第92話 夜のダンジョン
▽第九十二話 夜のダンジョン
現れた魔物たちは、ゾンビ、ゴブリン、オーク、ハイオークに見たことのない巨大な鳥でした。
一応、鳥さんだけ鑑定しておきましょうかね。
レベル【13】 種族【コカトリス】 ジョブ【呪術師】
魔法【水魔法15】
スキル【石化攻撃】【敵耐性減少】
必要な情報だけ載せておきます。
ハッキリ言って雑魚でしたね。ただし、コカトリス自体はそこそこに強い魔物となっております。ただ、まだレベルが低すぎて脅威たり得ません。
アトリの前にシヲが出ます。
シヲは【行動阻害耐性】によって石化を無効化できます。コカトリスが【敵耐性減少】を使いますけれど、無効化に対して無効なんですよね。
私も同じスキルを持っているので解りますよ、コカトリス。
「【プレゼント・パラライズ】」
突撃しようとしたハイオークを止め、直後にはアトリが【殺生刃】を込めた【シャイニング・スラッシュ】を放ちました。
同時に出現した魔物、そのすべてが両断されます。
コロコロ、とドロップしたイヤリングが転がりました。【鑑定】した結果、効果が弱かったので回収しようか迷います。
将来、手に入れる予定のゴーレムのために拾っておきましょうか。
「第一階層は敵になりませんね。罠にだけ気をつけましょう」
「はい! です!」
「しかし、ダンジョン内で【理想のアトリエ】を使えないのは不便ですね」
あのアイテムは臨時の宿としても、装備品の貯蔵庫としても有用です。フィールドでは快適過ぎる道具ですけれど、このダンジョン内では無力極まりありません。
休憩する場所も、ダンジョンの中です。
大変です。いつでも襲われ放題。これがダンジョン攻略のむずかしさですね。
歩みに合わせてマッピングもしております。
この感じ、我々のほうは外れだった確率が高いです。一度、最初の地点で合流したほうがよろしいでしょう。
羅刹○さんとの共闘は、今回、こういう感じとなっております。
基本は互いにソロプレイ。
マップの攻略情報を共有し、なおかつ、手に入れたアイテムも共有します。ほしいほうがほしいアイテムを手にする、という感じです。
たとえば、我々にレイピアが落ちても要らないですからね。
それからボス戦は共闘する……くらいの緩いパーティプレイをしております。なお、ダンジョン内ではフレンドチャットも送り合えないようで。
ダンジョンに居ない相手には送れます。
我々は道を引き返そうとして、道中で宝箱を発見しました。
「宝箱……」
アトリが一歩、宝箱を前に下がりました。
かつてシヲに殺されかけた経験を想起しているのでしょう。
あの時以来、アトリのトラウマとなってしまいました。
前にトラウマを見せてくるプレイヤーと激突した際、もしかしたら見せられたのかもしれません。
「アトリ、開けたいですか?」
「……!?」
アトリがぶんぶんと首を左右に振ります。
ちなみに、私が「アトリ、開けましょうか」と言えば涙目になって開けたことでしょう。あえて「開けたいかどうか」だけを聞いてみました。
しかし、宝箱はダンジョンの目玉です。
開けない選択肢はないので、シヲに遠方から開いてもらいます。
ぱかり、と宝箱が開いた瞬間、飛び出してくる触手。どうやら本当にミミックだったようです。ミミックVSミミックの死闘が開催されます。
両者、一歩も譲らずに触手を絡め合います。
想起するのは綱引きです。負けたほうが食べられます。
優性なのはシヲ。
アトリと過ごしてきたことにより、実戦経験もレベルも上がっております。ただし、このままだと千日手なので【プレゼント・ポイズン】で毒にしました。
「アトリ、手を出しても良いですよ」
「……はい、神様」
アトリはまったく近づこうとせず、遠方から【シャイニング・スラッシュ】を放ち続けました。やはりHPタンクのミミックは面倒ですね。
何よりダンジョンの階層やランクに関係ない実力は怖いです。
とはいえ。
捕まえられなければ問題はありません。やがてミミックは死亡しました。ドロップしたのは謎の仮面です。あとで【鑑定】しておきましょうかね。
