第10話 不幸なすれ違い
その名もない吸血鬼は、まだ生まれて間もない若い吸血鬼であった。
自分と同じく生まれたばかりの仲間を連れて、新しい獲物を求めて移動する。
かつての自らの記憶をもとに、移動し隣村へとやってきた。
そんな吸血鬼たちである。
『……っち、どぶくせぇ神の匂いがするな。
これは……昼間から攻めるのは難しそうだ』
吸血鬼になってから、以前より鋭くなった五感に頼り、獲物がいる場所とその守りの強さを確認する。
おそらく、今から自分たちが攻め入ろうとしている村には、神の家である【教会】がある。
なればこそ、そこには十中八九聖職者がいるだろう。
そして、聖職者の使う神聖呪文は吸血鬼にとっては特効であるのは、生前から十分理解していた。
だからこそ、彼らは今すぐその村を襲うのはあきらめて、少し策を練ることにした。
『しかたねぇ。ここは夜になるまで身をひそめることにするか』
そう、それは夜襲。
神の奇跡が弱くなり、陰の魔力にあふれる時間。
さらには、吸血鬼になった自分達ならば、人間よりも五感が優れ夜目が利くし、鼻も利く。
更には夜ともなれば皆それぞれの家で寝ているだろうから、隠れ家もわかりやすいといいところずくめだ。
寝ている隙に襲い掛かれば、どのような人間も隙だらけであり、このような開拓村では教会以外では、吸血鬼対策の罠なんてしかけられるほどの裕福さもない。
だからこそ、基本的に夜になるまで待ってから襲い掛かればそれだけで勝てるのは自明の理であった。
『だからこそ、今のうちにたっぷり休んでおかねばな。
……ちょうどいい、休憩所もあることだし』
そうして、彼らはちょうど都合よく見つけたその洞窟へと侵入するのであった。
そう、吸血鬼にとって過ごしやすい、【陰の魔力】あふれるその洞窟へと……。
―――そう、それが罠であるなどとは、気付かずに。
「ぎぃ!ぎぃ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」
「な、なんだこいつら!
なぜ、こいつらは急に……ぐあぁっ!!」
洞窟に無数の叫び声と殴打音が響く。
血飛沫が舞い、礫が飛び、鈍い粘着音が響き渡る。
「………」
「くそがよぉ!
せめて、せめて、何かしゃべりやがれ!」
洞窟内で遭遇したのは無数のゴブリン。
いや、正確にはゴブリンのような何か。
大きさや体こそは、ゴブリンではあるが、その腕力はゴブリン以上。
なにより、リーダーと思わしき一匹以外は、まるで死んだように静かに、黙々とこちらに襲い掛かってきた。
「……」
「……いや、本当に死んでいるんだなぁ!
くそがよぉ!」
おもむろに、足元に落ちている石をそのゴブリンモドキの頭部に向かって投げ飛ばす。
すると当然その吸血鬼の腕力で投げられた投石は、ゴブリンモドキの額に着弾、その頭に穴をあける。
が、ふつうなれば致命傷であるはずなのに、そのゴブリンモドキは倒れず、身じろぎすらせず。
一部の隙すら生み出すことができなかった。
「あぐ……やめ……
喰うな、喰うな、あああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「……」
なお、目の前にいるゴブリンモドキの危険度を理解できず正面から突っ込んだ同胞の一人は、複数のゴブリンモドキにとびかかられて、相打ち気味にその足を引き裂かれた。
そして、その動きが封じられた隙に、無数のゴブリンモドキに今なお生きたままその身を喰われていた。
「……う……あ……」
「ぎりるぅ……ぐるるるる」
もう一人の同胞は、群れのボスを倒せばと、その飛行能力と高速移動で巣の最奥へと移動。
ゴブリンモドキの中でも一番強そうなものへと突っ込み、正面から撃破された。
飛行中にはたき落されたことにより、その体を強く洞窟の壁に強打。
そして、まともに体を再生することすらできず、今なお魔力を吸われ続けていた。
「はぁ……はぁ……畜生め……!!」
そして、自分は今現在複数のゴブリンモドキに囲まれて、袋叩きにされていた。
無数の投石に、毒を含んだ吐瀉物に体液。
半端に鋭い爪と、汚物に満ちた牙。
そして、吸血鬼である自分達以上の再生力と回復力。
「クソがよぉ……!!
