第19話

 僕の足元に漂う霧。

 それはいつしか跡形もなくなり、その代わりに僕の目の前に一つの人影が佇んでいた。


「魔物は恐怖心を持つ。しかし、魔物が人間に対して恐怖心を抱かれて近づかれなくなるような実力者など多くない」

 

 魔物は自分より強き者が相手でも基本的に恐怖しない。

 しかし、それが常識の外にいるような怪物であれば別となる。

 

 ラインハルト公爵領のほとんどの場所で魔物の報告事例が減っているのにも関わず、とある一つのところだけ一切減っていない場所があった。

 普通に考えればそこには誰も潜んでいないからということになるが……。


「僕は合格かな?世界最強国たるドスレア帝国が第一皇女、アレティア・フォン・ドスレア?」


 僕の前に佇む人影のぼやけていた輪郭はいつしか明確なはっきりとした輪郭を持つようになり、一人の少女の姿をかたどる。

 その少女は僕とよく似た腰まで伸びる白い髪を持った子で、片目はこれまた僕と同じように長い前髪で隠され、髪に隠されていないパッチリとした蒼い瞳は僕の姿を映している。


「合格?何を言っているのでしょうか……私の存在に感づくくらい当然のことですよ?私の敵として前に立つのであれば」

 

 アレティアの小さな口が開かれ、そこから美しい声であふれ出す。


「ただ、貴方が私の敵足り得る存在だということは認めてあげましょう」


「ふっ。感謝するよ。アレティア」


「……そう」


「それで?アレティア。僕に何の用だ?あんたほどの人間がわざわざラインハルト公爵領に、我の領にやってきているのだ。それ相応の理由はあるよな?」


 僕は自分の素ではなく、ラインハルト公爵家次期当主としての姿でアレティアの方へと一歩近づく。


「えぇ、もちろんです」

 

 僕の言葉にアレティアは頷く。


「ノア・ラインハルト。貴方、私と一緒の学校に通ってくれませんか?互いに身分を隠して。二人で協力して世界を好きなように作り替えましょう?」


 アレティアは笑顔で僕に対してそんな提案を持ち掛けたのだった。

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