第20話 残された時間は……

「――猶予はあと1年か」



リトは日付を確認し、彼は残された時間が少ない事にため息を吐き出す。残り1年というのはファイアドラゴンの主人公が通う魔法学園の入学試験の期日まで1年を切っていた。


彼がこれまで苦労して転職を繰り返してきた理由、それは魔法学園に通うためだった。魔法学園に入学するには条件があり、それは戦闘向けの職業の人間しか入る事が許されない。だからリトは頑張ってレベルを上げてになろうと努力してきた。



「狩人も戦闘職だけど、もっと強い職業に就かないと……」



狩人が活躍するのはあくまでも物語序盤から中盤までであり、終盤以降は戦力不足になる可能性が高い。そのためにリトは狩人よりも戦闘に特化した職に就きたいと思っていた。



「狩人の限界レベルは60だ。あと1年でそこまで上げられるかどうか……そもそも次の儀式でも戦闘職に就けるかどうかも分からない」



戦闘職の場合は農民や料理人といった非戦闘職よりも限界レベルが高く設定されており、しかもレベルを上げる場合は必要経験値も大幅に増加されている。そのために一年以内にリトはレベルを上げられるかどうか自信はない。


一角兎やゴブリンを毎日倒し続けたとしても一年以内に限界レベルまで上げられるかどうかは分からず、もっと強い魔物を戦うにしても別の地方に赴かなければならない。しかし、リトは冒険者ではないので無暗に街を離れる事はできない。


母親との約束でリトは冒険者に成らない事を条件に身体を鍛える事を許して貰っているため、その約束を反故にする真似はできない。しかし、短期間でリトはレベルを上げるためには残された手段は一つしかなかった。



「やるか……今の僕ならできるはずだ」



リトは悩んだ末に部屋の隅に置かれている大きな箱に視線を向けた。この箱は1年ほど前にドルトンに頼んで作って貰った箱であり、彼はその箱を開くと、そこには大量の月華が蕾の状態で植えられていた。



「よし、素材は十分だ。錬金術師の調合も覚えている……今の僕ならあの薬を作れるはずだ」



大量の月華と調合の技術を入手したリトは顔を両頬を叩いて気合を入れると、ファイナルドラゴンのゲームの中でも最も入手難度が高く、製造が難しい回復薬の調合に挑む――






――約一週間後、ドルトンはアンに呼び出された。彼女がドルトンを呼び出した理由はリトが最近部屋から出て来なくなり、ずっと部屋の中で引きこもって殆ど顔も見せなくなったと話す。


話を伺ったドルトンはリトを心配して部屋の前に訪れると、アンが少し離れた場所で見守り、彼は扉をノックした。



「おい、リト!!いるなら返事をしろ!!いったいどうしたんだ!?」

『…………』

「聞こえてるんなら返事をしろ!!おい、大丈夫なのか!?」



扉を叩いても何故かリトは返事を行わず、心配に思ったドルトンは部屋の鍵に視線を向けた。彼は仕方なく部屋の鍵穴に金属の筒を差し込み、慣れた手つきで開錠した。



「仕方ねえ、勝手に開けさせてもらうぞ!!」

「ちょ、ちょっとあんた!!何をしてるんだい!?」

「よし、開いたぞ!!」



勝手に息子の部屋の鍵を開けようとするドルトンにアンは戸惑うが、彼は扉を無理やりにこじ開けた。すると部屋の中から異臭が放たれ、それを嗅いだドルトンとアンは慌てて鼻を塞ぐ。



「臭い!?な、何なんだいこの臭いは!?」

「お、おい!!リト、何してんだ!?」



部屋の中が今まで嗅いだこともない香りが充満しており、何故か部屋の窓も扉も締め切って密封状態だった。ドルトンとアンは鼻を塞ぎながらも部屋の中に入り込むと、そこには机に突っ伏すリトの姿があった。



