第102話 開拓村脱走【第六係】安田久子

時間はほんの少しだけ遡る

安田久子視点


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草原の手前で皆んなで休憩をとっている時、近くに座っていた1係のパートさんの会話が耳に入った。


「…ボソ…村に戻る」

「開拓村……ボソ……」



あの人達、村に引き返すのかな。


どうしよう、どうしよう…。

私も引き返したい。

このまま行くのが怖い…。

ここまで一緒に行動をしていた大塚達の顔を見た。



職場で私は6係だけど普段から2係の大塚達と連んでいた。

大塚とは同期であり自宅も近くプライベートでも家族ぐるみで仲良くしていたのだ。

2係は総合職だけのチームで、私は事務職なので6係となりチームは違うけどランチは毎日一緒にしていた。


ランチ仲間は大塚、大久保、大崎と3人とも名前に「大」が付いているので、

『2係の三大賢者』と、大崎さんはよく自分で言ってた。

2係の人達は他の係の人を割りと見下しているところがある。

大塚はともかく大崎さんらは、たぶん、私の事も見下しているのだろうと思う言動がたまにあった。

「安田さんは総合職じゃないから解らないと思うけどさぁ」とか言わるたびに内心ムッとしていた。



この変な世界に来てからもずっと4人でいた。

今回の事務室へ戻る話が出た時、大崎さん達は飛びついた。

私も諸手を挙げて飛びつきたかったが、仕切っていたのが、あの、島係長だ。


うち、6係の島係長。


島係長と同じチームで働いていると、見えちゃうんだよね。

いろいろと。

あの人の卑怯なとこ、狡猾なとこ、口がうまいとこ。

自分を上げて見せるために周りを落とすとこ。

絶対信用出来ない人間だって思ってた。


でも大塚達が事務室に戻れるって大喜びしていると、言い出せなかった。

島係長は外面がものすごくいいから、普段接点が少ない人はみな騙されてしまう。

仕事が出来る、頼りになる人間だって。

大崎さんとか大久保さんもよくランチの時にそう話していたし…。


島係長はいつも部下の功績を横取りして、悪い事は全て他人に被せていた。

他人…っていうか、6係の被害者はほぼ鹿野さんだったけど。

鹿野さんっていうのはうち6係に来た派遣で、珍しく男性の派遣だった。

鹿野さんはいつも下手に出て頭も腰も低かったから、島係長は何でも押しつけて、功績は全て奪ってた。


私達はそれを近くで見ていたけど、助けなかった。

逆に、鹿野さんは何度も助けてくれたのに……。



島係長がまわりに鹿野さんを悪く言い回っていたから、大崎さんらも鹿野さんをかなり下げた発言をしてたっけ。

「男の派遣なんて人間終わってる」とか言ってたな。


だから、島係長が信じられないから戻りたいって、私が今言っても大塚達は信じてくれないだろうな。



15分の休憩が終わり、皆が草原の中へと進み始めた。

道などないかなり背の高い草が生い茂った中へ、みんながどんどんと入って行く。


「ね、早く行かないと前を見失っちゃう」


大崎さんに急かされて私達4人も草の中へ入った。

前を行く人らが踏み倒した獣道のようなところを進んで行く。



「ねえ、チャコ、何か言いたいことがあるんじゃない?」


大塚が私をプライベートの時の呼び方で話しかけた。

安田久子(ひさこ)だからチャコ。

大塚はプライベートでは私をチャコと呼ぶ。

私は大塚をプライベートではツカちゃんと呼んでた。


「……ツカちゃん、あのさ……」


「うん」


「あのさ、私、村に戻りたい」


「え?」


「事務室に行きたくないわけなじゃいんだよ。でも、このまま進むの嫌なんだよ。島係長の先導で行くのがヤダ」


「何言ってるの? 島係長だから信頼して付いて行けるんじゃない」


大崎さんが割って入った。

ほらね。

絶対、みんなそう言うと思った。

島係長に騙されてる。


「チャコは何で島係長だと嫌なの?」


ツカちゃんに優しく聞かれた。


「みんなは知らないと思うけど、島係長に騙されてる」


「何言ってんの。島係長ってすごく仕事が出来るのに功績を部下に譲ってるでしょ。知ってるわよ、6係の人がよく表彰されてるの。あれ、実は全部島係長がやった仕事を部下に成果を譲ってるって聞いてるわよ」


