ポンコツ女勇者と世話係の僕

第14話 情けは捨てろ

「ギィイッ！！」

「う、うおおおおっ！！」

ゴブリンに向けてリトは駆け込み、手にした剣を全力で振り払う。レベルが上がった事でリトは身体能力も上昇しており、ゴブリンはリトが繰り出した剣を避け切れずに胴体が切りつけられた。

「ギャアアアッ！？」

「うわっ！？」

剣で切った途端にゴブリンの身体から血飛沫が舞い上がり、その光景を間近で見たリトは動きを止めてしまう。一角兎の時は木剣で叩いて敵を倒したが、今回彼が渡されたのは本物の剣であり、当然だが相手を切り付ければ出血するのは当たり前だった。

リトは今日初めて真剣を使い、自分の攻撃で血塗れとなったゴブリンを見て追撃するのに躊躇してしまう。ゴブリンが人間と同じように二足歩行の生物のせいもあって、まるでリトは人を傷つけた様な感覚を抱く。

(き、斬った……僕が、斬った)

傷ついたゴブリンを見てリトは追撃を止めてしまい、それに気づいたドルトンが怒声を張り上げる。

「馬鹿野郎！！躊躇するな、殺されるぞ！？」

「えっ……」

「ギギィッ！！」

ドルトンの声を聞いてリトは顔を顔を向けると、そこには憤怒の表情を浮かべたゴブリンの姿があった。ゴブリンは傷つけられた事に怒りを抱き、手に持っていた棍棒をリトに振りかざす。

「ギィアッ！！」

「うわぁっ！？」

棍棒を振り払うゴブリンに対してリトは事前に左腕に装着していた木造製の盾で受け止める。棍棒を受けた時にかなりの衝撃が身体に走り、左腕が痺れてしまう。

(しまった……！？)

自分の甘さのせいで左腕がまともに動けなくなり、しかもゴブリンは容赦なく追撃を繰り出す。リトに目掛けてゴブリンは棍棒を再度棍棒を叩きつけようとした。

「ギギィッ！！」

「くぅっ！？」

攻撃を受ける前にリトは右手の剣で反撃しようとしたが、身体が上手く動かない。先ほどの光景を思い出してどうしてもゴブリンを傷つける事に躊躇してしまうが、それを見たドルトンは声を張り上げる。

「リト、情けは捨てろ！！そいつを殺さなければお前が殺されるんだぞ！！」

「っ……！！」

「ギィイッ！！」

ドルトンの声を耳にしてリトは覚悟を固め、棍棒を振り下ろしてきたゴブリンの攻撃を後ろに下がって躱す。その結果、ゴブリンは地面に棍棒を叩きつける形となり、絶好の反撃の好機（チャンス）だった。

ここで反撃しなければ勝ち目はないと判断したリトは右腕に力を込め、ゴブリンの首元に目掛けて振り払う。今度は躊躇せず、全力の力を発揮して降り抜く。

「だああっ！！」

「ッ――！？」

ゴブリンの首元に刃が食い込み、大量の血が噴き出す。ゴブリンの急所は人間と同じであり、頸動脈を切りつけられたゴブリンは大量の血を首から噴き出しながら倒れ込む。

「ギィアッ……！？」

「はあっ、はあっ……！？」

「リト……よくやったな」

倒れたゴブリンの姿を見てリトは身体を震わせ、その一方でドルトンの方は既にゴブリンを手斧で始末していた。彼の足元には頭部を真っ二つに切り裂かれたゴブリンの死骸が倒れており、戦闘に夢中だったリトは彼がゴブリンを倒した事に気付いていなかった。

初めてゴブリンを倒したリトは目の前の死体を見て顔色を青くさせ、今にも吐き出しそうな気分だった。しかし、どうにか踏み止まってリトは死骸を見下ろす。

(目を反らすな……こういう事はこれから何度もあるんだ。今のうちに慣れておかないと)

いちいち魔物の死体を見る度に吐くわけにもいかず、この光景を決して忘れないようにリトは自分が倒した死骸を目に焼き付けた。その様子を見てドルトンは感心し、大抵の人間は魔物を倒した時は怯えるか嘔吐するのだが、リトは子供ながらに度胸があった。

