第10話二家族旅行

夏休み二週目。

週の始めに家族旅行が計画された。

「普段は仕事ばかりで贅沢させてやれなくて悪い。夏休みは無理矢理に取ったから家族で旅行しよう」

両親の唐突な提案により那谷家はバカンスの計画を立てることになる。

「思い切って国外にしようか?父さんも久しぶりに羽根を伸ばしたい」

父親の話に割って入るように母が口を挟む。

「高校生の息子が家族旅行なんて望むかしら?それなら好きな娘と出掛けたいって思うんじゃない?」

「なに?学にはそういう相手がいるのか?みやこちゃんか?」

「違うのよ。この間、家に遊びに来ていた女の子がいるのよ。名前はなんて言ったかしら?」

突然話を振られて僕は恍けることも出来ずに正直に口を開く。

「天井しずかさん。学校では有名な天井姉妹の次女だよ」

僕の言葉を耳にした父親は少しだけ怪訝な表情を浮かべる。

「天井三姉妹か?」

何故父親までその名を知っているのか不明だったが僕はそれに頷く。

「そうか…。じゃあ二家族で行くか」

「どういうこと?」

父の話に割って入ったのは母親だった。

「ん?あぁ〜。天井家の当主とは旧友なんだ。結構仲が良かった。今でも連絡先を知っているから連絡してみるよ」

「私と知り合う前の友人?」

「そう。中々立場が違うから言ってなかったけど」

両親は二人で話をつけると父親はスマホを操作しだす。

「もしも一緒に旅行になっても変なことしないのよ?」

母親は自分から話を振ったはずなのに怪訝な表情を僕に向ける。

「しないし。そんな状況にもならないでしょ」

呆れるように口を開くと母親も呆れた表情を浮かべる。

「若い内は多少の無茶はするものよ。気をつけてね?」

それに頷くと父親は連絡をし終えたのか旅行の計画を再考する。

「天井家と行くとしたら国外はやめよう。国内で行くとしたら…」

そこから那谷家は旅行先の候補をいくつも出していくのであった。


そして、夏休み第三週。

那谷家と天井家の家族旅行は実際に行われた。

早朝5時には家を出て車に乗り込むと現地集合で旅行先の街にまで向かった。

運転手の父はしっかりと運転をこなして到着したのは朝の9時過ぎだった。

「父さん初日は旅館で休むから。夕食の時にまた会おう」

「学はどうする?母さんと二人で何処か行きたいわけ無いでしょ?天井家の三姉妹を誘ったら?母さん車ぐらいだったら出してあげるよ?」

それに何とも言えない表情を浮かべていると天井家と旅館のフロントで遭遇する。

「学くん〜ホントに会えたね〜」

天井家の両親と僕の両親が挨拶を交わしていると三姉妹は僕の元へ訪れる。

「四人でぶらぶらしない?大人は少し休みたいらしいだから」

しずかの提案に完全に乗っかる形でそれに頷く。

僕は天井家の両親に挨拶をし、三姉妹は僕の両親に挨拶をした。

それが一通り済むとさなえが自分の父親と遣り取りをする。

「お父さん。私達子供は好きに行動しますので。夕食には帰ってきますね。大人の皆さんは普段できない事をしたらどうですか?昼間からお酒を飲むとか。遠くまで来たのですから羽根を伸ばしてください」