「おい、リト!!しっかりしろ!?この臭いにやられたのか!?」

「早く換気しな!!窓を全部開くんだよ!!」



机に突っ伏したまま動かないリトを見てドルトンは慌てて駆け寄り、アンは急いで窓を全て開いて換気した。部屋の中に新鮮な空気が入ると、机に突っ伏していたリトは目を覚ます。



「ふああっ……あ、あれ?師匠、それに母さんも……どうしてここに?」

「たく、心配させるんじゃないよ!!」

「お前、今度は何を仕出かしたんだ!?」



何時の間にか自分の部屋にいる二人にリトは戸惑うが、ドルトンとアンは彼が無事だった事に安堵する。いったい何があったのかドルトン達はリトに問い質そうとした時、机の上に置かれている硝子瓶に気が付く。


リトは硝子瓶を握りしめた状態で眠っていたらしく、彼の持っている硝子瓶の中身は青白く光り輝く液体が入っていた。それを一目見た途端にドルトンは愕然とし、アンは美しい輝きを放つ液体を見て不思議に思う。



「こ、こいつは……そんな馬鹿な!?」

「な、なんだいそれ?またへんてこな薬でも作ったのかい?」

「馬鹿野郎!!何がへんてこな薬だ!!こ、こいつはとんでもない代物なんだぞ!!」

「な、何だい急に!?」

「……流石は師匠、見ただけで分かるんですね」



ドルトンはアンを怒鳴りつけ、彼はリトが造り上げた薬の正体を知っていた。彼が作り出したのはこの世界で最も希少価値が高い薬であり、仮に売るとすれば月華の数十倍以上の価値を誇る薬だった。



精霊薬エリクサーです。師匠、これをどうか買い取ってくれませんか?」

「え、精霊薬!?あの有名な超高級回復薬かい!?」

「お、お、お前……どうやってこれを作ったんだ!?こいつは王都でも滅多に出回らない最高級品だぞ!?」

「……調合したんですよ。今まで育てていた月華を全部使い果たして」



リトは家で育てていた月華を全て使い果たし、ファイナルドラゴンの世界では回復薬の中では最も回復効果の高い薬を作り上げた。その薬の名前は「精霊薬エリクサー」と呼ばれ、物語終盤でしか本来は手に入らない貴重品である。


月華は回復薬の素材としては最高の代物だが、その月華を調合して作り出される精霊薬は月華を遥かに上回る回復効果をもたらす。あらゆる怪我や状態異常、更には死亡したキャラを蘇生させる効果を持つ優れ物だった。それだけにゲームでは入手するのに難しく、もしも店で買うとすれば法外な値段を要求される。


この精霊薬を手に入れたいプレイヤーは基本的には店で買う真似は行わず、素材を集めて時間を費やして調合を行う。しかし、物語序盤でも時間を掛ければ生成は可能だった。


精霊薬の素材として必要なのは月華であり、これを大量に用意して更に時間をかけて調合すればでき上がる。しかし、ゲームと違って調合の間はリトは目を離す事ができず、ほぼ一週間は不眠不休で精霊薬の調合に費やす。



「師匠……どうかこれを買ってください」

「か、買えってお前……これがどれだけの価値があるのか分かってるのか!?儂の家の金庫を空にさせるつもりか!?」

「お金はいりません……でも、欲しい物があります」

「な、何だい?その欲しい物というのは……」



リトはドルトンの腕をわしづかみ、彼の店でしか取り扱っていないとある道具を売って欲しい事を頼んだ。



「師匠の店で販売している経験石を……全部、僕に下さい!!」



かつてドルトンの店に訪れた時、リトは経験石なる道具を見つけた。経験石は名前の通りに経験値が凝縮された鉱石であり、これを破壊すれば簡単に経験値が入手できる。この経験石は本来は非戦闘職の人間がレベルを上げるのに利用される道具だが、リトはドルトンの店の経験石を全て買い占めて自分の物にしたい事を伝えた――

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