第2話:魔法の試し撃ち

 翌朝起きた私は、何となく両手の掌をじっと見つめました。

 昨夜の夢は本当だったのかしら?

 やけにはっきり覚えているけれど。


 試しに力ある言葉を唱えてみます。


「『ライト』……きゃっ!」


 ま、眩しい!

 光の魔法は私の使える数少ない術の一つです。

 でもこれほどの光量を発したのは初めてです。

 やはり魔法力が増大しているのは本当なのでしょうか?


「リディア様、どうされました?」

「あっ、ナナ!」


 叫び声を聞いて私付きの侍女ナナが部屋に入ってきました。

 そうね、ナナになら昨日の夢の内容を話してもいいかしら。


「実はね……」


 かくかくしかじか。


「……つまりリディア様は魔法神様の加護を得て、魔法を自在に使えるようになったと?」

「ええ、大雑把に言えばそういうこと」


 あっ、ナナったら、私が婚約破棄されて頭がおかしくなってしまったと思ってる!

 ち、違うの!


「それで試しに光の魔法を使ってみたら、思わぬ光量の強さでビックリして声を上げてしまったのよ」

「魔法力が上がったから魔法の効果が強く出た、とも言える現象ですね」

「そうでしょう?」


 魔法力は魔法の効果の大小に、魔力量は使用回数に関わります。

 その二つに魔道技術が加わって魔法は発動するかどうかが決まるのです。


「でもリディア様は元から『ライト』の魔法は使えるではないですか」

「ええ、そうね」

「たまたま集中できた環境で高い効果が発揮されたこともあり得ます」


 ナナの言う通りです。

 まだまだ検証は必要ですね。


「魔法使いを名乗るなら、攻撃魔法を使えなくてはなりません」

「えっ?」


 魔法使いを名乗る気はないですけれども。

 どこからそういう解釈に?

 そして何故攻撃魔法?


「『ファイアーボール』がいいでしょう。昨日までのリディア様では発動し得ない素敵な魔法です」


「素敵な魔法なの?」


 ナナの好みはよくわかりませんね。

 火の玉の魔法はかなりの魔法力と魔力量を必要とする、代表的な攻撃魔法です。

 確かに私は『ファイアーボール』を発動させるだけの魔法力がありませんでしたし、撃てるだけの最低魔力量も持ちませんでした。

 ナナの言う通り、昨日までの私では絶対に発動し得ない魔法です。


「庭師のトムが落とした枝を埋めようと、大きな穴を掘っているんですよ」

「『ファイアーボール』の試し撃ちにちょうどいいわね」


 ナナとともに裏庭へ行きます。

 ああ、穴がありました。


「本当、随分大きな穴を掘ったものね」

「どうぞ、撃ち込んでみてくださいませ」

「『ファイアーボール』!」


 どん、と手から撃ち出された火の玉が穴の底にめり込み、ブスブスと土を焼いています。

 本当に『ファイアーボール』が発動したじゃないですか。

 ナナが興奮気味です。


「リディア様! 素晴らしいです!」

「私、戸惑っているのだけれど……」

「婚約破棄されても十分お釣りが来ます!」


 お釣りが来るかしら?

 通貨単位が違うような。


「身体がだるかったりはしませんか?」

「ええと……」


 魔法の使用で蓄積魔力量が減ってくると倦怠感を覚えるのです。

 今までは私の使えるような小さな魔法でも、何度が使うと疲れてしまったものですが……。


「全然何ともないわ」

「本当ですか? では消火を兼ねて『アイスバレット』を撃ってくださいよ」


 どうしてナナは攻撃魔法が好きなのかしら?

 水の魔法でいいような気もしますが。

 せっかくですから、ナナの要求通りに氷の攻撃魔法を先ほどの穴に撃ち込みます。


「すごいすごい!」

「とっても嬉しそうね」

「体調はいかがです?」

「……特にどうということは」

「ええ? このクラスの攻撃魔法を三発も撃てれば、宮廷魔道士並みですよ? リディア様の魔力量おかしくないですか?」

「素敵な加護をいただいたのね。感謝しなくては」

「次は『サンダーボルト』をお願いします」

「攻撃魔法ばっかり」


 雷の魔法はすごい音がするので却下しました。

 その後も大人しめの魔法を中心に検証を重ねます。


「リディア様の魔法好きは知っていましたが、要求した魔法全部唱えることができるのには驚きです」

「そうねえ」


 発動なんて夢のまた夢だったのに、勉強だけはしていたのです。

 こういうところが魔法神様に気に入られた原因かと思うと、面映い気持ちになりますね。


「でもナナが攻撃魔法大好き侍女だったとは知らなかったわ」

「攻撃魔法はロマンですからね。リディア様が攻撃魔法の使い手とあれば、仕える価値があろうというもの」


 今までは仕える価値がなかったのかしら?


「私が思いますに、リディア様の魔力量はどうやら規格外レベルなのではないかと」


 どうもそうらしいです。

 魔法神様の加護はとんでもないですね。

 確かに野心のある者が加護を得てしまうと、世の中が乱れてしまうかもしれません。

 魔法神様の懸念がよくわかります。


「それでリディア様はこれからどうなさるのですか? 世界征服ですか? ナナは喜んでお供いたします」

「あなたは何を言っているのですか」

「私が戦力として不足なのは重々承知しております。でもリディア様だって、お一人で身の回りのことが何でもできると思わない方がいいですよ?」


 本当に何を言っているのだろう。


「私はデービス伯爵家の娘以外の何者でもありませんよ。ナナこそバカなことを考えるのはおやめなさい」

「……まさかリディア様はそれほどの力を持ちながら、何もなさらないおつもりですか?」

「そうですよ。結構魔法が使えますって釣り書きに書いたら、婚約破棄された傷物でももらってくれる人が現れないかしら?」

「ええ? ロマンはどうするのです。右手の甲に刻まれた聖紋が疼きませんか?」

「そんなものはありません」


 ナナってこんなに変な子だったかしら?

 暴走すると危なそうですね。


「とりあえず私の魔法について周囲に喋ることを禁じます」

「そ、そんな殺生な!」

「第一の従者であるあなただから、私は魔法神様の加護について相談したのです」

「えっ? 第一の従者?」


 あれ? 満更でもない表情になりました。

 ひょっとして煽てればコントロールは簡単なのかしら?


「そうですよ? 他の何だと言うのです」

「第一の従者、ですか。えへへ」

「私は物騒なことに魔法を使いたくないのです。それを理解しなさい」

「わかりました!」


 やれやれ、前途多難な気がします。

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