第五十七話・第三話「茶の間にて」

 ☆ちょこっと言の葉

 調伏-ちょうぶく-

 祈祷によって怨敵、悪魔を下すこと。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 疾風を家に帰し、朝陽達は居間でくつろいでいた。

「皆さんお疲れさまでした、お茶が入りましたよ。お菓子も良かったらどうぞ」

 吉昌よしまさを寝かしつけた美夕が、皆に緑茶と綺麗な桃色の甘い干菓子を振る舞う。



「朝陽、危ないことはもうこれきりよ。母さんは寿命が縮む思いがしたわ」

 美夕は朝陽が心配でたまらないという表情で、眉をあげた。

「ごめんなさい…母様」

「朝陽、今回の事は、許してやるからもう休みなさい。父様達はこれから話があるから」



 晴明はため息をつくと、朝陽に部屋へ行くよううながした。

 それを見て朝陽は、意を決したように突然、晴明にうったえた。

「父様、私は父様のような陰陽師になりたいの!」



 晴明は少しあきれ顔で朝陽に言い聞かした。

「お前には一応、光栄の所に通わせてはいるが……巫女になるための鍛錬たんれんなのだぞ。朝陽…いつも、言っているように女人は、陰陽師にはなれぬのだ」


「だから、母さんのように巫女になるように習わせているのに。お前は、断固として諦めないから」

「篁様、篁様は私の味方よね?」

「朝陽、陰陽道の世界はお前が思っているほど。甘いものじゃないぞ」

 渋い顔をして篁が言う。


「なによ! 篁様までそんなこと、いうの?」

 信じられないと言ったように朝陽は涙ぐむ。

「朝陽、オレはな。お前のことが心配なんだ。陰陽師はつねに死と隣り合わせで、おのれの肉体、精神が弱ければ鬼に取り殺される」


「そんなの……わかってるわよ!」

 さらに涙で顔をくしゃくしゃにする。晴明は厳しい顔で朝陽に言い聞かせる。

「いや、お前は理解していない!それに混血や女人の陰陽師は、禁忌とされている。それだけに周りからの風当たりも強かろう」



「あやかし、怨霊からも狙われ人からも、辛く当たられるのだぞ。いつも私や道満、篁達が守ってやれるとはかぎらないのだ。それだけの覚悟がお前にはあるか」

「そんなの。あるわよ」


 朝陽は口をとがらせて訴える。

「篁様。父様も昔、そうだったの?」

「そうだ。お前の父上は混血であるがために、陰陽師になるため血のにじむような鍛錬をした」


 篁は腕組みをし、朝陽の肩をぽんと叩いた。

「父様も篁様もみんな……私が、陰陽師になるのは反対なのね。私が混血で女だから」

 うつむく彼女に晴明は問いかけた。


「そもそもお前はなぜ、危険を冒してまで陰陽師になりたいのだ?」

「私は、あやかしに呪いをかけられた、友達の夕顔を助けられなかった……私の巫女の霊力じゃ、歯が立たなかったのよ。あやかしを調伏ちょうふくするくらいの強い霊力じゃなきゃ! 陰陽師じゃなきゃ、駄目なの!私は、夕顔をあんな目に遭わせたあいつを許さない!」



 朝陽は、打倒の意志に燃える。

「そうだったの、朝陽。辛かったわね……よく話してくれたわ。お友達も父様達が救ってくださるわ」

 美夕が、切なげに朝陽の肩にやんわりと手を置く。


 朝陽はぶんぶんと、首を横に振り身を乗り出して手を合わして頼む。

「私が! 自分で助けたいの! お願い父様。篁様、道満ちゃん。力を貸してください。私と一緒にあいつを倒して!」

 朝陽は頭を下げて涙ながらに頼んだ。


 道満と篁は朝陽を見ながら顔を見合わせ、晴明は腕組みをする。

「――少し……考えさせてもらう。また、明日にしよう、今日はもう休みなさい」

 晴明はまぶたを伏せて、静かに左手でうながした。



「はい、おやすみなさい……」

 朝陽はまだ、言い足りない様子で、部屋に戻って行った。

 美夕は少し、切なげな表情で朝陽を見送っていた。

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