第11夜 ドラゴンキラー(竜殺し)またはドラゴンスレイヤー

「なあ、竜の旦那は槍が弱点だったりするのかい?」


 竜である我が輩にそう聞いたのは人間のリッキー君とその仲間たちだった。


 ん?我が輩にかけられている懸賞金にでも目がくらんだのだろうか?

 同じクソ上司に苦労した仲間と思っていたのだが、俺たちの友情はここでおしまいなのか。残念だ。


 そう思って、思い出ごと火炎ブレスで焼き払おうとしたところ、

「違う違う。町中で『これこそがドラゴンキラーなり』と、ランスを売って回っている商人がいたんだよ」


 あー。



~第11夜 ドラゴンキラー(竜殺し)またはドラゴンスレイヤー~



 他の生物よりも強いと言っても、竜だって生き物である。

 当然、ハンマーで殴られたら痛いし、寒い日には朝起きるのがつらい。

 深夜に襲われたりしたら、次の日は内臓が荒れて口内炎だってできる。

 なので、体に傷を負わせられる武器というのは竜だけでなく全生物にとって驚異である。


「まあとはいえ、ドラゴンキラーを名乗るんなら、鱗を切断、または貫通する品質を持つ必要があるだろうな」

 JIS(日本産業規格)がこの世界にあるならば、鱗の破壊は最低条件だろう。

 逆に言えば、この堅い鱗があるからこそ、人間や他の魔物を恐れずに生活できているとも言える。

 そんな武器が作られたら、ドラゴンとしてはもっと山奥に逃げるか、人間を滅ぼすしかない。


「人間滅亡も視野に入るんですかい?」

「そりゃそうだよ」

 考えてもみてほしい。

 人間を死亡させる事ができるスズメバチやマムシ。あとマラリアを媒介する蚊。

 これらはある意味ヒューマンスレイヤー。またはヒューマンキラーと言って良いだろう。


 なので、これらが生活圏内に来たら人間は徹底的に排除する。

 駆除業者を呼んで巣を潰したり、さらに繁殖できないように忌避材をまいて二度と来れないようにする。でないと安心して生活ができないじゃないか。

 他の不快害虫が退治用具を置かれても、積極的に殺されないのは人間を殺したりする恐れがないからだ。

 そういえば、福岡のどこかで水路を底だけ土にしたと言ったら『日本住血吸虫は大丈夫ですか?』と聞かれていたが、あれも肝臓に寄生して死に至らしめる恐ろしい生物なので、日本中の水路をコンクリートにして媒介者のタニシを滅亡させていたっけか。(山梨の一部除く)

 なので、命の危険が近くにいるなら滅ぼすのが知的生物の思考パターンと言っていいだろう。


「なるほど。そういうものなんですねえ」


 我が輩がリッキー君に渡した竜の鱗が高く売れたのも、頑丈な盾の材料になるであろうからだ。


「どうりで、最近山の中にデカくて重いランスを持って吾輩を襲ってくる奴が多いと思ったが、そいつの仕業なのか」

 毎日平均5組の冒険者が吾輩の退治に同じランスを持って来ていたのを思い出す。

「なんでも、見るだけで竜が怒って襲い掛かり、自分から刺さりにくる魔法のランスって触れ込みらしいですよ」


 まるでファンタジーの古典『ドラゴンになった青年』の丸パクリじゃないか。

「なんですか?それ」

「怪しげな実験の被験者となってパラレルワールドに飛ばされ恋人を助けるため、自分も転移したらドラゴンに意識が移った青年のお話でな」

 一癖も二癖もある仲間たちと敵の討伐の冒険にでるんだが、この話でのドラゴンは、鎧をまとい槍を構えた騎士を見ると、反射的に飛びかかるという、夏火に飛び込む蛾のような性質を持っていたのである。

