第12話 潜入捜査の定期報告と、かつての敵国の事情
勤務初日が終わったので、運送会社の近くにあるカプセルホテルに宿泊した。
学生時代の下宿先は追い出されてしまったので、新しい家を見つけるまでは根無し草の生活が続くだろう。
初任給もまだまだ先だし、手持ちの資金でやりくりするしかない。
逆に考えれば、カプセルホテルで貧乏生活しているほうが、潜入工作のシナリオとしては完璧なので、しばらくこの生活を続けたほうがいいだろう。
それはさておき、ディランジー少佐に定期連絡することになった。
私生活用のスマートフォンで連絡すると盗聴される可能性があるので、諜報組織が愛用する秘匿回線付きの特殊スマートフォンを取り出した。
もし盗聴対策の行き届いた個室に宿泊しているなら、音声通話で報告してもよかったんだろう。
だがカプセルホテルなんてプライバシーの欠如した場所で報告するなら、文字メッセージオンリーだった。
『こちらハンター。潜入に成功。いまのところAに関わるアイテムは発見していません。ブローチにも反応はありません』
ハンターは、潜入捜査におけるムルティスのコードネームだ。
Aというのが、暗黒の契約書の符丁だった。
大切な情報を符丁にしておけば、いざ特殊なスマートフォンを紛失しても、秘密の流出を防げるわけだ。
三分ほど経過したら、ディランジー少佐から文字の返信があった。
『こちら本部。経過は良好のようだな』
『しかし、すごく後ろめたいです。嘘をつき続けるのも心が重い』
『Bのためだ。がんばれ』
Bというのが妹のミコットを意味する符丁だった。
たしかにムルティスは妹のためにがんばっているのだが、かつての仲間を裏切っているのもまた事実だった。
妹も、かつての仲間も、どちらも幸せになる方法があればいいのに、現実は世知辛かった。
『Aを詳しく調べるためには、裏の仕事に潜入しなければならないんですが、なにかいい方法はありませんか?』
『Bの手術費用について深刻な顔で語ればいい。そうすれば【たくさん稼げる仕事】を紹介してくれるだろう』
嘘をつくなら、真実を混ぜたほうが効力を発揮する。
これまでも使ってきた手段だが、今回も使うことになりそうだ。
ディランジー少佐に定期連絡を終わらせたら、特殊スマートフォンの初期設定であるニュースフィードの自動更新が行われた。
休戦条約を結んだ影響から、かつての敵陣営の国々のニュースも含まれていた。
敵味方問わず、あらゆる国が経済の失速を嘆いていた。
どの国の有力者も、ユグドラシルの木が手に入ることを前提に皮算用していたので、失業対策やらエネルギー対策やらで、てんてこ舞いのようだ。
「どの国も似たようなもんか……」
政治に興味を失ったので、戦略級の魔法使いが所属していた、デルハラ共和国のニュースを調べた。
どうやら戦略級の魔法使いは、とてつもなく不名誉な扱いを受けているようだ。
惑星の敵だとか、国家のゴミだとか、死後も永久に否定されるべきだとか、思いつくかぎりのひどい評価が並んでいた。
こんな状態だと、彼の遺族たちも悲惨なバッシングを受けて、自殺してしまったようだ。
百歩譲って、戦略級の魔法使い自身の評価が下がるのは、避けようがないだろう。
だがなぜ遺族まで叩くんだろうか。大衆は本当に愚かだ。
さらにいえば、戦略級の魔法使いの上官であるジャラハルは、収容所にいるはずなのに、マスコミのインタビューを受けさせられていた。
『ジャラハル元中尉。なぜあなたは戦略級の魔法使いの無断出撃を見逃したんですか?』
『本当に気づかなかったんです。彼の精神が崩壊していたことも。無断出撃前日まで普通に会話してたんですよ。それなのに、突然大声で叫び出して、いきなり魔法を撃ち始めて、味方にまで被害が出てしまって……』
『あなたの監督不届きでは?』
『どうやって管理するっていうんだ! 水と食糧も不足して、兵器も弾も不足して……こっちは攻略側なんだぞ! 防衛側より三倍の戦力が必要なのに、なんで同じ数の兵士で戦わせてたんだ!』
『怒ったということは、あなたにも問題があったということですね』
『ふざけるな。こんなインタビュー、何度目だと思ってるんだ。毎回毎回同じことを質問されて、毎回毎回おれが悪者にされて、もううんざりだ』
ムルティスは、デルハラ共和国の内情を察した。
政治インテリマスコミ国民が、自分たちの責任から目をそらすために、ジャラハルを生贄に捧げたのだ。
デルハラ共和国は、ジャラハルとG中隊を叩いていれば、無謬の善人になれる。
ペリュマサージ民主国は、ムルティスと第六中隊を叩いていれば、完全無欠の賢者になれる。
戦争中は、敵と味方に分かれて争っていたはずなのに、お寒い内情は一緒であった。
「……なんで俺は、この部隊と殺し合ってたはずなのに、親近感が湧いてるんだろうな」
誰が正義で、誰がルールで、誰が味方だったんだろうか。
三年間続いた戦争だが、ユグドラシルの木が折れたことにより、すべてが曖昧になってしまった。
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