第49話、俺の最高効率レベリングⅦ

 ――眠視点――



 仮眠スキルを使い、スタミナを回復させると同時に『パワーナップ』の効果を発動した。

 そのまま一足飛びで頬白の下へと踏み込む。


 一瞬遅れて頬白も動いた。

 奴は既に立ち上がり、サイドから俺の背後に回り込もうとする。 

 だがその動きは遅い。

 ブラッドドッグの方が100倍速いんじゃないか。

 そんな気さえする。

 

「無駄だッ!

 お前如きのスピードでは、今の僕のスピードについてはこれな……ッ!?」


 頬白がまだ言っている内に、奴の顎を拳の裏で軽く弾いた。


「あががッ!?」


 奴はその一撃で白目を向き、ガクリと前のめりに倒れる。

 そして何をするでもなくそのまま地面に伸びてしまった。

 

 こいつは余りにも弱い。

 差がつきすぎたか。


 俺が思っている内に頬白が立ち上がる。


「レベルイーターさえ当てればッ!」


 奴は叫ぶと、俺の手首を右腕で掴んできた。


「勝ったァ!

 このままレベルを吸収してッ!?」


 奴がまだ言っている内に俺は、手刀で奴の右腕を打つ。

 するとボギィという鈍い音がした。

 右腕の骨を圧し折ったのだ。


「ぐああああッ!?」


 途端に頬白が俺の手を放した。

 そして背後に跳んで逃げようとする。 

 だが逃しはしない。

 俺は奴との距離を一瞬で詰めると、左手で奴の肩を掴んだ。

 そして右拳で何度も腹や胸を連打する。


「ゲフゴホグブゴブッ!?」


 俺の拳がぶつかる度に、雷が落ちたような音と衝撃が頬白の体を襲って、奴の体が九の字に吹っ飛ぶ。

 奴が身に付けていた硬いコートも、殴った傍から千切れてボロ布に変わる 

 やがて俺が連打を止めると、頬白が地面に両膝を突いた。


「あが……あがが……ッ!」


 吹き飛んだ歯の間から、ダラダラと涎と血が混じったものを垂らしている。

 どうやら喋ることもできないらしい。


 俺はそんな奴の前に立った。

 すると、


「う、うわあああッ!?」


 頬白は俺に恐怖したのだろう。

 左手を地面に突き、少しでも俺の傍から離れようとする。 

 その臆病そうな顔に、もはや俺に立ち向かってくる気概は感じられなかった。


 そんな奴に俺は、


「頬白。

 お前はザコだ」


 ハッキリと告げた。


「ぼ……僕がザコだと……!?

 どういう事だ……!?」


 すると奴が反応した。

 これまで散々醜態を晒してきた奴だが、さすがに今の言葉はプライドが許さなかったらしい。

 恐怖に身を震わせながらも、俺の事を睨んでくる。


「お前は相手が格上と見れば戦う事を避けようとするし、

 格下の相手でさえ、まともには戦わずに右腕一本で戦いを終わらせる。

 そんな人間が強いはずがない」


「は……ははは!

 それの何がおかしい!?

 そもそも格上と戦うなんてバカげている!

 格下相手に戦うのが最も安全で効率的な戦い方だ!

 それも一撃で終わらせられるレベルイーターを使うのが最も効率がいいんだ!

 探索者のクセにそんな事も分からないのか!

 バカめ!」


「いや。

 お前がレベルイーターに頼る理由は効率とは別の所にある」


「……別の、ところ……!?」


 それを言った途端、頬白が俺から目を背けた。

 よほど言われたくないことがあるのだろう。

 ハッキリそれを言ってやる。


「お前が格下のモンスター相手に右腕一本で勝負を終わらせるのも。

 仲間である探索者を騙してレベルを吸い取っているのも。

 全てはお前がからだ。

 自分の弱さに気付きたくないという一心で」


「……ッ!」


 俺がそう言った途端、奴の目が点になった。

 唖然としたまま、何も言い返してこない。

 図星なのだ。

 自分でも、思ってもみなかったに違いない。

 いや本当の気持ちから目を背けているだけか。


 こんな事を奴に言えるのは、俺自身にも心当たりがあるからだ。

 俺がかつて『むさしの』ダンジョンでゴブリン相手に戦っていた時がそう。


 あの時の俺は臆病になっていた。

 格上のボスモンスターと勝負するのが怖かったんだ。

 なぜなら勝負する事で、自分の弱さが露呈するのが嫌だったから。

 だから確実に勝てる格下を相手に楽な勝負ばかり挑んでいた。

 もしかすれば、あの時の俺が行きつく先の一つが、この頬白だったのかもしれない。


「お前はこれまで楽な戦い方しかしてこなかった。

 だから戦闘経験が圧倒的に少ない。

 更には強敵を相手にした際の危機の乗り越え方も知らない。

 それが頬白聖。

 俺とお前の差なんだ。

 わかるか」


「……ッ!!!」


 俺の言葉を聞いた途端、頬白の糸目がカッと見開かれた。

 そして俺を睨んでくる。


「……わかる……ものか……ッ!

