第9話 恐るべき吸血鬼とその対策

さて、エドガーの治療から早数刻後。

すでにストロング村の壊滅と彼を治療したという事実は、おおむね村中に広まっていた。

それはつまり、自分以外の2人の冒険者もこの事態について耳にしたということだ。


「っく!まさか、隣町でそんな悲劇が起きていたなんて……!!

 それも気づかず、普通の見回りをしていたこのヴァルター、一生の不覚!」


特にヴァルターに関しては、この事実を聞いた時の雰囲気は明らかに気分が高揚しているのが眼に見えた。


「街を壊滅させるほどの不浄の集団!

 踏み散らされる弱者と民!

 そして、それを引き起こした吸血鬼という名の悪の総大将!

 これはいけない、本当にいけない!」


その口調や動作はいちいち芝居がかっており、声が大きい。


「だからこそ!冒険者である僕たちがこの後するべきは、件の村に潜む、吸血鬼の討伐!

 そうだろう?」


そして、ヴァルターは強い意志でこちらへと視線を向け。

手を伸ばしてきたのであった。





「いや、流石に隣村に危険な化け物がいる状態で、この村を空にするわけにいかなくない?」


「ですよね~」



★☆★☆



というわけで、当然そんな事件の後も、いや、そんな事件があったからこそ自分たちは相も変わらず、村の周辺の見回り任務である。


「え~っと、この草でいいのかぁ?」


「あ、あの、それは普通に毒草です…。

 しかも、冗談では済まない物なので……」


もっとも、今回の警戒任務はただの見回りなだけではなく【薬草採取】を兼ねたもの。

先日の治療で大量に消費した薬草の補充である。

特に今は、吸血鬼化の特効薬にもなりえる薬草ができるだけ多く必要故、見つけ次第回収していきたい。


「ところでこの毒草って、洒落にならないってどのくらいやばいの?」


「え~っと、その、その暗黒草は、確か食べると魂と脳が穢されて……。

 周囲の人間を所かまわず、殺したくなる。

 そんな毒草であったと記憶します」


それにしても、やはり異世界というか、自然に生えている毒草も薬草も基本的に効果がえげつないものが多い。

これは恐らく、魔法やら奇跡を使える人間や魔物相手にも効果があるように、植物側も進化している結果なのだろう。

が、それにしたって限度があると思う。


「暗黒草は、周囲に闇の魔力が満ちると生えやすくなると聞いた事がりますので……。

 やっぱり、この辺は闇の魔力や魔物がわきやすいそんな土地なのだと思います」


「そうなの?」


「はい!でもそれだから、ゴブリンが頻繁に発生して……。

 あれ?でもそうなると、なんでこの辺にはゴブリン以外の魔物が……」


ぶつぶつと考え込み始めるベネちゃん。

しかし、それでも彼女の熟考を待ってくれるほど、この地は優しくなかった。


「……考えているところ悪いけど、どうやらお客さんみたいだよ。

 数は正面4、側面3、くるよ」


そして、うっそうと茂る草木をかき分けて、自分たちの眼の前にはやけに目が赤い狼の群れが現れた。


「ふん!いまさらただの獣程度、僕たちの敵ではない!

 ……今なら、見逃してあげるから、逃げてもいいんだよ?」


ヴァルターが剣を掲げ、その狼たちに向けて威嚇をする。

が、残念ながら、その威嚇はこの飢えた獣には効果がなかったらしい。

そうして、その無数の狼は、その口から大量のよだれをまき散らしながら、こちらへと飛び掛かってきたのであった。




「めっちゃつよくない?」


なお、結果は辛勝だった模様。

原因としてはどう考えても前衛不足。

特に今回自分は鎧霊を連れてこなかったし、戦闘中に死んだ狼をゾンビにするには少々戦況が忙しすぎた。

だからこそ、ヴァルターは今回の戦闘では一人でパーティの壁役と前線攻撃役のどちらも担当。

そのせいで正面から来た狼の群れをその一身で全て受け止める流れになってしまった。


「この狼たち、ちょっとタフ過ぎだったよね。

 まさか、頭に矢を受けてなおこちらを襲い掛かってくるって……これ本当に狼?」


全身に無数の切り傷を負ったヴァルターが、肩で息をしながらそう愚痴をこぼす。


「それにしてもおかしいです。

 普通は、群れの仲間が1匹や2匹やられたら、すぐに逃げるはずなのに……。

 いったいこれは……」


ベネちゃんも、困惑気味にそうつぶやく。

おそらくは、狩人の彼女からして、野性の獣がその生存本能に反した行動をしながらこちらに襲い掛かってきたことに疑問を持っているのだろう。


「……おそらく、原因はこれだろうね」


しかし、その原因について、自分は何となく察していた。


「……これは?」


「この魔力を帯びた牙と眼。

 おそらくは、【吸血鬼の眷属】の一種だろうね。

 要するに、吸血鬼による人為的な獣の魔物化の一種だよ」


そういいながら、私はその狼の死骸の口を開き、その瞼を開口させる。

するとそこには真紅の魔力に染まった瞳と、魔石と化した牙があった。


「え!?そ、それじゃぁ、ヴァルターさんは……」


「あああぁぁ!そういえば僕噛まれちゃったよ!?

 ぼ、僕も吸血鬼になっちゃう……ってこと!?」


前線を張っていたせいで、眷属狼によって傷つけられたヴァルターが焦った口調で言う。


「いや、それに関しては眷属程度の魔力だとそこまでの被害は出ないよ。

 でも、野性の陰の魔力が多い狼だと、それ以外の病気のほうが怖いけど」


「ひえっ」


「まぁ、私が病気や呪いの解呪魔法使えるから問題はないけど。

 ほら、こっちきて、治療してあげるから」


「イオちゃん、天使!女神!

 結婚して」


「しない」


アホなことを叫ぶヴァルターに向けて、解呪の魔法を使う。

本当は、アホなことを言うヴァルターにちょっとだけ痛い目をとか思わないでもなかったが、前線を張ってもらったわけだし、その辺はスルーする。

それに、異世界の狂犬病とか、文字通り本当に狼化することもあるからな。


「そ、それにしても、ここに吸血鬼の眷属?

 というのがいるということは……」


「まぁ、この近くに【吸血鬼】が来ている。

 そう言う事だろうな」


自分の言葉に、パーティ全員に緊張が走る。


「……つまりは、僕たちが攻め込むまでもなく、向こうから来てくれたってことだよね」


「まぁね。

 時期からして十中八九ストロング村を襲った奴らだろう。

 とりあえず、この事実を伝えに戻るとするか」


かくして、薬草採取を早々に打ち切り、素早く村へと帰還。

近くに吸血鬼が迫っていることを伝え、村人たちとともに吸血鬼に対する備えを開始するのでした。



☆★☆★



なお、次の日。


「あ」

「……ん?どうした」

「ごめん、これ、吸血鬼たち倒しちゃったかも」

「は?」


なんとそこには、ゴブリンゾンビの巣に勝手に突っ込んで、ひき肉にされた吸血鬼の姿があったとさ。

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