 そのため、騎士はドラゴンを倒し放題。

 主人公が強すぎると面白くないと思われていた時代の話だからドラゴンの弱体化は仕方ないが、ここまで頭が悪いと、強敵というより ただのやられ役になってしまう。


「へーそんな物語があるんですね」

「案外、そいつも異世界からの転生者かもしれないな」

 まあ、人の安眠を妨害したのだから、とりあえずぼこぼこにしておくが。

 そこまで言って気が付いた。

「あれ?まてよ。いちおう全員生かして返したんだけど、何で偽物って事が伝わってないんだ?」

 効果がないと分かれば、詐欺商品なんて買われなくなる。

 医療用ではなく、研究用とかかれたコロナ検査キットみたいに値段暴落、たたき売り状態と言うか誰も買わないはずだ。

「ああ、詐欺師はだいたい1日で、売場を転々とするんだよ」

 そうすれば、騙された人間は次の日に文句を言おうにも、詐欺師は別の場所に高跳びしているというわけだ。


 ネットのない、情報伝達の遅れた時代だからこそできる詐欺だった。

「まるで1990年代に小学校の近くで怪しい商品を売ってたおっさんみたいだな」

 小学校?と首をかしげながらリッキー君たちは

「まあ、旦那みたいな竜の現物を知らないと『この槍一本でおれも今日からドラゴンスレイヤーだぜ!』みたいなノリで特攻する奴がいるってことだな」

 鉄砲玉よりたちが悪いな。頭がお花畑な分。

「ちなみに、その商人はどんな奴だった?」

「ピンクの服に槍を30本ほど馬車に積んでたから一目で分かると思うぜ」

 なるほど………………



 そいつが犯人か



 ・・・・・・・・・・・・・


 小規模な城塞都市。そこに、みょうちきりんな服装の男がいた。

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここにあるのは竜を倒すためのドラゴンキラー。マジックランスだよ」

 と、怪しい呼び込み台詞を言う。

 するとサクラ役らしい男が

「おいおい、そんな槍でどうやって竜を倒すっていうんだい?」

 と声をかける。

 これで興味のない通り客も説明くらいは聞くかとなる。

 娯楽に飢えている時代の弊害だ。

「いいかい、兄ちゃん。竜は人間よりもはるかに大きく、体も堅い。だから剣なんかじゃ傷一つ付けられずに終わるだろう」

「そりゃ、そうだな」

「そこで、とある大魔術師は考えた!ランスの先端に竜が怒るような魔法を付与してかざせば、怒った竜が突撃してくるだろう!とな」

「ほほう」

「そこで、ランスの柄を地面に付けて、先端を竜にかざせば、いくら竜でも地面に穴を開けるほど強くはないから、ランスの穂先は鱗を突き抜けて、竜の串刺しの一丁あがりって寸法よ!」

 と、ランスでぼろ布を突き破り、実践して見せる詐欺師。

 するとサクラも。

「なあるほど。竜は図体だけはデカいから、自分の重さで槍に刺さるってわけかい」

 と、相槌を打つ。

「ああ、でもあいつら警戒心が強いからね、この魔術師様の付与魔法がなければ尻尾

 の一撃であっと言う間にお陀仏というわけさ」

 と、他の製品との差別化を強調する。

『この世界に仏がいるのかは知らないが、話の筋道は通っているな』

「へへ、そうだろう。なにしろ頭のいい魔術師大先生が10年かけて考えた優れ者だからな」

 と、適当な嘘を詐欺師は並べ立てて、ふと疑問に思った。


 今の声はどこから聞こえてきた?


