第8話:ドレスの仕立て
それから数日後にランドルフ殿下とジュリアナ様の婚約解消が発表され、さらに数日後には殿下と私との婚約も発表されました。
エドガー様に婚約破棄されてからここまで、一ヶ月も経っていないことに驚きです。
まさに激動です。
間近に迫っている王家主催の夜会で私を披露したいという目論見もあったから、このスピードになったらしいですね。
「きついところはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
早速お妃教育が始まっています。
私も一六歳。
シニアスクール最終学年だということが重なって、目の回るような忙しさを経験しています。
しかしこれも試練ですね。
言いようのない充実感を覚えています。
「リディア、美しいぞ」
「ありがとうございます、ランドルフ様」
お妃教育の合間に、王宮裁縫師に特急でドレスを仕立ててもらっています。
ランドルフ様の金髪と青い目に調和させた、ダンスに適している軽快なドレスです。
「わざわざ申し訳ありません。ランドルフ様もお忙しいのに」
体調が回復されてからのランドルフ様は、仮縫いの時にいつも付き合ってくださるのです。
ランドルフ様だって政務を分担されていますから、時間がないはずですのに。
「いや、いいんだ。私がリディアに会いたいだけだから」
「まあ、御馳走様です、仲がおよろしいことで」
裁縫師さんに冷やかされてしまいました。
思わず顔が赤くなります。
かつて婚約者だったエドガー様にはこれほど愛情を向けられた経験はありませんでしたので、恥ずかしくなってしまいます。
ランドルフ様はどうして私に良くしてくださるのでしょう?
情の深い方というだけでは説明できない気もします。
「お妃教育もかなり進んでいるようじゃないか」
「えっ? まだ始まったばかりですよ」
「いや、ジュリアナと比べるとだな。彼女は本当に学ぶことをしなかったんだ」
考えてみれば私を正妃にというのもおかしな話です。
物覚えの良さだけで評価されているのでしょう。
頑張らなくては。
「ジュリアナ様の評判は悪かったですよ。こんなこと言っちゃ何ですけど」
「さもあろう」
「裁縫室にはよくいらしていましたけどね」
「そうだったのか?」
「ウエストが合わなくなったから緩くしてくれ。しかもそれを周りに気付かれないようにしてくれって。気付くに決まってるじゃないですか。ジュリアナ様段々丸くなっていくんですから」
「私は気付かなかったな」
「あら、殿下はお優しいこと。それともアタシの腕がいいからかしら?」
アハハと笑い合う。
ランドルフ様ったら、ずっとジュリアナ様に興味がなかったから気付かなかったんでしょうね。
私も見限られないようにしないといけません。
努力あるのみです。
「あ、痛!」
「どうされましたか?」
「針で指を突いちゃったんですよ。嫌だ嫌だ、歳かねえ」
「失礼します、ヒール!」
回復魔法をかけます。
針傷くらい瞬時に塞がりますよ。
しげしげと自分の指を眺める裁縫師さん。
「おやおや、どこから血が出てたのかわからなくなってしまいましたよ」
「よかったです」
「歳のせいで目が悪くなりましたかねえ?」
アハハ、違いますよ。
面白い裁縫師さんですね。
「……魔法ですか? リディア様は魔法使いなので?」
「少し使えるというだけです。大したことはないんですけれども」
魔法使いという響きはいいですね。
幼い頃から憧れていました。
「いえいえ、治癒系の魔法を使える者なんて稀でしょう? 宮廷魔道士の中でも数人いるかいないか、ってところのはずですよ」
「うむ、確かに少ないな。ここだけの話だが、リディアはかなりの魔法を使用することができる。しかし一応、他言は無用と心得ておいてもらいたい」
「はい。わかりましたが、それは何故ですの? 魔法を使えると公表した方が、リディア様の活躍の場も、また各方面からの支持も広がると思うのですけれど」
「そんな、私は……」
私が魔法を使えることを大々的に宣伝した方がいい、という考え方があるのは理解できます。
ただ私が魔法を使えるのは、生まれつきの優れた才能でも、血の滲むような研鑽を積んだからでもないんです。
ただただ魔法神様の加護のおかげであって、自慢できるようなことではありません。
「リディアは私のものだ。誰もが気軽にリディアの魔法に頼ってもらっては、私が面白くないだろう?」
「まあ、お腹一杯ですよ」
三度目の笑いです。
私が魔法の力を前面に押し出したくないということを、ランドルフ様は察してこう言ってくださるようです。
さすがでございます。
「であるから、リディアの魔法については秘密ではないが、口外は控えてくれ」
「公然の秘密というやつでございますね?」
「まあそんなところだ」
それくらいの扱いにしていただいた方がありがたいですね。
あくまでも私の魔法は趣味とちょっとした実用程度です。
大っぴらにするつもりはありません。
声を落とす裁縫師さん。
「……でも殿下。リディア様の身はよっぽど気を付けて守らなきゃいけないと思いますよ」
「ふむ、どうしてそう思う?」
「そりゃあエドガー様が袖にしたお嬢様でしょう? そのリディア様がジュリアナ様を追い落としてランドルフ殿下の婚約者に収まった形じゃないですか。リディア様にスタンホープ侯爵家の怨嗟が集中しますよ」
「やはりそう見るか」
「ここ数日、王宮勤めの女達の間ではもっぱらの噂ですよ。リディア様は危ないんじゃないかって。スタンホープ家は上にはへいこら、下にはふんぞり返るという家風ですからね」
怖いです。
私だけが標的になるならともかく、お父様やお母様に迷惑がかかったらと思うと悩ましいです。
「心配するな。騎士を巡回させ、デービス家に嫌がらせなどさせぬようにする。またリディア付きの影も増員しよう。そしてそのことを宰相殿にそれとなく通告しておく」
宰相閣下はエドガー様ジュリアナ様の父に当たります。
宰相閣下からストップがかかるなら安心ですね。
「絶対夜会までにドレスを間に合わせてくれよ」
「お任せくださいな。腕によりをかけて仕上げますからね」
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