 Fランクのゴミ探索者のクセに……ッ!

 このAランクの僕がザコだって言うのかああああッ!?」

 

 奴は叫び、先ほど俺が折った右手を地面に叩きつけた。

 すると奴の右手を中心にして地面がクモの巣状に割れていく。

 更に地面が陥没して、俺と奴を飲み込み始めた。

 10秒ほど遅れて、奴のスマホからピロリンピロリンとレベルアップの音が鳴り出す。

 

 これは、レベルイーター。


「ははははは!!!

 僕は生物だけじゃなく、魔鉱石からも魔素を吸えるのさ!!

 ただしその組成上、どうしても生き物に比べて効率が圧倒的に落ちるんだけどね!

 このダンジョン中の魔素を全て吸収すれば、僕は再びお前を超えて……ッ!?」


 バキバキバキバキバキィッ!


 奴がまだ言っているうちに、足元にあった地面が一瞬で消えた。

 どうやら魔素を吸い過ぎたせいで、地面が個体でいられなくなったらしい。

 あれだけ満ちていた光すらも失われて真っ暗になる。

 その暗闇の中を、幾らか残った魔鉱石と共に俺と奴は落ちていった。




 ◆


 ――頬白聖視点――



 時間にして10秒、いや20秒は経っただろうか。

 突然辺りが眩しくなり、殆ど同時に僕の背中が何かに叩きつけられた。

 50センチ近くバウンドして、もう一度叩きつけられる。


 痛い……ッ!

 先に奴から食らったダメージも含めると、かなりの重症だ……!

 早く奴を殺して地上に帰還しないとマズい……!


 そう思いながら僕が辺りを見回すと、


「……!?」


 僕が落ちてきた場所は、10メートル四方はある巨大な黄金の石の上だった。


 背後には黄金の壁がそそり立っている。

 前方と左右には、広大な空間が広がっていた。

 どこまでも続く地平の向こうに、巨大な山脈が見える。

 その山脈を形成している山の一つ一つは、東京オーガに匹敵する高さだ。

 まさか、あれが全て魔鉱石でできているというのだろうか。


 どうやら下のエリアまで落ちてきてしまったらしい。

 さっき神種と戦った時に嗅いだのと同じ、猛烈な花の匂いが辺りに充満している。


 くそ……!

 スマホも落としたようだ。

 レベルがどれだけ上がったのか確認できない……!


 僕がそんな風に思っていると、突然僕の居る地面がエレベーターのように上昇し出した。

 やがて黄金でできた壁を登り切ると、


「!?!?!?!?」


 目の前に巨大な仏像の顔面が現れる。

 それを目の当たりにした時、僕は気付いた。

 僕が今いるこの場所は……巨大な仏像型モンスターの掌の上だったのだ!


 モンスターの全容は計り知れない。

 種族は間違いなく神種だろう。

 禍々しい程の魔素を感じる。

 全身金色。

 全長は100メートルを超えている。

 先に戦った仁王型の神種が、子供サイズに見えるほどだった。

 顔の上に顔が4つも乗っかっていて、不気味なことこの上ない。

 合計8つある目が、一斉に僕を見る。


「こここコイツははははああああッ!

 まさかああああああッ!!!」


 僕は叫び、腰を抜かしてしまった。


 こいつの事を僕は知っていた。

 この『極楽土』ダンジョンのボスモンスター『千手せんじゅ神種しんしゅ』!!

 その名の通り千の手を持つ神種で、国内ではまだ3体しか討伐された記録がない。

 推定レベルは『4000』。

 文字通りの化け物だった。

 国内最高峰の探索者である獅子神アキラや夏目シュティルですらも、単独では戦わない。

 ましてAランクとBランクの境界線上にいる僕に勝ち目など微塵もなかった。

 逃げ出すことすら叶わないだろう。

 100パーセント殺される。


「どうして、こんな事に……!」


 僕が自らの不運を嘆いていると、


「……」


 僕の背後で、別の誰かの気配がした。

 振り向けば、黒ジャージの少年が無言で神種を見上げている。

 どうやら奴も一緒に落ちてきたらしい。

 それに気付いた僕は調子を取り戻す。


「はは……!

 はははははは!

 残念だったなあ!?

 こいつはこのダンジョンのボスだ!

 レベルは恐らく『4000』!

 僕もお前も絶対確実にここで死ぬ!

 この勝負は引き分けだ!

 ざまあみろ!!

 はははははは!」


 僕は精一杯奴を嘲笑ってやった。

 奴を殺せなかったのは残念だが、結果的に奴が死ぬのならどうでもいい。


「さあ絶望しろウジムシ!

 そして死ね!」


 僕が叫ぶと、


「見てろ頬白。

 これがってやつだ」


 奴はそう呟くなり、腰に差したナイフを抜いて跳んだ。


 バカな!?

 まさかアレと戦う気か!?

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