第25話 地元マフィアせん滅後、犯罪組織の報酬

 犯罪組織の暗殺部隊は、地元マフィアを滅ぼしたあと、さっさと日常生活に戻っていた。


 もし日常に戻らないで、都市部から姿を隠したら、それこそ警察に疑われるだろう。


 たとえ四百人殺したあとでも、綺麗に証拠を隠滅したら、普段と変わりなく生活すること。


 それが暗殺部隊の掟だった。


 翌日の通常業務終了後、ムルティスと、ガナーハ軍曹と、リゼ少尉は、湾岸倉庫にやってきた。


 チェリト大尉は、いつものカウンターバーで、オレジンジュースを作った。


「ムルティス。お前が制圧したナイトクラブあるだろ。あそこの所有権をお前にやる」


 ムルティスは、オレンジジュースを飲みながら、呆けた顔をした。


「所有権って…………もしかしてマフィアとの抗争に勝利すると、相手組織の物件を奪える仕組みだったんですか?」


 チェリト大尉は、くすりと笑った。


「犯罪組織の抗争というのは、そういうものだよ」


 裏の世界では、隙を見せたやつが悪い。


 強いやつが勝って、弱いやつが消えていく。


 奪われたことが不当だと思うなら、強くなって奪い返せ。


 弱肉強食のルールだ。


 ムルティスは抗争の仕組みは理解したが、いきなり物件を持つことに戸惑っていた。


「仕組みは理解しましたが、俺みたいな兵卒が物件なんて持っていいんですか?」


「なにをいまさら。敵の魔法使いを三人も殺したんだから、遠慮しないで報酬を受け取れ」


 たしかに戦時中のルールであれば、敵の魔法使いを殺せばボーナスゲットである。


 だが戦争は終わっているので、あまり気にしていなかった。


 冷静に考えてみると、対立組織の要人をたくさん殺して、不動産収入を得られるようになるのは、裏社会における昇進ではないだろうか。


 そう、ムルティスは、犯罪組織の幹部クラスになってしまったのである。


 もっと俗っぽい言葉であらわすなら、裏の世界で成り上がってしまった。


 潜入捜査のために組織入りしたのに、犯罪組織の重要人物になってしまうのは、まずいのではないだろうか。


 そんなムルティスの複雑な胸中なんて無視して、ガナーハ軍曹が祝福した。


「もう少し稼げば、妹の手術費用にも届くだろう」


 リゼ少尉も、ふざけた調子で肩や背中を叩いた。


「よかったじゃん。もうちょい稼ぎが増えれば、心臓移植の費用だって余裕でしょ」


 仲間たちに指摘されたことで、ムルティスは現在の収入をざっと計算した。


 一か月で二千万ゴールド以上の収入があった。


 このペースで稼いでいけば、十か月で心臓移植の二億ゴールドを達成できる。


 どうやら裏の商売というのは、波に乗ると収入が右肩上がりになるらしい。


 だんだんと警察の犬をやらずとも、心臓移植の費用を稼げそうになってきた。


 となれば、警察に裏切られたときに備えて、裏の商売にも本腰を入れたほうがいいのかもしれない。


 そう思ったムルティスは、手に入れたばかりのナイトクラブを視察することにした。





 いつものように覆面とコートでホビットに偽装してから、ナイトクラブにやってきた。


 まだ開店前だから、そこら中で清掃や軽食の仕込みが行われている。


 しかも二日前の夜に、ムルティスがこの店で四人殺しているせいで、死体関連の清掃をしなければならないから、火が付いたように忙しかった。


 営業中の華やかな雰囲気とまるで違っていて、泥臭い労働者の現場であった。


 だからこそボーイたちも、商売女たちも、『開店前のクソ忙しい時間になんの用だ? そもそもなんでこんな田舎臭いやつが新しいオーナーに』という顔をしていた。


 ムルティスだって困ってしまった。


 お店の経営なんてやったことがないし、水商売のセンスがあるとも思えない。


 自分はどこまでいっても田舎出身の兵卒なのだ。


 どうしたものかなぁと悩んでいたとき、水商売という言葉で名案を閃いた。


 多少収入は減ってしまうが、雇われ店長にまかせたほうが売上が安定するだろう。


 例の女将を雇ったのだ。三人の子持ちで、故・マフィアのボスに惚れられていた三十路の美しい女性である。


「まさか、こんな大きな店を担当できるなんて、光栄よ」


 どうやら女将も、若いころはこのお店で遊んでいたらしいので、仕組みはよく知っているようだ。


 なら任せても安心だろう。


 ボーイたちと商売女たちも、女将が水商売に慣れていることに気づいて、安堵していた。


 ムルティスは、女将に挨拶してから、帰ることにした。


「女将さん、好きにやってください。俺は商売苦手なので、売上が安定するなら、なんでもいいです」


 女将は腕まくりして、ナイトクラブのカウンターバーを磨いていく。


「本当にありがとう、密告を許してくれたばかりか、新しい仕事までくれるなんて」


「だってボスを仕留めたの、女将さんじゃないですか」


 ムルティスは、魔法使いを殺して成り上がった。


 女将は、ボスを殺して成り上がったわけだ。


「そうね。そうよね。あれだけ怖い想いをしたんだから、これぐらい報われてもいいわよね」


 女将は、そういいながら、ナイトクラブの帳簿を確認。ぼそっとつぶやいた。


「これだけ稼げれば、うちの子供たち全員を高校に入れてやれるわ」


 裏の商売で稼いだ金で、子供たちの学費を払うことになる。


 終戦直後の社会というのは、そういうものなのかもしれない。

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