これが、これがゴブリンゾンビだっていうのか?
ただの、ただのゴブリンでできたゾンビがここまでになるのかよぉ!」
そして、こんなゴブリンモドキの正体を、うすうすながら彼は理解してしまった。
魔物であれ人であり、死後に起こりうる邪悪な蘇り。
生者を憎み、同胞へと引き摺り込もうとするもの、それがゾンビの正体だ。
「たすけ……ああ……いやだ……」
まともに動くことすらできなくなった同胞をわき目に彼は考える。
おそらくはゴブリンゾンビは、1匹や2匹程度なら何とかなるのが本音だ。
いや、より正確に言えば、今の10以上に囲まれている状態でも、これが只のゴブリンゾンビであるのならば、勝つのはまだしも、逃げることぐらいは可能であっただろう。
「クソ……クソぉぉぉ!!!
何をやってやがる!【血袋】共!!
脳なしなのはいいが、せめて俺様の役に立ちやがれぇええ!!!!」
「……」
しかし、それでもそうはならなかった。
そもそも、彼らはこの洞窟の侵入に対して最低限の警戒はしていた。
それゆえに、この洞窟に入る前に、罠の有無を確認するため、持ち運び用の餌でもある【血袋】を突入させたくらいだ。
しかし、それは無意味であった。
潜入させた洗脳済み血袋を洞窟にはなっても、このゴブリンゾンビはほとんど反応すらしなかったのに、いざ吸血鬼たちが侵入したその瞬間に活性化。
そのせいで彼らは、血袋から血を補給することすらできずにこのゴブリンゾンビとの戦闘を開始することに。
そして、不幸なことにこの吸血鬼達は、この血袋を【主人】から譲渡される際に【無下にしてはいけない】という契約で縛られているため、捨て置くことすらできなかった。
こうして彼らは、血を使った多くの呪術すらほとんどできず、もちろんすでに死者であるゴブリンゾンビに吸血することもできず。
そんな状態でたかが血袋ごときのために、このゴブリンゾンビの巣に挑み、2回目の死を迎えそうになっていた。
「……」
「あ」
そんな無数の後悔と怨嗟に飲まれた、彼の隙をついたのだろう。
一匹のゴブリンゾンビが、音もなくその最後の吸血鬼へと飛びつき、その喉首をかみちぎった。
吸血鬼なのに、その首からは無数の出血が起き、逆にその血を啜られることになる。
(……ああ、これは……もう……)
すでに魔力が尽きかけており、まともに抵抗することすらできず。
その肉は貪られ、骨が剥き出し、その血すら吸い尽くされる。
もはやまともに意識が保てない状態になった、彼の最期の目に映ったのはその【血袋】達。
自分たちが取り戻そうとした、所詮は餌に過ぎないはずの、それでも食い尽くせなかった、その小さな宝物。
(ああ……そういえば……そうだった)
だからこそ、彼は思い出した。
吸血鬼から再び死者へと戻る死の瞬間。
なぜ自分が吸血鬼になったのか、そして、なぜ自分が主人からその血袋をいただくことになったのか。
(ああ、我が娘よ……。
せめて、息災に……)
かくして彼は、無数のゴブリンゾンビに貪られながら、最期に神に祈るのであった。
彼の視界に最期まで映る、洗脳されながらもこちらを涙で見送る、その娘の未来の安寧を……。
☆★☆★
ゴブリンゾンビによる吸血鬼たちの捕食から一晩後。
件の洞窟にて。
「はい。
あなたがこのゴブリンさんたちの主人さんですね?」
「ええ、ええ、別に恨んでおりませんよ。
ええ、あなたのおかげで私だけではなく、私のお父さんも吸血鬼の呪縛から解放されました」
「だからええ、全然、恨んでおりませんよ」
「そうです、目の前で父がこの獣の餌食にされる姿を見せつけられても」
「誇り高き父の、優しき父の末路が。
腐肉と化したゴブリンの餌となり。
最後はクソになるなんて最低な末路でも」
「ええ、ええ」
「まったく、まったく、恨んでおりません」
「ええ」
「感謝しかありませんよ」
かくして、洞窟に到着し、吸血鬼を討伐しただけではなく、吸血鬼にとらわれた子供たちも救えたのに。
なぜか、洞窟内に漂う雰囲気は最悪なのでしたとさ。
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