15話


 三鷹の駅からそこまで歩かない場所にそのマンションはあった。

 大きくはないが綺麗なマンションで、入口にはオートロックのインターホンがあり、僕と南野は、少しばかり緊張しながら、伝えられている番号を入力して呼び出しを押す。


 間も無く、上品そうな女の人の声が聞こえて、自動ドアが開いた。

 僕と南野は連れ立って中に入って行く。一番手前の101号室。それが目的の部屋だった。


「いらっしゃい、佐藤一くんと、南野千夏さんね。遠いところをありがとう、とりあえず入ってもらって良いかしら?」


 改めて部屋の前のインターホンを押すと、先程の声がして、電子音と共に扉の鍵が開いた音がする。

 僕と南野は顔を見合わせて、僕がそっと扉を引いて開いた。


「ごめんなさいね、そのまま奥まで入ってきて」


 玄関で靴を脱いで、お邪魔します、と言いながら中に入ると、奥から声がする。

 その声に導かれるままに南野と僕がリビングに足を進めると、オープンキッチンスタイルのコンロの火の前で、鍋をかき混ぜている女性が立ってこちらを見ていた。

 初老と聞いていたが、想像より随分若く見えるご婦人だった。杖が脇に立てかけられている。足が少し不自由とは聞いていたが、杖なしでも立って料理ができる状態ではあるようだった。


「初めまして、日野美咲さんの紹介で来ました。佐藤一と言います」

「同じく初めまして、佐藤くんのクラスメートで、南野千夏と申します」

 

 僕と南野は軽く頭を下げて挨拶をする。


「あらあらご丁寧に、こんにちは、門脇奏かどわきかなでと言います。ごめんなさいねこんなお出迎えで、その代わりお昼は期待してもらっていいから。そして、本日は改めてありがとう、その子がシロちゃんかしら?」


 僕の持つケージを見て、微笑んで首を傾げる様子は、歳上に、それも親と同年代程の女性に対して感じるのもおかしいが、可愛らしい感じの方だった。

 一人暮らしと聞いていたので納得だったが、それだけではなく、何となく雰囲気の落ち着いた静かな家だった。鍋で煮込まれているのはビーフシチューだろうか、部屋全体にとてもお腹を刺激するいい匂いが漂っていた。


「子猫ちゃんでも大丈夫なように、コード類はカバーもかけているわ。元々、主人と住んでいた頃は猫も居てね、流石に匂いは残っていないと思うのだけれど、知らないところで緊張すると思うから、ケージの蓋をあけて自由に歩かせてあげて貰っていいかしら。扉が閉まっている部屋以外はどこでも居ていいつもりだから」


 そう言われて改めて見渡すと、落ちて危なそうなものは整理され、コードにもカバーがかけられている。開け放たれた部屋も含めれば、丁寧に猫を受け入れようとしているのが見て取れた。


「シロ、出るか?」


 僕はそう話しかけながら、ケージを下に置いて扉を開けた。

 シロは恐る恐るといったように出て、床の匂いをかいでいる。

 うちに居てもそうだった、色んな匂いをかぎながら、しっぽを揺らしながらゆっくりと歩く。

 それを南野が、少し心配そうな目で、でも手出しをしないで見ていた。


「…………さて、これからゆっくりとシロちゃんには慣れてもらうとして。さっきも言ったけど改めてありがとう。せっかくだから、少しお食事を取りながらお話させていただいていいかしら? 若い人とお話するのは久しぶりだから、少し張り切ってしまっているの」


「ありがとうございます、ご相伴に預からせていただきます」


「ありがとうございます! あ、お皿とかうちらでやりますので、どんどん指示しちゃってください!」


 元々美咲さんから、彼女の職業のことと、お昼を共にしたいと言ってくれていることは聞いていたので、僕と南野は素直にお礼を言って、キッチンに向かって食事の準備を手伝うことにした。


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