第11話 配送の仕事と、リゼ少尉との再会
運送会社の仕事がはじまった。
業者向けの配送がメインである。個人宅向けの配送は限定的な件数しか受け付けていないので、大量の荷物を一括で運ぶことが多いようだ。
屈強な亜人種が活躍する業界だけあって、体力勝負の世界だった。
輸送がどうのではなく、荷物の積み下ろしが大変なのだ。
もし一日一件だけの配送なら楽なんだろう。だが都市圏の業者に荷物を運ぶとなったら、一日に四件も五件も六件も運ぶことになった。
ようやく勤務時間が終わったとき、ムルティスは、すっかり疲弊して、トラックの助手席で泥みたいに沈んでいた。
「こんなに忙しいんですか、戦争は終わったはずなのに……」
すでに日は落ちて、街灯が点灯していた。こんな時間まで働かなければならないなんて、やっぱり運送業は大変だ。
ガナーハ軍曹は、トラックを運転しながら、伝票を確認した。
「むしろ戦争が終わったことで、日用品の流通が増えたから、民間の業者は忙しくなったんだ」
「忙しいってことは、どこの企業も人手不足のはずですよ。それなのに俺が職業安定所に登録したとき、有効求人の数なんて雀の涙でしたからね」
「オレもそうだった。復員して故郷に帰ってみたが、元軍人に仕事はなかった。そんなとき大尉に誘われてな。ラッキーだったよ」
就職に苦労した話がスムーズに進むあたり、ディランジー少佐の指示通り、潜入捜査のシナリオ作りをしていて正解だった。
だが油断するとボロが出るので、ムルティスは神経を使いながら会話を進めていく。
「うちの部隊出身者って、俺と軍曹以外にも、あの会社に入ってるんですか?」
「リゼ少尉だ。ちょうどあそこにいる」
トラックが会社に帰還したとき、営業の社員が外回りから帰ってきた。
彼女がリゼ少尉で、ワーウルフの女性だった。
体毛はシルバーで、毛量が多い。かっちりしたスーツを着こなしていて、尻尾や犬耳も丁寧にブラッシングしてある。いかにも仕事のできる営業社員だが、戦場では戦闘級の魔法使いとして活躍していた。魔法大学を卒業した秀才でもある。専攻は考古学だ。
ムルティスは、トラックを降りると、リゼ少尉と握手した。
「お久しぶりです、少尉。この会社だと、戦闘級の魔法使いじゃなくて営業やってるんですね」
リゼ少尉は、お茶目にウインクした。
「そうよ。似合ってるでしょ」
たしかに似合っている。だが彼女みたいな高度人材がやる仕事ではないだろう。
「やっぱ世界がおかしくなってるんですよ。少尉だって職業軍人で、しかも大卒の貴重な魔法使いですよ。それが軍を追い出されるなんて、普通に考えるともったいないですよ」
職業安定所でも職員が触れていたが、魔法はどんな仕事でも役立つから、職探しにおいて強力な長所になる。
そんな就職戦線で、もっとも重宝される職業が、軍と警察である。
しかし職業軍人だったはずのリゼ少尉が軍を追い出されて、運送会社で働いている。
世も末だな、とムルティスは思った。
「あたしさ、軍人仲間はいまでも信用してるけど、軍っていう組織については信用しないことにしたわ」
リゼ少尉の目には、根強い不信感が宿っていた。
その気持ちは、ムルティスにもよくわかった。
国を守るために命を賭けて戦ったのに、ユグドラシルの木を折った悪者にされてしまった。
本来なら軍が庇わなければならないのに、彼らは第六中隊を切り捨てた。
政府の広報だって、世間に流通する誤報を訂正しようとしない。
おまけにインテリとマスコミも、軍人を叩くことで自分たちの問題から目をそらしている。
では潜入捜査を依頼してきた警察は信用できるんだろうか?
いくらディランジー少佐が元上官であったとしても、警察内部での事情が変わったら、ムルティスを切り捨てるかもしれない。
そんな心配をしながら、妹の心臓移植のために、潜入捜査を続けなければならないなんて、あまりにも心の負荷が大きすぎた。
なんでこんなに複雑な世の中になってしまったんだろうか。
戦場の方が単純明解でよかったなぁ、とムルティスは思ってしまった。
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