大崎さんは完全にだまされているなぁ。

あれは島じゃなくて鹿野さんがやった仕事だよ。


「あれは、本当は…」


その時、どこかから悲鳴が聞こえた。


『ギャアアアアア』


『わあああああ』

『いやああああああああ』


結構前の方から、悲鳴がいくつも上がった。


「え、なに…」

「やだ…」

「ね、戻ろ?今すぐ戻ろ!」


草の背が高すぎて他の人達がどこにいるのかわからない。

何があったのか見えない。

後ろをついて来ていたはずの1係のパートさん達も気がつけばいなかった。


「ね、戻ろ! ヤバイよ!」

「あ、うん…」

「え…」

「私は島係長と行く!」


大崎さんは前の人達を追って草を掻き分けていってしまった。

大塚と大久保さんは残り、私達3人は獣道を戻り始めた。




『やああああああああ』

『痛い!やめてええ 痛い痛い』

『ギャアアアアア』


高い草で隠された草原のそこかしこから叫び声が聞こえている。

みんなは四方八方に散って逃げ惑っているようだ。

悲鳴は一方向ではなく、あちらこちらから聞こえてる。


阿鼻叫喚の地獄。


「み、道から、逸れた方がよくない?」

「うん 道沿いに何かが来たら…」

「むら、むらに戻る方向の草の中走ろう」



そこかしこから聞こえる悲鳴と見えない何かに追い立てられ、私達3人はとにかく走った。

草が顔に当たろうが手足を引っ掻こうが気にしていられない。

とにかく3人で手を繋いではぐれないように走った。


草の背が腰くらいの高さの場所に出たとき、岩場を見つけた。

大きい岩がいくつか重なり合ってできた裂け目のようなスペースに、

3人で身を隠す事が出来た。



手足も顔も切り傷だらけで汗と涙で顔はぐちゃぐちゃだった。

3人でピッタリと身を寄せて外の音に耳を傾けた。

遠くからはまだ悲鳴が聞こえている。


「な、なに、が起こっ」

「シッ 声をひそめて」


ツカちゃんは冷静な声で言ったけど身体は震えていた。

私達は小さな声で話し合った。


「どうしよう」

「とにかく…ここにしばらく隠れていよう」

「ふっ ふぐっ うん ヒクっ」

「なんか、わかんないけど、ここにもくるかな」


くっついてる3人の身体が同時にビクっと震えた。


「こないでほしい」

「助け、助け呼ばないとっ」

「あ、副部長にメール」

「うん メールしよ」

「でも村から3時間くらい歩いたよね」

「3時間も隠れていられるかな」

「頑張るしかない」


「ごめんね、もっと早く戻ろうって言えばよかった」





「副部長から返事こないね」


このステータスのメールって既読とか履歴がないからちゃんと送れたかどうかもわからない。

それからどのくらい時間がたったのか。

1時間の気もするし5分と言われればそんな気もする。


かなり辛かったが、狭いスペースで立ったままでいるしかない。

外に出たかったけど、時折遠くから悲鳴が聞こえていたので怖くて出られなかった。


何に襲われているのかさえもわからない。


情報がない。

この世界に来て自分達の殻に閉じこもって周りと一切交流を持ってこなかったから。


もっと村の人と関わって、この世界のことを知ろうとすればよかった。

ちゃんと畑とか作業とかに参加すればよかった。

今までの私って島係長と一緒じゃん。

自分では何もせず、人から貰って食べて寝て。

まんま島じゃん。


だからバチが当たったのかな。

このまま死ぬかもしれない、もし死ぬのならその前に心に引っかかってる事を懺悔したくなって小さな声で話し始めた。


「あのさ…最初の日、事務室から連れ出されて街に行った時」

「うん」

「あの時、……鹿野さんを置き去りにした」

「え?」

「うっそ」


大塚と大久保さんが驚いた顔をした。


「島係長が点呼で鹿野さんを数え忘れて、そのまま出発して置き去りにした」

「あー……まぁ、あの時はどのチームも混乱してたしね」

「うんまぁしょうがないっちゃあしょうがない」

「でもね、すぐに鹿野さんから島係長にメール来たみたいだし中松さんからも島係長に相談があったのに、島係長は切り捨てたの」

「マジで?」

「うそ」

「うん。で、島係長は6係の皆んなに、この事は誰にも話さないようにって、鹿野くん置き去りは皆んな同罪ですからねって」


「うちらは、誰も声を上げなかった。鹿野さんを置き去りにした」


「そ…う、だったんだ」

「うん。ですぐに島係長のフレンド登録から鹿野さんが消えて」

「え、それ……死んだ?」

「たぶん」

「さっきの草原の何かに、やられたのかな」


「かなって思った。鹿野さんを直接殺したのはその何かかも知れないけど、鹿野さんが死ぬ原因を作った島係長を止めなかったのは私達だから。ちゃんと声を上げれば後で迎えに行く事もできたのに…。だからバチが当たってここで死ぬのかも」



