三章

第16話 裏のルート配送

 表の運送業務は定時退社して、夜間に裏の業務――BMPの密売を行っていく。


 ムルティスは、裏の仕事でもガナーハ軍曹とコンビを組んで、BMPのルート配送をやることになった。


 各地に隠れている売人たちに、BMPを卸売りするわけだ。


 使用する乗り物は、偽の個人情報で登録したライトバンだ。


 車体には特殊な改造が施されていて、床下収納にBMPを隠しておける。もし警察の検問に引っかかっても、特定の手順で操作しないかぎり、床下にたどりつけない仕組みだ。


 万が一、この車両が警察に押収されても、ナンバプレートも車体番号も架空の人物で登録してあるため、警察は存在しない人間を探すことになる。


 この架空の人物にあわせて、ムルティスとガナーハ軍曹は見た目を偽装していた。


「マジックアイテムの覆面とコートで、外見ごと偽造するんですね」


 二人の外見は、中肉中背のホビットに見えていた。


 あくまで覆面とコートにエンチャントされた幻惑の魔法でごまかしているだけで、実際の体型はヒューマンとリザードマンのままである。


 だが犯罪に従事するとなれば、これほど有効なマジックアイテムもないだろう。


「いつどこで誰に監視されてるか、わからないからな、軍の秘密作戦で使用したこいつを、BMPの密売に応用してるんだ」


 戦時中、第六中隊が秘密作戦を実行したとき、この覆面とコートを装備した。


 となれば、ムルティスだって使い方をよく知っている。


 どうにも犯罪というのは、戦争で身に着けた技術がそのまま使えるようだ。


 乗り物と見た目を偽装する理由は把握したので、次は会話に関するルールを再確認した。


「こっちの仕事中は、お互いの呼び名はコードネームで。本名や階級は使用禁止ですね」


 ガナーハ軍曹は、ホビットの見た目で、うなずいた。


「呼び方からバレることもあるからな。ちなみにオレがアグサ2(ガナーハ軍曹)で、お前がアグサ4(ムルティス)だ」


「アグサって、なにか由来があるんですか?」


「どこにでも生えてる雑草の学術名だ」


「あれ、アグサ2って勉強得意でしたっけ?」


「苦手だが、アグサ1(チェリト大尉)とアグサ3(リゼ少尉)が大卒だからな。彼らの会話を聞いてると、自然と知識が増えてくるんだ」


「大卒ですか。なんか未来の響きに感じますよ。俺なんて中卒ですからね」


「オレも中卒だ。しかし困ったことなんてないぞ。この腕力さえあれば、どうとでもなった」


 ガナーハ軍曹は、コートをめくると、岩みたいに育った上腕二頭筋を強調した。


 いくら筋力に優れたリザードマンであっても、ここまで筋肉が育つのは珍しい。さすが怪力無双のガナーハ軍曹であった。


 ムルティスも、自分のコートをめくって、上腕二頭筋を強調してみた。石ころみたいな筋肉である。ガナーハ軍曹と比べたら小さいが、ヒューマンとして考えたらそこそこ大きい。


「どうです軍曹、稼げそうな筋肉ですか」


「ああ、それだけ鍛えておけば、たいていの困難は退けられるもんだ」


 と会話しているうちに、売人の拠点に到着した。


 道端にあるコーヒーショプだ。本当に普通のお店であって、なにも怪しい雰囲気がない。


 だがガナーハ軍曹が、裏仕事用のスマートフォンで電話したら、コーヒーショップから店主が出てきた。


 だがライトバンに直接近づくわけではない。


 店主は道端にあるごみ箱の裏側に、札束を丸めたモノを置いた。


 ガナーハ軍曹は、双眼鏡で札束を確認。


「アグサ4。あれを回収してきてくれ」


「了解」


 ムルティスはライトバンを降りると、手際よく札束を回収してきた。念のために札束が偽札ではないか確認。本物だと確定した。


 ガナーハ軍曹は、ライトバンを発進させると、コーヒーショップの周囲をぐるっと回って、警察の尾行がないか警戒。


 誰にも監視されていないことを確認してから、交通整理の立て看板の裏側にBMPの束を置いた。


 店主が、立て看板の裏側からBMPを拾い上げて、取引成立である。


 ムルティスは、コーヒーショップの様子に興味津々だった。


「普通のコーヒーショップなのに、売人やってるんですね」


「もしBMPが欲しいなら、店主に秘密の暗号を唱えると、店の奥から出てくる仕組みだ」


「仕組みは理解しましたが、なんで都会にお店持ってる人が、こんなに危ない橋渡ってるんです?」


「三年間も戦争やってたからな。みんなお金に困ってるのさ」


 こんな調子で、何件も裏のルート配送をこなしていくわけだが、ガナーハ軍曹は情報の秘匿に熱心であった。


 こんな調子であれば、よっぽどのことがないかぎり警察に発見されることはないはずだ。


 しかしディランジー少佐は、BMPの密売を把握していた。


 おそらくガナーハ軍曹以外の誰かが警察に尾行されたか、もしくは犯罪組織の内部から情報が漏れたんだろう。


 次回ディランジー少佐に定期報告するとき、BMPの密売を突き止めた情報源を教えてもらってもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら裏のルート配送を終わらせたら、チェリト大尉から本日の報酬が配布された。


 五十万ゴールドだった。


 たった一日で、運送会社の月収二・五か月分をゲットしてしまった。


 裏のルート配送は、毎週二日ほどやっているから、一週間で百万ゴールド。


 一か月なら四百万ゴールド稼げる。


 年間で、四千八百万ゴールドである。


 これだけ稼げるなら、警察を裏切ってBMPの密売をメインにすれば、妹の手術費用を賄えるかもしれない、と一瞬思った。


 だがすぐに冷静になった。


 妹の治療費は二億ゴールドだ。裏のルート配送をやっても、全額貯めるのに四年間かかる計算だ。


 妹の心臓は、四年間も持たないだろう。


 そもそも暗黒の契約書を放置したら、この国が滅んでしまうんだから、手術費用を稼ぐ稼がない以前の問題であった。


 やはりディランジー少佐の指示に従って、仲間に嘘をついて、警察の犬を続けるしかなさそうだった。

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