はと言えばクリスマスや年末年始には仕事を入れないように調整していたため、それまでは冬休みということで昼の仕込みから入ってバイトに勤しんでおり、千夏もまた、友人たちとも全然遊んでいなかった分を埋め合わせるということだった。

 何より、高校入学以来ずっと仕事だった涼夏さんとも色々会話できるようになったのはやはり嬉しいことのようで、早く帰ってくる涼夏さんと千夏は家族の時間として夕食を一緒に作るなどしているようだった。

 ちょっと花嫁修業させておきます、とは涼夏さんからの言、今度泊まる時は、うちがご飯作るからね、とは千夏の言だ。同時にメッセージが来るものだから、僕は返事に困ってしまう。


 あれだけ一緒に居ながら、ここ数日会えなかった事自体に思ったよりも寂しいと感じなかったのは、千夏がメッセージや電話を頻繁にしてくれたこともそうだが、10日ほど一緒に暮らしてみて、何だかお互いに安心したからかもしれない。

 そう、僕は千夏が彼女となったことに、千夏もまたきっと僕が彼氏と名前を変えたことに。


 そして、12月24日クリスマスイブが来た。



 ◇◆



「すごい人だねー」


 そう言って、はぐれないようにと千夏が僕の腕に絡みつく。

 今日の装いはお互いに少しシックだ、大学生を意識してみました、とは千夏のコーディネートへの言葉。実は、僕の今着ている服も千夏セレクトである。

 駅で待ち合わせして、相変わらず僕の語彙ごいは少なかったけれど、千夏は機嫌を損ねることなくにこにこしてくれていた。

 ちなみにプレゼントについては、予定について立てた時に僕の履歴が見られた時、合わせて探していることがバレ、次からは履歴を消すことを僕は誓っている。



『うちも正直悩んでたんだけど、やっぱりハジメも悩んでてくれて嬉しいよ。……ということでさ、今回はちょっとサプライズとかは無しにして、二人で選ばない?』


『それは、正直ありがたいけど、それでもいいの?』


『勿論、というかさ、お母さんの事もあって、そこから恋人になってさ、すぐこうして一緒に暮らして、その中でサプライズって無理じゃない?』


『…………僕がトイレに行ってる間に、千夏が検索履歴見るからじゃ』


『いやほら、ちょっとマウスクリックしたら最近の検索って出るしさ、もっと見るってリンクがあったら、彼氏の趣味がわかるエッチな検索履歴とかあるのかなって気になるのも乙女心と言いますか……』


『それで、もしも発見したらどうするつもりなのさ』


『う、そこまでは考えてなかった……でもさ、それで出てきたのが彼女との初めてのクリスマススポットとかさ、初めてのプレゼントで重くないものとかさ、色々出てくるとこう、ハジメが好きだなってなるよね。……うん、こうして自分が愛されている感を得るために世の中の彼女は彼氏の携帯をチェックするんだね』


『…………絶対違うと思うし、恥ずかしすぎるからやめてください』



 いつぞやのそんなやり取りの結果、僕らはクリスマス仕様となった都内のショッピングモールをプレゼント探しも兼ねて色々と歩いていた。


「これ可愛くない?」


 千夏が足を止めたのは、アクセサリー屋さんが並ぶ中に挟まったように存在した小物屋さんだった。その店前に、赤と青の小さな熊の人形が付いたペアのキーケースが飾られていた。

 千夏が僕の家の鍵を持っているように、実は僕も千夏の家の鍵を持っていた。涼夏さんから渡されたものだ。


『私からの、信頼と期待の証よ』


 キミなら大丈夫っていう信頼と、できたらこのまま千夏と共にって欲しいなっていう期待ね、と続けられた言葉には流石に正直照れくさかったが、何となく、いつだったかの千夏が僕の合鍵を返すのが少し寂しかったと言っていたのが、二つ並んだ違う形の鍵を見ていてわかったような気がする。

 そんな僕らだから、初めてのクリスマスのお互いへのプレゼントは、このペアのキーケースがちょうどいい気がした。



 ◇◆



「うーん、うちもバイトしようかなぁ」


 お互いに買って、それぞれ付けた後、ふと千夏がそんな事を言う。


「あれ? そんなに金欠なイメージはなかったけど」


「うん、お母さんがお金は困らないようにって結構多めには持たせてくれてるし、お小遣いももらってるんだけどさ……うちはそのお小遣いから出したけど、ハジメはこれ、自分で稼いだお金で買ってくれてるじゃん? この後行くご飯はハジメが出してくれてるし、もちろん純粋に嬉しいと思うんだけど、でもやっぱりうちも、おんぶに抱っこは嫌だなって」


 僕のほうが稼いでいるからと、奢られっぱなしも嫌なのだそうだ。

 甘えてくるところはびっくりするほど甘えてくるのに、こういうところでは自分の足ではきちんと立とうとしているのも、外見だけではわからない千夏の魅力だと思う。


「ふふ、そうだね。僕は全然気にはしないんだけど、社会経験的にバイトしてみるのも良いかもね……僕も色々学べたこと多いし」


「そっかぁ、ちなみにお勧めとかある?」


「お勧めはないけどなぁ。……あ、でも、居酒屋とかコンビニは辞めておいてくれると僕としては嬉しいかな」


「え? なんで?」


「だってさ、千夏がホールとか店員だったら、何か声かけられそうだから…………って言っててこれ束縛でキモいね。嘘々、気にしないでいいから! 千夏がやりたいと思うバイトをしてみて」


「…………」


 ちょっと慌てたので顔も赤くなっている。てっきりまたからかわれるかと思ったら、千夏は無言のままだった、早速の束縛彼氏に引かれてはいないだろうかと様子を伺うと。


「そういうの、外で禁止」


 千夏が小さい声で言った。怪訝そうな顔で僕がいると、それに対して少しばかり力を込めるようにして、絡んだ左腕に柔らかい感触が強くなって――――。


「……行動の束縛というよりは、何か独占したいって感じが溢れてて、ちょっと嬉しい。言葉にはしてくれるけど、そういうのハジメあまり言ってくれないし…………外だとこの嬉しさを堂々と表せないじゃん、だから、ずるいから禁止」


「…………」


 僕は少しだけ、言葉を失った。

 この場合、ずるいのは本当に僕なのだろうか?


 偶に僕も思う、千夏はずるい。


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