ポタポタと涙が落ちた。

ずっと誰かに話したかった。

私達6係が鹿野さんを見殺しにした事を。

ツカちゃん達に告白したかった。

それが出来てホッとして涙が溢れた。


「いやいやいや 悪いのは島係長だから」

「ここから無事に逃げれて村戻ったら、副部長に相談して、事務室に行こう?

自分が事務室に行きたいからじゃなくて、置き去りにされた鹿野さんに、お花、備えに行こうか」


「うん……うんうんうん」



ギャギャギャギャ


岩のすぐ外から何かケモノの声がした!

私が喋った声が漏れて“ナニカ”を引き寄せた?


狭い岩の割れ目の中、ツカちゃんと大久保さんを出来るだけ奥に押し込んだ。

自分が入り口を睨むようにふたりの前に踏ん張って立った。

ふたりを背で、守るように立った。

あの時鹿野さんを見殺しにしてしまったけど、今度は守りたい。


割れ目からナニカが覗き込んできた。

緑色の、カッパか宇宙人みたいな化け物が、大きな口を開け牙を剥き出しにしてこっちを覗いていた。

なに、あれ…。



目が…、目が合った!


「あ、あ、あ、あっち行けええええ!それ以上中に来るな!入って来たら殴るからね!ふたりは絶対守るんだから!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、鹿野さん見殺しにしてごめんなさいぃぃぃ」


もう恐怖で何を叫んでいるかわからない状態だった。

その緑のカッパが岩の割れ目から入ってこようとした時、


ギャアアアアアアアアアアア

「きゃあああああああああああ」


カッパが突然叫んだのに驚き、私も叫んでしまった。

カッパは雄叫びをあげ青い液体を飛び散らせながらばら入り口に倒れ込んできた。


「ギャワワワワ」「ひゃああああああ」


私の後ろでもふたりが叫び声を上げた。


「カッパ!カッパが突然死んだ!」

「え?カッパだったの?」

「え?カッパが死んだの?」

「カッパが突然叫んで死んだ……死んだよね…?」



「あの……カッパじゃないから、それ」


突然、男性の声が岩の外から聞こえた。

覗き込んできた顔は、鹿野さんだった。


「か、鹿…野さん? ……化けて出た?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


泣きながら謝った。


「いや、化けてないし、そもそも死んでないから。あと、それ、カッパじゃなくてゴブリンな。つか、急いでるからそこから出て来てもらえる?」



岩の割れ目から出てみるとそこには、鹿野さんの他に、部長がいた。

あと、菊田さんと……新田さん?

どういう組み合わせ?


「聞きたい事はあとでゆっくりな。今は急いでいるから質問に答えて」


「質問?」


「このまま事務室へ行くのか、それとも開拓村に戻るか」


3人で顔を見合わせた。


「戻る!戻りたい!開拓村」

「開拓村に戻ります!」

「開拓村に!」


そう答えた途端景色が変わった。



私達3人は木や花壇がある場所に立っていた。

花壇の向こうは石壁…の塀?

開拓村ではない。

開拓村にはこんな大きな石壁の建物はなかった。


キョロキョロしていると、


「大丈夫かー」

「とりあえずこっちで休んでもらいましょう」


男の人の声がかかった。

慌てて顔をそちら向けると石原さんと織田さんがいた。

えと、石原さん達は神殿組だったはず。

あ、ここ、最初に連れていかれた街の神殿?



