第5話:過分な謝礼
「やあ、いらっしゃい」
「ありがとう存じます。お招きに与りまして光栄です」
馬車の事故から五日ほど経ち、我が家でその話題も出なくなった頃にランドルフ第一王子殿下から王宮に御招待を受けました。
事故の現場からはそっと立ち去ったのに、私とわかってしまうものなのですね。
殿下はまだやや顔色がおよろしくないですけれども、お元気そうではあります。
まずはホッといたしました。
「リディア嬢が私を救ってくれたと聞いた」
「いえ、そんな。ランドルフ殿下の御運がよろしかったのですわ」
「すまないね。もっと早くに礼を言いたかったのだが、ようやく身体を起こせるようになったところなのだ」
わかります。
かなり血を失っておいででしたものね。
回復魔法では流れ出た血までは戻せませんから。
ためらいがちにランドルフ殿下が言葉を紡ぎます。
「それで……リディア嬢は蘇生魔法を使えるのかい? ああ、内密ということなら言わなくて構わないが」
「いえ、秘密ということではありません」
やはり魔法のことでしたか。
エドガー様に婚約破棄されたの件からうんぬんかんぬん。
しきりに頷いていらっしゃるランドルフ殿下。
「なるほど、不思議なことがあるものだな」
「殿下はお信じくださいますのですか?」
「どういうことだい?」
「私の両親も侍女も、この話をしたら婚約破棄されて頭がおかしくなったんじゃないか、っていう反応だったんです」
「ハハッ。命を救われたのは事実だからね。何かのきっかけがあってリディア嬢が魔法神の加護を受けたのは疑いようがない。それほど蘇生魔法の使い手は希少なんだ」
「そうなのですね?」
「ああ、現在我が国で確実に使用できると言えるのはリディア嬢だけだ」
ビックリです。
有名な魔法ですので、それほどレアだとは思っていませんでした。
「リディア嬢はシニアスクールでの成績も優秀だそうじゃないか」
「恐縮です」
「そもそも魔法学に長けていなければ、いくら魔法力や魔力量が上がったところで魔法を自在に使えるわけがない。魔法神の目に留まったはずもない」
ランドルフ殿下の仰る通りです。
魔法神様に目をかけていただいたのはありがたいことだなあと思います。
「リディア嬢が婚約破棄されたのは、要するにエドガーの我が儘と浮気なんだろう?」
「ええと、その……」
急に話題が変わりましたね。
どう答えるべきでしょうか?
文句を言い募るのははしたない気もいたしますし。
第一まだ青白いお顔の殿下に申し上げるほど楽しいお話でもないですし。
「エドガーを庇う必要はない。調べは付いている」
そ、そうでしたか。
公平な判断を下していただけるのは嬉しいです。
所詮貴族社会は身分の上の方に逆らえませんから。
「実際に会ってみて、リディア嬢が慎ましやかで感じのいい令嬢だということは理解した。どうだろう? 私の妃になってはもらえないだろうか?」
「願ってもないお話です。よろしいんですか?」
「もちろんだ」
わあ、何か謝礼をいただけるという話だとは思いましたが、ランドルフ殿下の側妃にしていただけるようです。
私は婚約破棄された傷物なのに、ランドルフ殿下は懐が深いですね。
両親も喜んでくれるでしょう。
ありがたい話です。
「ちょうど私も婚約を解消するところなんだ」
「えっ?」
婚約を解消?
ランドルフ殿下の婚約者と言えば、スタンホープ侯爵家のジュリアナ様ですよね?
エドガー様の姉の。
殿下が吐き捨てるように言います。
「私は将来王になる身だ。ジュリアナでは王妃は務まらん。素行も頭も悪い。これは私だけではなくて、父陛下や王宮の文官女官の一致した見方なんだ」
「ち、ちょっとお待ちください」
「侯爵も自身が宰相を務めるほどの切れ者だというのに、子育てを誤ったな。ジュリアナもエドガーも、高慢で強欲で怠惰でとんでもないやつらだ」
「ええと、あの……」
「その点リディア嬢なら安心だ。実は既に各方面で調べさせていてね。ガーフィールド教授もドロシー女史も太鼓判を押していたよ」
スクールのガーフィールド先生やドロシー先生も?
大変名誉なことではありますけれども!
「私の正妃となってくれ!」
「そ、それはさすがにお受けいたしかねます」
「何故だ?」
「ランドルフ殿下は王になるお方ではありませんか。となれば侯爵家以上の令嬢か、もしくは外国の王女皇女を妃とするのが通例でございます。私が正妃では身分が足りません」
「それはそうだが、伯爵家から王妃が出た先例がないわけではない」
「稀有な例外ではありませんか!」
内乱期に軍権を握っていた騎士団長が伯爵で、その令嬢が王家との繋がりを強めるために当時の皇太子と結ばれたという例があるだけです。
平時に伯爵家から正妃が迎えられたことは、ヤライアス王国史上ありません。
「私は婚約破棄された傷物でございます。殿下のためになりません。ぜひとも正妃の件は御容赦いただきたく……」
「父上、母上、聞いたかい?」
「えっ?」
国王陛下と王妃殿下?
い、いつからお聞きになられていたので?
お二人が入室されます。
「リディア嬢は素晴らしいと思わないか?」
「うむ、正妃と聞いて身を引こうとするとはな」
「側妃と聞いて辞退することはあるでしょうけれどもね。稀に見る美徳です」
「そ、そんな……」
当たり前のことではないですか。
デービス伯爵家はただ古いだけの家です。
貴族間のパワーバランスとは無縁ですよ。
陛下が仰います。
「ジュリアナ嬢はな。明け透けに言えば宰相から押し付けられた令嬢なのだ。まあ鍛えればどうにかなるかと思いきや、どうにもならなんだ。ランドルフの言う通り、ジュリアナ嬢では王妃は務まらないのだ。あのような娘は王家にいらぬ。お妃教育が王家の秘密にまでは及んでいなかったことは幸いであった」
「宰相閣下はきっと王家の弱みを握るつもりでしたのよ」
「で、あろうな」
外戚による王家の実質的な乗っ取り?
なるほど、有力な貴族との婚姻はそういう危険もあるんですのね。
「いかがであろう? 王家はリディア嬢ならば歓迎する」
「リディア嬢、改めて私と婚約してくれ!」
「わかりました。殿下のお力になれるよう、精一杯努力いたします」
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