59. 圧倒的な花の街

 船に揺られること五時間余り、終わりの見えない砂漠の風景に国王はうんざりし、肩をすくめた。


「こんなところに街なんてあるのかね? ワシら騙されておらんか?」


「いやいや、そろそろ近そうですぞ。見てみなされ」


 ハーグルンドは土手にちらほらと咲いている花を指さした。


「ふんっ! 川が流れてれば花ぐらい咲くじゃろ」


 国王は鼻で笑う。しかし、進むにつれて花々は次第に大きくなり、密集して広がり、ついには見渡す限り目にも鮮やかな花畑に変貌した。


 砂漠のど真ん中に現れた壮麗な花畑。それは、見たことも聞いたこともない圧巻の絶景で、国王は圧倒され、戸惑いを隠せなかった。


 やがて、船が大きくカーブして湖に入っていく。


「はぁっ!?」


 国王は目を見張り、言葉を失う。湖上にそびえる白亜のビル群、巨大なセントラルとロッソは、圧倒的な異次元の迫力を持ち、国王の心に深く刺さった。いままで大陸一の大都市と自慢だった石造りの王都ですら、この湖上のビル群を見てしまうと色あせてしまう。


「ほほう、これは予想以上ですな……」


 話には聞いていたものの初めて見たハーグルンドは、ヒゲをなでながら感嘆の声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! これがあの小娘の作った街か? ありえんぞ!」


 国王は気色ばんで叫んだ。


 砂漠のど真ん中にいきなり現れた未来的な水上の街、それはまるで宇宙人が作り上げたかのような異質さで、とても十五歳の少女が作れるようなものではない。


 国王は夢か幻かと疑い、自らの頬をつねるも、目の前の壮大な未来都市は現実そのものとして迫ってくる。ゾワっと全身に鳥肌が立ち、国王は自分たちが築き上げた国や社会が根源から揺らぐような恐怖に襲われた。


『なるほど、ハーグルンドが脅威だと考えた理由がよく分かった。これは危険じゃ』


 国王は冷汗を流しつつ、この壮大な花の街とどのように共存すべきか懸命に考えてみる。しかし、自分たちが築いてきた世界観がここでは全く役立たないだろうという思いに胸が苦しくなっただけだった。十五歳の少女が創り出した街は、自分たちの旧態依然とした街とは別次元であり、まるで別の宇宙が広がっているかのようにすら感じられる。


 やがて、先の土手の上に、ビルのような巨大な人形が立ち、多くの人たちが待ち構えているのが見えてきた。


「な、なんじゃあれは……?」


 すると、その巨大な人形がいきなり動き始め、巨大な樽のようなものを棒で叩き始める。


 ドン、ドン、ドン! パァーー! パパッ!


 いきなり始まった吹奏楽の演奏。土手に並んだ自警団のメンバーがそれぞれに楽器を持って軽快なJポップミュージックメドレーを奏ではじめたのだ。


 国王は巨大人形の動きにも驚かされたが、聞いたこともない旋律のメロディーに心が動かされ、体が勝手にリズムを取り始めてしまったことにもがく然としてしまう。


 もちろん、この世界にも騎士団などが楽団を持っていたりもするが、基本的にラッパを単調に吹くだけのもので、こんな華やかさなど全くない。


「こりゃぁたまげた。立派なものですなぁ」


 ハーグルンドはニコニコとしながら手拍子をする。


 ファニタが工夫を凝らして作り上げた楽器群を、自警団は夜な夜な練習してきたのだった。演奏そのものは高校生バンドのようでまだつたないものではあったが、それでもJポップの軽快なサウンドは異世界の人たちの心をぐっとつかんでいた。


 船がはしけに近づくと、ぶわっと盛大な花吹雪が辺り一面を覆う。ヴォルフラムが風魔法で花びらを舞わせたのだ。


 赤、青、黄色の花びらが空を覆う中を、国王は神妙な面持ちで下船する。こんな歓迎方法は、聞いたこともなかったのだ。


 国王たちが上陸すると、演奏が終わる。盛大な拍手が巻き起こり、最後に巨大な雷がピシャーン、ドン! ドン! ドン! とセントラルの避雷針に次々と落ちたのだった。


 その、腹の底にまで響く激しい雷鳴に国王は唖然とし、言葉を失う。タイミングよく正確に落とされた雷、それは明らかに人の手によるもので、こんな雷を軍隊に次々と落とされたら一瞬で全滅してしまうだろう。


 文化、技術、軍事、全ての面でセント・フローレスティーナは圧倒的だった。ハーグルンドが国を守るために国交を持った、という意味が痛いほどわかってしまう。確かにまだ人口そのものは少ないだろうが、ここに移住したい者がすぐにあふれるだろう。王都からここに来たいものはいくらでもいるが、逆はどうだろうか?


 国王は改めてこの街がへーリング王国の存亡に関わることを実感し、湧き上がってくる嫌な汗を力任せにゴシゴシとふき取った。


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