織田さんに付いていくと部屋に案内された。


「ここでちょっと休んでいてください」


すぐに織田さんは出て行ってしまった。

どこか隅に座ろうと思い部屋を見回すと、そこには1係のパートさん達と同じ係の中野さん、小川さんの計7人が座っていた。

みんなボロボロだった。



「とりあえず、座ろっか」


ツカちゃんが左手側の壁の方を差した。

私達3人は腰を下ろして壁に背を預けてようやく少し落ち着いた。



「さっきここに来た時、部長達はいなかったね」


大久保さんが話し始めた。


「カッパのとこにはいたよね?部長と菊田さんと…新田さんもいた?」

「いた。鹿野さんもいた」


そう。鹿野さんだった。

確かに鹿野さんがいた。



「チャコ、鹿野さん生きててよかったね」

「うんうん、よかったぁ!」

「ここ、最初に連れてこられた街かな?あの雑魚寝した神殿?」

「鹿野さんどうやってここに私達を…」

「あのカッパ倒したの鹿野さんかな」


みんな疑問が山ほどあったが今ここには答えてくれそうな人はいなかった。

あっちに座っている中野さんらの誰かは事情を聞いたかな?

壁沿いに座っている人達に目をやると、中野さんと目が合った。

中野さんはヨロヨロと立ち上がりこっちにやってきた。


「安田さん達、無事で良かったです」

「うん。お互いにね」

「小川さんと一緒に安田さん達の後を歩いていたのにあの騒ぎで見失っちゃって、小川さんとずっと逃げ回ってて」

「そっか、うちらも3人で逃げて途中隠れてた」


「見た?あのカッパみたいの」

「見ましたよ。アレ、カッパだったんですね。緑色の肌の毛の無い猿みたいなの」


「あちこちで悲鳴があがってたね。みんな無事だといいけど」

「………どうでしょう?私達……逃げてる時…小島さんが、……小島さんが襲われてるの、見ました。アレが何匹も小島さんに群がって……食べて…るみたいだった」


「……」「…」「……」



「あっちこっちで悲鳴が聞こえてたから……」

「そ…だね…」


「で、逃げてる時に部長達に助けてもらって」

「そうそう、部長いたよね?」

「いました。でも、ここに送り届けもらった時は鹿野さんだけでしたね」

「……あの瞬間に景色変わったやつ」

「何ですかね あれ…ドラエボンのどこでもマドみたいな?この世界では普通なのかな?」


話していたらドアが開き石原さんが入ってきた。

1係のパートさん達をゾロゾロと連れて。


あ、開拓村に戻る話をしてた人達だ。

数えてみると7人いた。

私達ほどボロボロになっていない。

カッパに追い回されなかったのかな?




それからしばらく待ったがそれ以上は誰も連れて来られなかった。



そして、部長が部屋に入ってきて悲壮な顔で話し始めた。

久しぶりに見る部長は頬がこけていて以前よりひと回り小さく見えた。


「開拓村から脱走した68名中、助ける事ができたのは、今ここにいる17名です。

………51名は おそらく、ダメでしょう」


私達は息をのんだ。



「開拓村に残った12名も今この部屋へ呼びました。合流して皆さんは少しの間ここに滞在になります。皆さんの今後については後日ゆっくり話し合いますので、各人しっかり自分の身のふり方を考えておいてください」


部長は一旦話を止め、呼吸を整えてから続けた。


「今、この一帯では大変な事態が発生しています。皆さんが今日遭遇したのも、そのゴブリンと言う魔物です。北西の森林にゴブリンが大量発生しているそうです。ゴブリンは獰猛で人間を、…食べます。……その怪物が森林から街へ、この街へ、食料である人間を求めて押し寄せてくる危険に面してます。今回の件が済むまで開拓村の住人も全員この街で避難となります。皆さんの今後の身の振り方はこの危機が治まってからになります」



なんてタイミングで私達は村を出てしまったのだろう。

カッパ…魔物が大量発生したタイミングで、しかもそいつらに向かって移動してしまった。


助かったのが奇跡だ。

いや、助かったんじゃない。

助けてもらったんだ。


鹿野さん達が来てくれなかったら、多分私達は全員死んでたに違いない。


「あの…大量の魔物がこっち向かってるって、大丈夫なんですか」


ツカちゃんが部長に質問をした。

部長は、どう言おうか悩んでいるように何度か言葉を飲み込んでいた。

すると横にいた石原さんが答えた。


「ん〜 わからん。この街でもこんな大量のゴブリンの氾濫は初めてみたいだし。一応、専門の魔物退治するプロ達が対処する予定みたいだけどな。俺らはとにかくジッと身を隠すしかない」


すると部長がまた話し始めた。


「とにかく数日間は静かにこの部屋にいてください。せっかく助かってここにこれたのだから、頑張って生き抜きましょう」


いつも和かだった部長ではなかった。

私達を見ない。

食事などの詳細は後ほど誰かに知らせると言い、部長達は部屋から出て行った。

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