12話


 じゃあちょっと行ってくるね。そう言うハジメを見送って、千夏はベンチに腰掛けた。

 何も言わずにハジメが、あの時のお礼にと贈ったタオルを持ってきてくれているのが見えて、心が温かくなる。


『まさかとは思うけど、オトコでもできた?』


 クラスメイトにそう言われて、お母さんの入院の話をして話を逸らしつつ、否定もしなかったのは、自分がどんな状態か自分でわかっているからだった。


 千夏は、ここ数日で更に近くにいることが自然となってきたハジメを見る。日々、自分の中でのハジメの比率が更新されていく。

 そんな中で、このままダラダラと今の曖昧な関係を続けるつもりは無かったが、同時に今の友達以上だが恋人未満を地で行くような関係性が心地よく感じる自分もいた。


「また会えて嬉しいよ千夏ちゃん、どう? ハジメっちと仲良くやってる?」


 視界の端に映り、そちらを向いて会釈をする千夏に、ニコニコしながらカナさんが手を振って隣に腰掛けてくれる。

 二度目ではあるが、まだ慣れない感じがする場所でこうして知り合いに会えるのは純粋に嬉しいことだった。


「こんばんは、カナさん。はい、仲良くはやってるんですけど……」


「……あれ? 何か悩みでもある感じ? いいねいいね! これぞ青春! お姉さんに何でも相談してみなさいって!」


 カナさんは元気だった。

 その笑顔と元気に、千夏は、思い悩んでいた事を相談してみようかな、と考える。

 を考えると、絶対に高校の友人には相談できず、お母さんは、と考えて、最近新たな顔を見せ始めた様子を思い浮かべて否定する。


 二ヶ月前であれば、そんな悩みを自分が抱えることになるとは思いもよらなかっただろうし、例え悩みがあったとしても、それを自分が他人に相談することなど、当時の自分が聞いたら信じられなかっただろう。ただ、今千夏は誰かのアドバイスを欲していた。目の前のお姉さんならば、確かに経験に基づいた話をしてくれるのではないだろうか。


「それじゃあお言葉に甘えて…………いいですか?」


「勿論、どーんと来なさいって」


「……カナさん、キスしたいとか、触れたいと思うのと、好きとか付き合いたいって感情は別だと思いますか?」


「おお? またグイグイくるね……それにしても、ふふふ…………あ、ごめんごめんバカにしたわけじゃなくてさ、あたしも同じこと考えたことあるなーって」


 千夏の口をついて出た質問にカナさんは目を丸くして、とても嬉しそうな笑顔で答えてくれる。そしてその言葉に意外なものを感じて、千夏は改めてカナさんを見た。


「え? カナさんもですか?」


「そりゃあね、女の子でもしたいことはしたいし、でも、何ていうかそういうのがさ、『よく』っぽいっていうか、ちょっと悩んだりすることはあるよねー。千夏ちゃんとハジメっちは、まだ付き合ってないんだっけ?」


「まだっていうか……はい、そうです…………こんなこと言ったら清楚ぶってるとか思われちゃうかもなんですけど、その、うちは、色々あって恋人とか、関係になるのも怖いって気持ちがあって。でも、やっぱキスしたいとか、触れたいとか思っちゃうし、それって…………性欲なのかな?って」


「うーん、勝率100パーな気がするんだけどな。まぁそれはさておき、あたしが言えることとしては…………」


 千夏が、上手く言えない想いを何とか言葉にしつつ音に乗せるのを、ふんふんと聞いてくれて、カナさんはそうして言葉を切った。


「はい」


 それに先を促すように千夏は頷き――――


「まずやっちゃえ」


「……はい?」


 そして続けられた言葉に固まった。

 それに対して、カナさんはケラケラと笑って続ける。


「あはは、そんな固まらないでよ、別に冗談ってわけでもなくて真面目な話でさ。……えっとね、キスしたいから付き合うとかさ、エッチしたいからって近づいた場合ってね、要は、そういうことをした後に冷めるわけよ…………でもね、そうじゃない場合は、した後でももーっとしてあげたくなるし、好きだなって思うよ」


 そう言って、カナさんは相澤の方をちらっと見る。

 あちらも試合が終わり、見たことのある大人の人と、ハジメと相澤が飲み物を飲みながら話をしているようだった。


「でさ、少なくともあたしは、する前にそうなるかどうかは判別できないのよね。まぁ、もう少し進むと今度は、果たしてそれが欲なのか恋なのか情なのかみたいな話にもなるんだけど――――」


「……でも、もしした後にやっぱり違うってなったらどうするんですか?」


「え? そりゃそん時は仕方ないっしょ、縁がなかったってことで」


 千夏がそういうものか、と思って、ふと感じた疑問を口にすると、あっけらかんとカナさんはそう言った。サバサバしてる。

 でもだからこそきっとカナさんは、さっき言っていた悩みの結果実際にそうしてみて、そう考えてみて、今ここにいるんだと不思議と自然にそう思えた。


「…………なるほど」


「でもさ、実際相手はハジメっちなんでしょ? 大丈夫だと思うけどなぁ、それこそ今、あたしに言ったような相談をそのまましても…………いや、でもハジメっちも健全な男子だから、したいってなったら飛びついちゃうか」


 飛びつくとは。

 ふと想像してしまい、顔が赤くなるのを自覚する千夏。


「あー、何ていうか、千夏ちゃんを見ていると年を取った気がするなぁ」


 それを見て、どこか遠い目をするカナさんが呟くように言う。

 でもまぁ、相談か。お母さんのことがあって有耶無耶うやむやになってしまっていた感はあったが、そろそろきちんと話をするべきなのは間違いなかった。


「ありがとうございます、カナさん。うち、ちゃんと話してみます!」


「うん、もしそれでハジメっちに押し倒されたら教えてね! あ、連絡先教えてよ」


「はい……え、いや、押し倒されても教えませんけど……これ、うちのIDです。また、相談乗ってもらってもいいですか?」


「勿論、あたしさ、一人っ子だからこういう妹的な、年下の子の相談乗るのとか憧れてたんだよね。せっかくの縁だから仲良くしてね、千夏ちゃん」


「はい、カナさん、これからもよろしくお願いします」


 見ると、ハジメの方も話が終わったようで、社会人の男性二人がどこか憔悴しょうすいしたような顔で離れていくのがわかった。


(そうだよね、ちゃんと話そう)


 季節も秋から冬に差し掛かる頃。夜になると少し冷える。

 でも、千夏の頬が赤くなっているのはきっと寒さのせいだけではなかった。

 

 明日以降で落ち着いて話が出来るときにでもハジメと時間を作ろう、この時の千夏は、そう思っていた。

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