アトリが満面の笑みで振り返ってきます。
「シヲを倒した、です!」
『――!』
「あれはおまえの未来」
『――!!』
「うるさい。神様はボクだけが好きなのだ。ボクだけ……」
アトリはシヲを無視し、とてとてと合流場所に向かっていきます。第一階層の敵はミミック以外に恐れる必要はなく。
一方的に殺戮を繰り返し、最初の地点にまで帰還しました。
▽
ジャックジャックは敷物に座り、ゆっくりとお茶を楽しんでいました。彼は収納系アイテムを持っているらしく、たくさんの物資を持ち運んでいるようです。
スキル【アイテム・ボックス】よりは不便ですけど、スキル枠節約は重要です。
アトリの気配に気づき、彼が眉を持ち上げました。
「おや、アトリ殿」
「あった?」
「ありましたぞ、ここから一時間も歩きませぬわ」
「待たせた」
「いえいえ、これは運否天賦ですじゃ。お気になさらず」
ジャックジャックから手書きマップを共有されました。これで分断トラップにかけられても、多少は目的地に到着しやすくなります。
エルフの老爺の後をついていきます。
やはり、ジャックジャックも強力なNPCですね。アトリのような異様な強さはありませんが、オーソドックスに強いキャラクターとなっております。
特技は暗殺。
ダンジョン攻略にはあまり向きません。
的確に襲い来る魔物の弱点をレイピアが貫きます。闇魔法についてはあまり使わない様子。彼は姿を消したり、気配を消したり、音を消したり、そういう魔法に特化しているようです。
あっという間に階段に辿り着きます。
「では、アトリ殿。まずは上階の偵察。その後、ここで休憩と致しましょう。食事ですじゃ」
「ご飯!」
アトリはシヲに上階を偵察させた後、食事に取りかかりました。
こういう感じで第四回層までやって来ました。
このダンジョンはすべてが迷路となっております。あまりにも面倒です。二手に分かれているので、どうにかやっていける感じがありました。
すでにゲーム時間で二日、我々はダンジョンを彷徨い続けております。
「夜ですじゃ。シヲ殿には頭が上がりませんのう」
「テイムモンスターに睡眠は不要」
警戒はシヲの特技です。
眠る必要がなく、膨大な体力を有し、なおかつ【音波】スキルがあります。急に敵が来てもタンクであり、拘束特化なので時間稼ぎもできますしね。
休憩スペースとして【クリエイト・ダーク】モードハウスを作り出します。
ちょっとサイズは抑え気味にしました。
個室がふたつあれば十分でしょう。
アトリたちは焚き火を行います。ダンジョン内には謎の空気の循環があり、多少は火を使ったところで問題はありません。
課金で入手したマシュマロ、焼きましょう。
私、マシュマロって焼いたことがないんですよね。食べるためには【顕現】せねばならないので、私が食べることはできませんけれど。
パチパチ弾ける火花。
ボンヤリと温かい空気。揺らめく炎は、いつまでも見ていられますね。アトリは黙々と食べておりますし、ジャックジャックもそれは同様でした。
とくに張り詰めた空気感もありません。
ジャックジャックが興味深そうにマシュマロを味わい、嚥下してから口を開きます。
「アトリ殿。少し稽古をつけましょうかのう」
「稽古?」
「そうですじゃ。アトリ殿にはもっと強くなっていただきたいのですじゃ」
「ジャックジャックはボクより弱い」
「でしょうな。ですが、世界の強さは多様ですぞ」
立ち上がるジャックジャック。
焚き火から火の粉が弾けます。遅れてアトリも立ち上がります。当然、手には大鎌。
私には劣化蘇生薬があるので思いっきり訓練ができます。
このポーションは訓練にも交渉にも使えて便利ですね。世界樹万歳です。他のレイドボスの素材も使ってみたいところです。
「とりあえず殺しはなしですじゃ」
老爺の皺だらけの顔が綻びます。
「今の成長なされたアトリ殿は、儂の手にはやや余る」
こくり、と頷くアトリ。
エルフの老爺とハイ・ヒューマンの幼女が、夜の迷宮にて激突しました。
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