「ふうっ……すいません、ドルトンさん。取り乱してしまいました」

「……まあいい、次からは気を付けろよ」

ドルトンはリトの肩を掴んで頷き、最初は緊張するのも仕方がない。しかし、早い段階で慣れておかなければ魔物退治などできない。

「ここからが本番だ。血の臭いを嗅ぎ取ってすぐに他の仲間が駆けつけてくるぞ」

「えっ！？」

「ゴブリンは犬並の嗅覚が優れるからな、一匹でも始末すればすぐに他の仲間が駆けつける。だからここから先は我慢比べだ！！俺達が死ぬか、それとも奴等がくたばるかの勝負だ！！」

リトはドルトンの言葉を聞いて驚き、ゲームではゴブリンを殺したら他のゴブリンが嗅ぎつけて駆けつけてくるなどと言う説明はなかった。しかし、ドルトンが言うのならば信じるしかない。

(ここは現実だ……ゲームじゃない！！)

どれだけゲームと似たような世界だと言っても、リトが存在するのは現実の世界である事を意識し、彼は血の臭いを嗅ぎつけて訪れる新手のゴブリンを待ち構えた――

――それから数分後、ドルトンの言う通りにゴブリンの群れが現れた。しかも今度は一気に１０体ほど現れ、リトとドルトンは背中合わせの状態でゴブリンの群れと向きあう。

完全にゴブリンに囲まれたリトは冷や汗を流し、一方でドルトンは両手に手斧を構えた状態で面倒くさそうな表情を浮かべる。ゴブリン達は仲間を殺された事に怒りを抱いているのか、忙しなく鳴き声を上げた。

『ギィイイイッ！！』

「ちっ、うるさい奴等だ……リト、油断するなよ！！」

「はいっ……！！」

一度戦闘を体験した事でリトはゴブリンを間近に見ても緊張せず、覚悟を固めて剣を構えた。先ほどゴブリンを倒した際にリトはレベルが上がっており、一角兎よりもゴブリンの方が獲得経験値が多い事を認識する。

(これだけの数のゴブリンを倒せば一気にレベルが上がりそうだな……ははっ、さっきまで震えた癖に、レベルが上がる事に期待してるなんて)

ゴブリンに囲まれたというのにリトは何故か負ける気がせず、冷静に考えればリトは今は一人ではなく、レベル４０のドルトンが味方にいる。そう考えると心強く、気が楽になった。

「来るぞ！！準備しろ！！」

「はいっ！！」

『ギギィイイッ！！』

ゴブリンの群れが同時に襲い掛かってくる瞬間、ドルトンはリトに注意して戦闘態勢に入った。リトはドルトンの言う通りに身構え、まずは冷静に対処を行う。

「やああっ！！」

「ギィッ！？」

「ギギィッ！？」

近付こうとしてきたゴブリン達にリトは敢えて大振りで剣を振り払い、それを警戒したゴブリン達は足を止めた。しかし、それこそがリトの狙いであり、彼は左腕の盾を構えて正面に立つゴブリンに体当たりを仕掛ける。

「吹っ飛べ！！」

「ギィアッ！？」

「ギギィッ！？」

ファイナルドラゴンのゲームでは「盾騎士」という職業が存在し、所謂タンク職だった。盾騎士は防御に特化しており、敵のヘイトを集めるだけではなく、盾をぶつけて相手の体勢を崩す技を得意とする。

リトは盾騎士の真似事で自分の盾を利用し、ゴブリンを吹き飛ばした。尤もこの程度の事でゴブリンを倒す事などはできず、それでも体勢を崩して一時的に動けないようにさせた。

「やああっ！！」

「ギャアッ！？」

体勢を崩したゴブリンに目掛けてリトは容赦なく剣を振り下ろし、胸元を突き刺した。ゴブリンは悲鳴を上げて苦しみもがき、それを確認したリトは剣を抜いて他のゴブリンと向き合う。

「次はどいつだ！！」

「ギィイイッ！！」

「ギギィッ！！」

仲間が一匹やられた事で他のゴブリンは更に怒りを抱き、今度はリトの近くにいた二体のゴブリンが同時に襲い掛かる。それを見たリトは内心焦りを抱きながらもドルトンから渡された小袋を取り出す。