第3話 冒険者だった父
「お母さん……僕のお父さんが冒険者だったって本当?」
「なっ!?だ、誰から聞いたんだい!?」
「え、いや……」
父親の話題を口にするとアンは血相を変え、彼女はリトの両肩を掴む。今までにないほど焦っているアンの姿にリトは咄嗟に誤魔化す。
「ま、前に叔父さんがお酒をたくさん持って来たでしょ?その時、酔っ払ったお母さんがお父さんが冒険者だって……」
「あ、あたしが喋ったのかい!?」
「う、うん……そうだよ」
先日に遠くの街に住んでいる叔父が訪れて酒を持って来たのは事実であり、その時にアンは酔っ払ってしまった。しかし、リトに父親の話はしておらずに彼女はすぐに寝込んでしまった。
リトが父親が冒険者である事を知っているのは設定資料集からの知識であり、アンの資料の中に「夫は冒険者だった」という一文が書かれていた事を思い出したからである。
(やっぱり設定資料集に書かれていた通りだ。でも、なんでお母さんは今まで黙っていたんだ?)
父親は自分が生まれる前に死んだ事は聞いているが、どんな人物だったのかはアンの口から聞いた事がない事をリトは思い出す。不思議に思ったリトはこの際にアンに問い質す。
「僕のお父さんはどんな人だったの?」
「どんな人って……そうだね、本当に強くて優しい人だったよ。あたしよりもよっぽどお人好しで困っている人は見過ごせない奴だったよ」
「そうなんだ」
アンの設定資料では夫に関する記述は殆どないため、自分の父親に対してリトは強い興味を抱く。どんな人物だったのか、そして何故死んでしまったのかをこの際に知りたいと思った。
「あんたのお父さんとあたしはこの街で生まれた。ガキの頃からずっと一緒だったけど、あいつは15才になると街を出て行ったんだ」
「え?出て行ったの?」
「戻ってきたのは5年ぐらい経った後だね。一丁前にあんたのお父さんは冒険者になってそれなりに有名になってたよ。そしてあたしの所にやってきて結婚してくれと言い出してね」
「えっ!?それで結婚したの?」
父親がアンと幼馴染であり、他の街で冒険者になった後にアンに結婚を申し込んだ。それを聞いたリトはアンはその時に結婚したのかと思ったが、彼女は握り拳を見せつける。
「いいや、ぶん殴ってやったよ」
「ぶん殴ったの!?」
「勝手に人に黙って出て行って、急に帰って来たと思ったら結婚しろなんてふざけるんじゃないよ!!そう言って殴り飛ばしたんだけどね、怪我が治るとまた結婚を申し込んできたんだよ」
「じゃ、じゃあ、その時に結婚したの?」
「いや、今度はケツを蹴飛ばしてやったよ」
「蹴ったの!?」
怒り心頭のアンは図々しく結婚を申し込む幼馴染を殴りつけたり、蹴飛ばしたりして追い払ったそうだが、それでも幼馴染は諦めずに結婚を申し込んできたという。
「三回目の結婚を申し込んできた時は流石に勉強したのか全身に鎧を着こんでたね。そこまでしてあたしに殴られたくないのかと呆れたけど、仕方ないから許してやることにしたよ」
「じゃあ、結婚したの?」
「いや、あたしと結婚したいなら冒険者なんて危険な職業は辞めてうちの宿屋を継げと言ったんだ。そうしたらあいつ、本当に冒険者を辞めて戻ってきたんだよ」
「えっ!?そうだったの!?」
父親が冒険者を辞めた理由はアンと結婚するためだと知り、最初は怒っていたアンも自分の言う通りに仕事を辞めて戻ってきた彼を追い返す事はできなかった。
その後にアンと幼馴染は結婚し、それからしばらくして妊娠が発覚した。子供が授かった事にアンの夫も非常に喜んだが、リトが生まれる前の日に事件が起きた。
「あんたが生まれる少し前にこの街に魔物が襲ってきたんだよ」
「魔物!?それって……あの絵本に出てくる?」
「そう、動物よりもおっかない生き物さ」