彼女らの両親もそれに頷いたが天井家の運転手だけは着いてくるようだった。

「それじゃあ17時過ぎには帰ってきなさい。学くん。娘たちを頼むよ」

それに頷くと天井家の車に乗り込んだ。

「何処行きたい?」

しずかが全体に呼びかけて僕らは頭を悩ませる。

「まずは朝食〜?」

のどかが口を開き、さなえが首を左右に振る。

「朝9時からやってるお店ってご当地ならではの飲食店じゃないよね?お昼まで我慢しない?」

「そんな事言ったら朝9時から営業している施設だって少ないでしょ〜?」

「だから。それまで豊かな景色が観れる場所とか行こうよ」

「なるほどね〜二人もそれでいい〜?」

のどかとさなえがやり取りをしている間、僕としずかは黙って静観していた。

最終的に纏まった意見を乱す必要もないので黙ってそれに頷く。

「じゃあそういうことで!観光地の山に行きましょう!幻想的な風景が待っているらしいですよ」

さなえは運転手の女性に行き先を告げると車は発進していく。

「飲み物だけは用意してあるよ」

しずかは車内に内蔵されている冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すとこちらに渡す。

「ありがとう。それにしてもすごい車だね」

感嘆のため息をつくと車内を見渡す。

「もう一台出せたんだけどね。そこは学くんのご両親に遠慮されちゃって。うちが車を出したら行き帰りも一緒だったのにね」

しずかは少し残念そうな表情を浮かべるとそれを確認していたさなえが少しだけ茶々を入れた。

「しずかちゃん。本気過ぎない?そんなにがっつくと嫌われちゃうよ?」

妹に冷やかされたしずかは少しだけ膨れると僕の表情を確認していた。

「こんなにがっつく女嫌い?」

その破壊力の高い言葉を向けられて僕は必死に首を左右に振った。

「よかった…♡」

「センパイもしずかちゃんも張り切りすぎないでくださいよ?旅行はまだ始まったばかりですよ」

さなえの言葉で僕らは我に返り、純粋に旅行を楽しむことにシフトする。

車窓から流れていく幻想的な景色を眺めたり、もちろん車中でのトークにも花を咲かせて目的地である山を目指す。

そのまま小一時間で山頂付近に到着すると僕らは車外に降りた。

数分間、歩いて山頂に向かうとそこから見える景色を心に焼き付ける。

「普段から観える景色ではないよね…。想像は越えなかったけど…」

提案したさなえが急にテンションの下る言葉を口にして僕らはそちらに目を向ける。

「さなえちゃん…もしかして酔った?」

さなえのほうに近づいていくと彼女は手を前に出して僕を制止した。

「あんまり近寄らないでください…本当に吐きそうなので…」

それを耳にして僕はポーチから酔い止めの薬とエチケット袋を手渡す。

「よかったら使って」

「ありがとうございます…」

そのままさなえの気分が良くなるまで僕らはその場で時間を潰した。

「皆は景色を楽しんでください…。私は車で横になって昼食のことを考えておきます」

少し気分が良くなったさなえは一人で車まで向かおうとする。

「私も行くよ〜」

のどかはさなえの後を追いかけて結局僕としずかの二人になる。

「いい景色だね。ハングライダーとかやったら面白そう。やったこと無いけど」

しずかは唐突に冗談のような言葉を口にしてかなりテンションが高いものと思われた。

「さなえちゃん大丈夫かな?」

一応確認のために尋ねておくとしずかは頷く。

「のどかちゃんが一緒なら大丈夫だよ。さなえちゃんは乗り物酔いしやすいから。普通の道なら大丈夫なんだけどね。山道だったから高低差激しくてやられちゃったんでしょ」

「そうなの?でも山に行こうって言ったのさなえちゃんだったよね?」

「それはあれだよ。さなえちゃんもテンション上がってるの」

「なるほど」

僕らはそこから数十分景色を楽しむと車に戻る。

車に戻るとさなえはのどかの膝枕で横になっておりスマホの画面を眺めていた。

「具合はどう?」

車中に戻るとしずかはさなえに尋ねる。

「下りもあるから先に薬飲んでおきなね?」

さなえはそれに頷くと言われたとおりに酔い止めを飲んで席に座り直した。

「センパイはお昼の候補ありますか?」

「いいや、無いけど…夕食が海鮮メインだった気がするからそれ以外?」

「わかりました。じゃあお肉にしましょう。有名なステーキ店があるみたいですよ。二人もそれでいい?」

姉妹はそれに頷くとさなえは運転手に行き先を告げる。

「下山途中に吐いたらごめんなさい…」

さなえは急に不穏なことを言い僕は軽く焦ってしまう。

「まだ具合悪いならもう少し休憩しよ」

慌てた僕を見たさなえは軽く微笑む。

