第15話 病的な嘘つきと美徳

 ムルティスは、湾岸倉庫を出て、カプセルホテルに帰る前、射殺した売人の住処により道した。


 いまにも倒壊しそうなボロアパートだ。その一室に、売人の部屋があった。


 こんこんっとノックする。だが誰も出てこない。


 そっと窓をのぞき込んでみたが、売人の妹らしき人影はいない。もしかしたら夜間労働者かもしれない。


 と思っていたら、ボロアパートの大家が声をかけてきた。


「あんた、この部屋に住んでるバカの友達かい?」


 友達どころか、ついさっき彼を殺してきました、なんて正直に答えるわけにもいかないので、とっさに嘘をついた。


「借金取りです」


 大家は呆れた。


「またかい。あいつ、あちこちに借金してたからね。家賃だって滞納しがちだし」


 どうやらBMPを盗んで売りさばこうとした理由は、借金返済のためだったらしい。


 だがさきほどから妹どころか、家族の話題が出てこない。


 なんだか様子がおかしいので、ムルティスは思いきって質問した。


「大家さん、この部屋の住民って、妹とかいないんですか? 身内から借金を回収してもいいんですけど」


「いるはずないだろ。あいつは天涯孤独のバカだ。しかも病的な嘘つきだから、そうやってテキトーな理由つけて借金ごまかしたり、新しいところで借金してきたんだよ」


 病的な嘘つきで、妹はいない。


 ムルティスは、ぷしゅーっと気が抜けていくのを感じた。


 嘘をつかれたことなんてどうでもよくて、路頭に迷うリザードマンの女の子がこの世に存在しないことを喜んだ。


「それじゃあ、今日は借金回収できなそうなんで、帰ります」


 ムルティスは、上機嫌でボロアパートを離れて、カプセルホテルに帰ろうとした。


 だが、電柱の暗がりで、ガナーハ軍曹が待っていた。


「いくら死体を処理したあとでも、警察に足取りを終われたらおしまいだ。それを理解して、あいつの家に近づいたか?」


 ガナーハ軍曹は、ムルティスの性格をよく理解している。


 だから警察に疑われかねない余計なことをすると先読みして、的確に待ち伏せしていたのだ。


「す、すいませんでした、ぜんぜん気づかなくて」


 ムルティスは真剣に謝った。いくら潜入捜査中とはいえ、ガナーハ軍曹は兄貴分だ。彼の手を煩わせてはいけないのである。


 だがガナーハ軍曹は、なぜか嬉しそうに背中を叩いた。


「だがお前らしい美徳だと思うから、以後気をつけるなら、このことは大尉に報告しない」


 美徳。なんてステキな評価だろうか。


 ムルティスは、兄貴分に温情を与えてもらったことが嬉しくて、ぴょんっと跳ねるほど喜んだ。


「軍曹、ありがとうございます!」


 ガナーハ軍曹は、財布を取り出した。


「新しい門出を祝うために、コーヒーと軽食でもおごってやろう」


「酒じゃないところが、軍曹らしくていいと思います」


「酒なんて飲んだら判断能力が落ちるからな。戦場では命取りだ」


 もしかしたらガナーハ軍曹は、たとえ休戦条約が結ばれようとも、気持ちは戦場に置いたままなのかもしれない。

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