 すると

「きゃああああああああああああ!!!」

 と町娘の叫ぶ声がする。

 彼女の向いた先、つまりは上空を見ると、そこには

『貴様か、ろくでもない玩具を売って我が輩の眠りを妨げたのは』

 怒りの声を上げるドラゴン、つまり吾輩だった。

 音を立てすに、静かに降下したため近くの者は気が付かなかったようだ。


 それを見て詐欺師は

「ほ、ほら、この槍を見たらドラゴンが怒りだしたでしょう!そこの強そうな旦那!ドラゴンスレイヤーを名乗るなら今ですよ!さああ!!買った買った!」

 と、商品をなおも売りつけている。


 商魂たくましいのは結構だが、いくら金がほしくても、こうはなりたくないな。

 そう思いながら我が輩は

「てい!」

 一声あげて、横積にされた槍を全部踏み折った。

 小気味のいい音を立てて粗悪な槍は粉々になる。

「ああ!!ワシの商品が!!1本5万ゴールドもするのに!!!」

「原価はいくらだ?」

「2せ…どうでもいいでしょ!そんな事!」

 2千だとすれば25倍の値段で売りつけた事になる。

 ここまで邪悪だと容赦する必要はないだろう。


 「これは3日前に安眠を妨害された吾輩の怒り!」

 詐欺師の服を掴むと、持ち上げて地面ギリギリまで振り下ろし、少しだけ叩きつける。

「ぐえっ!!!」

「これは2日前に安眠を妨害された吾輩の怒り!」

「ぎゃああ!!!」

「これは昨日安眠を妨害された吾輩の怒り!」

「全部同じ…ぎゃあ!!!」


 と、竜の恐ろしさを叩きつけていると、衛兵たちがやって来た。

「た、たすけて…」

 と、情けない声を出す詐欺師。

 その姿に、衛兵たちはひるみながらも

「そこの竜!何故ゆえに人間を襲う!」

 と足を震わせながら訪ねる。

 こういう、職務に忠実な人間は嫌いじゃないので

「あ、ご苦労様です。吾輩、あそこの山に住む竜でございます」

 と、軽く頭を下げる。

「あ、これはご丁寧にどうも」

 と、反射的に頭を下げる衛兵隊長さん。


「えーとですね。この男が効果のないドラゴンキラーを各地で売ったせいで、吾輩の住処に購入者が押しかかって来るようになったんですよ。だから効果がないことを実演して見せて、今罰を与えているところなんです」

 困るんですよ。こんな詐欺師を野放しにして住民の金を巻き上げさせたら。

 ろくに働きもせず、他人を騙した方が効率よく金が入るとなれば、住民の勤労意欲は低下するだろうし、騙された人間は本来購入するはずだった品物を買えず経済が停滞する。

 なので、こうした詐欺師は一生鉱山で働かせるか死刑にしておいてください。

 というと、とりあえずつかんでいた詐欺師を放り落とし、両腕を踏んで骨を潰した。

「~~~~~~~っっっっ!!!!」

 声にならない絶叫を挙げて詐欺師は気絶したのを見届けて、

「それじゃ、御邪魔しました」

 と、衛兵さんたちに一礼して山へと帰って行った。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「結局、あの詐欺師、旦那に痛めつけられたから死刑から減刑されて鉱山送りになったそうですよ」

 別に日、銅鉱石の取引で吾輩を訪ねて来たリッキー君が顛末を報告する。

「そっか。人間の負始末は人間の手で付けるべきだと思ったが、残念だな」

 オレオレ詐欺もそうだが、他人の人生をめちゃくちゃにする奴は極刑でしかるべきだと思う。

「まあ、あの詐欺商品を持って、鉱山に住み着いた魔物を退治する役に付いたそうなんで、実質死刑に近いんですけどね」

 と、言った。

 模倣犯が出ないように、なかなか皮肉の効いた刑罰だなと思った。


こんど改めて警備隊長さんにはお騒がせしたお詫びに挨拶に行こう。と言ったら、あの日以来ストレスで髪が抜けるようになったそうだから、やめておいてあげるように言われた。

 ものすごく悪いことをした。

 円形脱毛症になった吾輩だから、罪悪感が半端ない。

 こちらの方が、槍なんぞよりも精神的にダメージがくるなぁ。と思いながら、リッキー君に鱗を渡し、これで毛生え薬でも買って残りはみんなで分けてあげてくれと伝えた。


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神話でのドラゴンキラーと言うと、ローマではゲオルギウスの槍。

ギリシア神話でもフェニキアのカドモスが最初に大石を叩き付けたが殺せず、次に投げ矢を竜の体に打ち込んで、最後は鉄の槍でとどめを刺した。

日本神話ではヤマタノオロチをスサノオの天羽々斬剣で真っ二つ。

変わり種では、旧約聖書続編で、預言者ダニエルはバビロニア人の崇めていた竜を、硫酸ピッチと油脂と毛髪を煮て作った菓子を食べさせて殺した毒殺という手段があるそうです。


 ドラゴンキラーがお菓子と言うのは中々ファンタジーというかファンシーな気がします。(しません)

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