第4話:馬車の事故

「とても楽しかったわ」

「そうですね」


 今日は人気歌劇のマチネーのある日で、楽しく観劇してまいりました。

 ずっと見たかった歌劇ですから嬉しくて。

 今は侍女のナナとともにゴトゴトと馬車に揺られながら、王都のデービス家タウンハウスへ戻る途中です。


「護衛騎士役の俳優の方、格好良くなかったですか?」

「そうね。でもナナって熱血の人が好みじゃなかったでしたっけ? クールな役どころでしたよ?」

「いい男であれば選り好みはしないのです。好き嫌いなく御飯をいただくのと同じ、もったいない精神です」


 いい男であれば、というのは選り好んでいることにはならないのかしら?

 ナナの感覚はちょっとわからないところがありますね。


「失恋した時は、いい男を見るのが一番の癒しになります」

「私は失恋したわけではないのですけれど」

「そうですか? わんわん泣いていらしたではないですか」

「あれは……」


 失恋だったのでしょうか?

 いえ、そうではなくて喪失感だった気がします。

 初めエドガー様の婚約者になった時は恋していたんだと思いますが……。

 いつからか考えが変化していたんですね。

 これから築いてゆく生活に思いを馳せるのではなく、ただ関係を失うことのみを恐れていました。

 あら、これもナナの言うもったいない精神なのかしら?


「リディア様がお元気になられてよかったです」

「うふふ、心配かけてごめんなさいね」


 婚約破棄のショックから私が立ち直るきっかけを作ってくださったのは、間違いなく魔法神様です。

 ありがたいことです。

 ナナも私に気を使ってくれて嬉しかったですよ。


「お父様とお母様にお土産も買いましたし」


 私が魔法を使えるようになった経緯は両親に話しました。


『婚約破棄されたら魔法神の加護を得て、魔法を使えるようになっただと?』

『リディア、学校を休学して領で静養してもよろしいですのよ?』

『本当なのです!』


 お父様お母様まで私を可哀そうな子を見る目をしています。

 ナナと同じ反応ではありませんか。

 違うのです!

 確かに婚約破棄されたのはショックでしたが、それとこれとは話が別なのです!

 わかってもらうのに大汗をかきました。


 ……加護を得ることは喜ばしいことだと思います。

 でも常識で測れない奇跡的な現象ですからね。

 理解してもらえないケースも案外多いのでは?

 今後事情を話さなくてはいけないことがあったりしたら嫌ですね。

 とても億劫です。


「どうしたんでしょう?」

「事故のようですね」


 馬車が渋滞しています。

 この先の交差点で何事か起きているようです。


「リディア様、どういたしましょうか?」

「ここまで来れば家まで大した距離ではありません。歩きましょう。馬車はこの先の交差点を通らず、大回りして戻してくださる?」

「了解いたしました」


 御者に指示を出して馬車を降ります。

 交差点の方へ。

 様子を見ていきましょう。

 ああ、やはり事故でしたか。


「馬車が横倒しになっていますね」

「二台もです。衝突事故でしょうか?」


 見ていた方が教えてくれます。


「つい今しがたのことなんだが、車軸の壊れた馬車がバランスを崩してぶつかってな。もう一台の馬車とともに倒れたんだ」

「そうだったのですか。わざわざ教えてくださってありがとうございます」


 石畳にべっとり血が付いています。

 馬は無事のようですので、乗っていた方がケガをされたのでしょうか?

 痛ましいことです。


「あっ、リディア様大変です。あれは王家の紋ですよ!」


 王族のどなたかが事故に遭われたのでしょうか?

 従者と思われる方の悲痛な声が聞こえます。


「誰か助けてくれ! ランドルフ殿下が下敷きになっているんだ!」

「「えっ?」」


 近々王太子になられるであろうランドルフ第一王子殿下が?

 とても感じのいい方で、スクールで出会うと私のような者にもニコと微笑みかけてくれたほどです。

 皆が馬車を起こそうとしていますが、王家の馬車は重く頑丈に作られていますからなかなか難しいようですね。


「リディア様!」

「ええ、『ストロング』!」


 身体強化魔法を自分にかけて、横倒しになった馬車へ。


「加勢いたします!」

「えっ? お嬢ちゃんが手伝ったところで……」

「せーのっ!」

「どうなってるんだ? お嬢ちゃんのパワー異常かよ?」


 ほとんど独力で馬車を起こします。

 皆さんが驚愕していますがそんな場合じゃないですよ。

 殿下の金髪が血まみれです。

 ああ、お命は大丈夫でしょうか?


「医者はいないか!」

「わしが診よう」


 幸いなことにお医者様がいらっしゃったようです。

 診察をしていますが、首を振ります。


「殿下の御容態は?」

「ダメだ。脈がない。残念だが……」

「『アナライズ』!」


 鑑定の魔法をかけます。

 殿下の具合はいかがでしょう?


 ランドルフ・テルモアス。

 ヤライアス王国第七代王ノルベルト二世の長子。

 状態:死亡


 やはりお医者様の言う通り、お亡くなりになっています。

 でも太陽にも喩えられるほど御立派で、その双肩にヤライアス王国の未来を担うランドルフ殿下を失うなんて考えられないです。

 かくなる上は……。


「『レイズ』!」


 蘇生魔法です。

 死とは魂が肉体を離れる状態を指します。

 しかし死して時間があまり経っていなければ魂がまだ近くにいる時があり、その場合は蘇生が可能と言われています。

 どうか間に合って!


「おお?」

「どうなってんだ? 魔法か?」


 ランドルフ殿下の身体が白く輝きます。

 蘇生魔法は発動しています。

 効果のほどはどうでしょうか?


「き、傷が塞がってきた?」

「呼吸と脈はどうなんだ? 戻ったのか?」

「顔に赤みが差してきたように思えますわ」


 群衆が心配そうにしています。

 手ごたえはあった、と思いたいですが……。

 お医者様が驚いて目を見開き、従者の方が泣き出しました。


「奇跡だ! 脈を打ち始めた!」

「息を吹き返しました! 殿下は助かった!」

「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」

「「「「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」」」」


 良かったです!

 私の魔法がお役に立ちました!

 皆さん大盛り上がりの中、こっそりその場を辞して帰宅します。

 今日はいい日でしたね。

 夕御飯も美味しくいただけそうです。

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