「冗談ですよ。薬も飲んで体調もいい感じです」

ホッと一安心すると車も発進して無事に下山を済ませる。

目的地の飲食店に向うと僕らは店で一番人気のメニューを注文した。

注文してから十数分後に上等なステーキ肉が人数分運ばれてきて僕らはそれを食していく。

「美味ぁ〜!脂身も赤身も味付けも全部バランス良いねぇ〜」

ひとくち食べたのどかは蕩けた笑顔で感想を口にすると僕らもそれに頷く。

皆黙々と食事を続けていき、さなえも先程のグロッキー状態が嘘だったかのように食事の手を止めなかった。

結局十数分で食事を終えた僕らは少し食休みをしてから会計を済ませて店を後にする。

「午後の予定はどうしますか?」

車に戻るとさなえは早速口を開き僕らは頭を悩ませる。

「なんだろうね。動物園か水族館?」

しずかの提案で選択肢は2つに増える。

「どっちかと言えば少し暑いから水族館のほうが良いかな」

僕は自分の気持ちを口にすると二人もそれに頷いた。

「じゃあ水族館で決定ね」

午後の部も始まり僕らはその後も旅行を楽しむ。

車で水族館まで向うと入場料を払って入館する。

入ってしばらくしたところで有料で写真を撮れるところがあり天井姉妹はそこで足を止めた。

「撮ってもらおうよ〜」

のどかの提案で僕らはそこで写真を撮ってもらう。

人数分の写真を買うと出口で貰えるそうだった。

写真を撮った後にそのまま館内を歩いて進むと大きな水槽の前に到着する。

「でかいですね。一体何匹のお魚さんがいるんでしょうか」

さなえは驚きのあまりポカンとした表情であっけにとられていた。

僕らもその幻想的な光景に目を奪われるとそこから十数分足を止めていた。

「そろそろ先に行こうよ」

しずかの提案で僕らは現実に引き戻されるとその先を進んでいく。

様々な水生生物を眺めた後に一度館内の外に出る。

「イルカショーやってるよ!」

しずかがテンションを上げて口を開くと僕らは先を急いだ。

空いている席に途中から腰掛けてイルカショーを眺めていく。

「楽しいね〜」

のどかは僕に声を掛けてそれに頷く。

イルカが跳んだり輪を潜ったり。

そういう光景を目にした後にショーは終わっていく。

そこからは出口近くのお土産コーナーでしばらく時間をつぶす。

「皆でぬいぐるみ買おうよ〜」

のどかの提案により僕らはお揃いのぬいぐるみを買っていく。

出口に向うと写真を受け取り外に出る。

時刻は15時近くだった。

「じゃあこのまま旅館に帰りますか」

さなえは運転手に行き先を告げると僕らは車に揺られる。

少し疲れが出たのか僕らは車中でウトウトしてしまう。

少しの間、眠りにつくと旅館に到着する。

「じゃあ出来たら夕食後にまた会おうね」

しずかの言葉に頷くと僕らは別々の部屋に向う。

部屋では両親が休んでおり僕もそれにつられて部屋で眠りにつく。

アラームが鳴って目を覚ますと夕食に向う。

夕食は海鮮メインの豪華な食事で舌鼓をうった。

父親とともに温泉に向う。

湯船に浸かると父親は唐突に話を始めた。

「学。女性には誠実であれよ。謙虚すぎるのはよくないことだが慢心はするな。いつでも心を開いて他人に好かれる人間であれ」

それに頷くと僕ら親子は入浴を済ませて部屋に戻っていく。

部屋に戻るとしずかから通知が届く。

「中庭で少し星でも見ない?」

それに了承の返事をすると中庭に向う。

風呂上がりのしずかはやけに魅力的に映り僕の心拍数は上がっていた。

「こんばんは」

お互いが挨拶を交わして僕らは中庭で空を見上げる。

そこからキレイな星々を眺めていくとしずかは口を開いていく。

「私はずっと見てたよ」

唐突な言葉に僕は思わず首を傾げる。

「みやこに誠実に尽くしていたところ。みやこにだけだったかも知れないけれど特別な人には優しい人なんだって分かった。もしも私が学くんの特別な存在になったらどれだけ優しくされるんだろうって夢想した。そこから目を奪われるようになったんだ。もう私は学くんの特別になったかな?」

それにどうにか頷いて応えるとしずかは微笑んで応える。

「それならもっと優しくしてくれても良いんだよ?」

なんていたずらっぽく微笑むしずかに心を奪われるともう一度頷いた。

「善処します」

どうにか口を開くとしずかは僕の浴衣の袖をくいっと掴んだ。

「こういう時どうすればいいか分かる?」

それに何とも言えずに頷くと僕らはそのまま中庭で隠れるようにキスをした。

「じゃあまた明日ね」

しずかとその場で別れると心拍数が上がりながら僕は部屋に戻っていく。

旅行は明日もあるので早めに就寝するのであった。

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