魔物の名前が出てきた事にリトは緊張し、このファイナルドラゴンの世界には現実世界には存在しない魔物と呼ばれる恐ろしい生物が居る事を再認識する。リトは今まで魔物は見た事はないが、それは彼が一度も街の外に出ていないからであり、魔物は世界中に存在する。
「街にまで訪れる魔物なんて滅多にいないんだけどね、どうやら貴族が飼っていた魔物が脱走してこの街に来たんだよ。この街には冒険者ギルドなんてないし、魔物と戦った事がある奴なんていなかった……たった一人を除いてね」
「まさか……!?」
「そう、あんたの父さんは街を守るためにただ一人で魔物に挑んだんだよ」
リトの父親は元冒険者であったため、魔物と戦った事も何度もあった。この世界における冒険者は魔物専門の退治屋としても有名であり、父親は街を守るために勇猛果敢に魔物に挑んだらしい。
「あんたの父さんは一人で魔物と戦って倒す事に成功した。だけど、魔物から負わされた怪我が酷くてそのまま……」
「そ、そんな……」
「……ごめんね、あんたに父さんの話を黙っていたのは怖かったんだよ。あんたが父さんが立派な冒険者だったと知れば、それに憧れて自分も冒険者に成りたいなんて言い出すんじゃないかと思ってね。それで今まで話せなかったんだ」
「母さん……」
アンは涙目でリトを抱きしめ、父親のように彼を死なせたくはないからこそ黙っていた事を明かす。もしも父親が冒険者で街を守るために死んだ事を話せば、リトがそれに憧れて冒険者を目指すのではないかと彼女は恐れていた。
彼の父親は立派な人間だったが、魔物と戦ってしまったために死んでしまった。冒険者として活動していた経験があったため、魔物と戦えるだけの力を持っていたせいでリトの父親は一人で無理をしてしまった。そんな彼の息子が同じように冒険者になり、魔物と戦って死んでしまったらと考えるとアンが父親の話を黙っていたのは仕方がない。
「あんたは冒険者になる事は母さんは絶対に許さないからね……忘れるんじゃないよ」
「うん……分かったよ」
「これからは父さんの昔の話も色々としてあげるからね。今まで黙っていて本当に悪かったね」
「ううん、気にしてないよ」
リトはアンの話を聞いて彼女を責めるつもりはなく、自分のために父親の過去を黙っていたと知れば怒れるはずがない。しかし、リトが気になったのは冒険者という職業であり、ファイナルドラゴンのゲームの中でも冒険者の職業の仲間が存在した。
(冒険者か……少し気になるけど、この様子だとお母さんは話してくれないか)
冒険者の事はもう少し調べたいとリトは思ったが、母親の話を聞く限りでは彼女はリトを冒険者にさせないために黙っていたらしい。そんな彼女に冒険者の話を詳しく聞くわけにもいかずに困り果てる。
(ゲームで遊んでいた時は冒険者は味方というよりも、競争相手みたいな存在として登場する事が多かった気がするな)
ファイナルドラゴンのゲームでは冒険者は全員が味方のNPCというわけではなく、時には敵に回る事もあった。冒険者ギルドと呼ばれる組織が複数存在し、その中には主人公に味方するギルドもあれば敵対するギルドも存在する。
味方となってくれる冒険者も多いが、反面に敵として登場する冒険者も多い。ちなみに主人公は冒険者と協力する事はあっても冒険者にはなれず、最後まで「勇者」として戦い続けていた。
(冒険者になれば勇者と接触する機会もあったかもしれないけど……まあ、ただの村人が魔物に勝てるはずもないし、このまま平穏に過ごすのが一番かな)
リトは自分がゲームの主人公ではない事を自覚しており、特別な能力を持っていない事は知っている。だから母親の言う通りに冒険者などという危険な職業に付かず、平穏な人生を生きようと考えた時、ここで重大な事を思い出す。
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