6話


 南野千夏は小さな頃から可愛かったのだという。

 両親どころか祖父母にも海外の血は入っていないが、どこか東欧の血も入っているかのように目鼻立ちは整っていた。

 それこそ、何度かモデルにもスカウトされ、雑誌にも載ったことがあるほどだという。


「小学生の割には身長も高かったしね、高身長モデルって期待されてたみたい。まぁ成長は中学で止まっちゃったのもあって辞めたんだけど」


 そして、小学校から中学に上がり、男子も様々なものに目覚め始めると、それこそ告白の嵐だったらしい。

 まぁそれは僕にも想像がつく。

 可愛い上に元々活発で性格も明るい。しかも元モデルという属性までついているとなればそりゃ人気も出るだろう。

 女子からも嫉妬はあったものの、成長するに従い身長はともかく美貌は増し、本人の性格にも不備はない。それでいて勉強も運動もできる彼女に対して、攻めるべきところが無い女子たちは戸惑い、仲良くなる道を選ぶ方が多数だった。


「まぁ、ちょっとしたイジメみたいなのも無いわけじゃなかったんだけどさ、あんまり当時は何でもなかったんだよね。来るなら来いよ、みたいな感じで」


 また、告白の嵐の中で、友人だった女子からの勧めで、とりあえず付き合ってはみたりもしたという。


「今にして思えば、自分で言うのもあれだけどさ、かなりのモテかただったからさっさと誰かとくっつけてしまいたかったんだろうね。それで、付き合ってみたら好きになるかも、とかそんな風に言われて、こっちも経験ないからそういうものかと付き合ってみても全くそんな気配はないし、相手は爽やかイケメンとか誠実とかの評判だったのに、同級生だろうが先輩だろうが高校生だろうが二人きりになったらすぐさかってくるし。告白の時言ってた、ゆっくり友達から始めようじゃなかったのかよって感じで」


「…………まぁ、健全な男子だからね」


 そりゃこんな美少女が彼女になったら、中学生男子が欲望に打ち勝てるとは思わない。


「でさ、流石に恋人なのにそういう事嫌だって断り続けるのも失礼だし、面倒じゃん、だからと言って無理してまでそういうことしたいわけでもないから別れるわけ。それを何サイクルか繰り返したのよ」


 そうすると悪い噂も出る。

 南野千夏は男を取っ替え引っ替えしているビッチだ、と。

 前に通っていたのはどうも中高一貫校だったらしく、学年を超えた繋がりがあり南野さんは有名な分元々陰口も多かったのだとか。


「正直ふざけんなー、って感じだったんだよね、彼氏が居ない状態だと、さっさと誰かとくっつけオーラを出して無責任におすすめしてくるしさ、しかも男子は男子で勝手に仲間内で盛り上がって告白してくるし。真面目に来られたらそれはそれで聞かないといけないけど、昼休みと放課後の時間奪われるし。だからある程度の時期からはもうバッサリ断りまくってたわけ」


 そうすると、やっかみからも逆恨みからも敵が多くなる。

 それでもそれなりに楽しくはやっていたのだという。ある時までは。

 バランスが崩れ始めていたのに、当時の南野さんは気づけなかった。


「親友だった子がいたんだよね、小柄で可愛くて、勉強が凄いできて、優しくてさ。クラス委員とかやってる真面目な子だった。隣の席になったのがきっかけで、私の悪い噂とかも全然気にしないでいてくれて、だから、陰口とかあっても、何だかんだ楽しかった。この子が居てくれるから、少なくとも私はそう思ってた」


 切なげな声で、南野さんが言う。

 顔は見えないが、きっと僕は背中を向けていて良かったと、そう思った。


「うん」


「それがある時、うちに急に言うわけよ」


『私の好きな人、私の彼氏、盗らないでよ、千夏ちゃんは何でも持ってるでしょう? 何で人のものを盗るのよ?』


 当たり前だが、南野さんには盗った覚えはなかった。

 別に、特別仲良くしたつもりはなかったが、親友の彼氏ということでそれなりに話していた。

 当時の南野さんは、仮面を被っていなかったし、親友の彼氏ということで安心もしてしまっていたのだという。


 それが駄目だった。

 色んな男子からの告白を断り、全然男子とも喋らない美少女が、自分だけとは話してくれる。

 そんな勘違いに陥ったその親友の彼氏は、ころっと南野千夏に惚れた。


『千夏のことが好きになったから、もう別れようって。何で? 何で人の彼氏に色目使うの? 色んな人から彼氏奪って、私からも奪うの!?』


「そんなの知らないよ!? って言いたかった、というか言った」


 でもね、と彼女は続ける。

 彼氏を盗られたとさめざめと泣くおとなしい子の方が正義で、美人で派手で、泣いてもいないうちは悪なのよ。


 しかもその後、親友の彼氏がフリーになったからと校舎裏で告白してきたのだという。

 そんなの勿論断った。だが――――


『何でだよ? お前のために、お前のために別れたのに! 思わせぶりなことばっか言いやがって』

『ふざけないでよ、勝手に惚れて勝手なこと言わないで!』


 そう逆恨みの如く激高した彼に押し倒され、すんでのところで揉み合いになっていたところを見回りの教師に助けられた。


「でさ、助けられたものの、教師も噂は知ってるわけ。言った言葉が『これに懲りて真っ当に人付き合いしろよ』ですって。そこで、なんだかプツンと糸が切れちゃった」


 それからだという。

 南野さんは誰に対しても平等になった。

 付き合うこともせず、イケメンだろうが陰キャだろうが、寄ってくる人間には分け隔てなく接する。

 自分の事を嫌ってそうな人がいれば、男女関係なく話しかけてそれなりに仲良くなる。

 ただし、恋人も親友も作らない。


 とはいえ、もうその学校にはいたくなかった。

 平等とは言っても、二度と話したくない人間もいる以上、差が出てしまう。

 何より、もう噂にも人間関係にも疲れていた。

 このまま中学から高校に持ち上がることに耐えられそうになかった。


「だからさ、普通は内部進学で高校に進むんだけど、ちょっと親には無理言って今の高校を受験したの、女子校も考えたんだけどそれはそれで本当に逃げた気がしてさ、学力に無理のない範囲の共学で、家から通いやすいとこって考えて」


「…………疲れたのに、高校でも人気者はやってしまってるんだね」


 僕が振り向いて、できた料理を並べながら言うと、南野さんは苦笑いした。


「その通りなんだけどね、ちょっと入学の時にも思った以上に目立っちゃって、引っ込みがつかないまま、ね。だから、さっきキミにずばり言われた時は、もうなんか張り詰めてたものが結構気が抜けちゃったんだよね。…………あー、初めて人にこんな事話した!」


「少しはスッキリした?」


「うん…………ってか凄いね、おかず一品だけじゃなくて、サバの味噌煮に、生姜焼きにサラダ、味噌汁までついてきてるのにびっくりなんだけど」


「サラダ以外は冷凍を解凍しただけ、味噌汁もインスタント。だから逆に味は保証するよ。これ食べたら帰って風呂入って寝るといいよ。それにまた、話くらいは聞くよ、友達だから」


「あ…………うん、ありがとう」


 そういった南野さんは、どこか肩の荷が下りたような顔で、素直だった。


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