第71話 増える間借り人

俺らの住んでいる借家に6係の男性2名を引き受ける事になった日の夕方のことである。


ドンドンドンとドアを叩く音がしたのでリビングにいた俺が扉を開けた。

そこには予想通り6係の渡辺さんと大山さんが立っていた。



「6係」はやまと商事の俺がいた部署の俺がいたチームだ。

そして俺を置き去りにしたチームでもある。

と言っても俺を置いていったのは島係長だけどな。

ふたりは俺が生きていた事、この街にいた事、この家にいた事に驚いたようだった。


部長から借家のメンバーについて聞いてなかったのか?

まぁほんの短い期間の預かりなので詳しく話す必要もないと思ったのかもしれない。


「あ…どーも……」

「………石原さんとか、いる?」


「いるよ。どうぞ」


きちんと挨拶も出来ないのかよとちょっと呆れたが、とりあえず招き入れた。

ふたりが扉からリビングに入ってきた。


その後ろから続いて3人入って来た。


え?

え?

はああ?


3係の総務の女性社員1名パート2名の計3人が、入ってきた。


はぁ?

何で?

引き受けるのは男性2名だけじゃなかったか?


唖然とする俺の前を3人は挨拶もなく平然と通り過ぎ、中に入って行った。



「あー中松さん、こんなとこにいたんだー」

「中松さん大森さん、こんにちはー。あ、こんばんはかな? 今日からよろしくね」


パートの土屋と中倉が妙に元気よく挨拶をしていた。

あっちゃんたちに。

俺の事はスルーして。


いやいや、ええええええ?だよ?


土屋、中倉は当たり前のようにリビングの椅子に腰掛けた。3係の女性社員の立山さんはオロオロとしながらも中倉の隣にそっと腰掛けた。


いや、キイテナイヨ、そこの3人。

あっちゃんもユイちゃんも唖然としていた。


「6係のふたりは部長から頼まれたけど、3係さんの事は聞いていないぞ?」


リビングにちゃっかり座った人たちに向けて言ったが、返事は返ってこない。

聞こえないふりか?

おおぉい


「何で? 3係さんが来るって聞いてないけど?」


あっちゃんも怒ったようにキツイ物言いをした。

すると土屋は慌てたようにあっちゃんに向けて申し訳なさそうな作り顔をして言い訳を始めた。


「急に来てゴメンなさいねー。部長がふたりに話しているのを聞いてぇ。それで、ご一緒させてもらおうって話になってぇ、ついて来たのよー」


いやいや、ゴメンじゃねえよ

ついて来たのよって何だよ

勝手にご一緒するな!


2階からヨッシー達が降りてきた。


「え?何でいるの? 3係さん」


ビックリしてるヨッシー達に向かってこれまた愛想よくパートさんズが挨拶をした。


「「今日からよろしくお願いしま〜す」」


「え?は? どゆ事?」

「何で5人も?渡辺さんらだけじゃないの?」


事態をのみこめず怪訝な顔のヨッシーらを見事にスルーしてさらに突き進む3係の3人。


「お腹空いちゃったー」

「今日の夕飯はなぁに?」

「あ、お手伝いしますね」

と台所に向かう立山さん。

土屋らパートふたりは勝手にハウスの中の見学を始めた。


「全部で6部屋あるんだぁ? どの部屋にする?」


いやいやいや、勝手に何を言ってるんだ。

と、そこにダンが戻ってきた。

リビングに見知らぬ大人がいきなり増えていて驚いた顔で俺に説明を求めるように見つめてきた。

いや、俺も説明してほしい側だから。



とりあえず全員いったんリビングに集合してもらった。

俺、あっちゃん、ユイちゃん、ヨッシー、ユースケ、アリサ、ダン、マルクの8名。

それから6係の渡辺さんと大山さん。

3係の土屋、中倉、立山さん。

土屋と中倉は渋々といった感じで集まった。


今日聞いた部長の憔悴ぶりを思い出すと、今さらこの3人を追い返すのも忍びない。

というか、この厚かましさを押し切るのは至難の業だ。

6係の2名同様、短期間の預かりと思い住まわせるしかないかと諦め始めた。


「了承してないが来てしまったからはしかたがない。ここに住むのならこの家のルールに従ってもらうからな。ルールは‥‥」


「何様のつもりよ」


土屋がコソコソと、しかし聞こえよがしに言ってきたので、ここはハッキリさせておこうと思った。


「何様って、大家だけど?モンクがあるなら出てってもらってかまわないぞ」


「派遣のくせにアンタが仕切るんじゃないわよ!」

「派遣のくせに図々しい!」


土屋・中倉コンビが切れて大声を上げた。


売られた喧嘩は買うぞぉ?

今までは派遣先の職場で揉め事は禁止とされていたので、我慢に我慢を重ねて耐えて来た。

しかし、もうここは違うからな。

売られた喧嘩を買っても諌める派遣会社の営業さんはここにはいない。


「派遣のくせにって、この世界で派遣とか関係あるか?それに、それを言ったらあなた達はパートじゃないか。あと、俺が大家なので、ルールを守らない人を追い出す権限を持ってます」


大家でもないしそんな権限もないけど、嘯いたらそれに合わせるようにあっちゃん達もウンウンと頷いてくれた。

行く先がないパートさんズは納得はしてないが渋々という感じで押し黙った。


「部屋割りは当初の予定通り、石原さんと織田さんの部屋に渡辺さんと大山さんにそれぞれ入ってもらう。それから申し訳ないけど大森さんは中松さんの部屋に移ってもらっていいか?で、空いた大森さんの部屋に3係の3人に入ってもらおうか」


と言った途端に土屋らがぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。

3人でひと部屋は狭いとか、ベッドがひとつしかないとか。

あー、五月蝿い。

お前らが急に来たせいでユイちゃんだって床で寝る事になるんだぞ。


「嫌なら神殿へ帰れ」


と低い声で一言言ったら黙った。


「それと、期限は5日間だ その間に仕事と住むところを探せ!神殿みたいにあまくないぞ。6日目の朝に叩き出すからな!」


渡辺さんら男性ふたりはコクコクと頷いた。

土屋と中倉は口を固く結んで俺を睨み、答えなかったが、立山さんが慌てて「はい!」と返事をした。


それからユイちゃんの荷物をあっちゃんの部屋へ運んだ。


「ユイちゃん、相談もなく決めて悪かったな」


「大丈夫ですよ。あの人達を説得するのに何十時間もかけるくらいなら、私が移動した方が百万倍ラクです。それにあっちゃんと一緒の部屋で楽しいし」


「ご、ごめんな。俺らが渡辺さんらを勝手に引き受けたせいで土屋さんらが」


「もう、その話はいいです。みんな予想してましたから」

「うん。しかも予想より少なかったw 4〜5人転がり込んで来るかもって話してたけど2人だった」

「ん?ある意味、予想どおり?土屋達入れて5人だ」


ワハハと乾いた笑いになった。

2階のベッドは作り付けだったので動かせなかった。

後日ベッドを買いに行く事にした。(お金足りるかな…)

ユイちゃんの部屋(隣)に入った3人は土屋がベッドで中倉と立山さんが床で雑魚寝となったようだ。

中倉の不満の声が隣からブーブー聞こえた。

本当にうるさいやつらだ。


部長、アンタは偉い。

こんな人たちを1ヶ月も抱えていたなんて凄いよ。



明日からやっていけるかな‥‥‥トホホ

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