第86話 最強ではない男
▽第八十六話 最強ではない男
つまらない戦いが始まっております。
凄まじい速度で突撃するアトリですが、その攻撃のすべてが防御される。斬撃も魔法も打撃も、何もかもがギースにとっては無意味。
防御の姿勢も取らぬ、両手を広げたままのギースに歯が立ちません。
「ど雑魚はど雑魚らしく、ひょこひょこと跳ね回ってやがれ! 止まった瞬間、次に俺様に触れた瞬間、ぜんぶ消し飛ばしてやる」
「うるさい」
私の状態異常も無効化されているようですね。
おそらく、百%耐性ではなく「完全無効」なのでしょう。私の【敵耐性減少】スキルさえも通る気配がありません。
絶対防御に絶対攻撃。
敵にしてつまらない男ですね。
しかし、ふと私は思ってしまいます。この魔王の攻撃さえも無効化してみせた男は――《Spirit Guardian Online》にて最強議論スレの常連となっております。
神器を所有し、圧倒的な強さを誇るというジークハルト。
何もかもを破壊する攻撃力を有するユークリス。
呪いと獣性を秘めたバーサーカー、クルシュー・ズ・ラ・シー。
魔力を支配する、筆頭魔術師たるゴース。
それらに並び語られるのが【暴虐のギース】なのです。
けれども。
その強さ……理不尽を体験した私から言わせれば「ギースが最強」ではなく「最強クラス」と言われていることに納得できません。
最強ではなく、最強
他の実力者たちに並んでいる。
そんなわけがございません。すべての攻撃を防ぎ、圧倒的な火力を持っているギースが
「神様! こいつ弱いのに勝てない、ですっ!」
「そうですね……アトリ。ひとつ試したいことができました。覚悟は?」
「いつでも、です!」
「よろしい。では、最強ではない男を倒してしまいましょうか」
こくり、とアトリが頷きました。
▽暴虐のギース
「死ねよ、ど雑魚があ!」
意味が解らない。
今、俺様が戦闘している相手、愚ジョーが言うには「アトリ」だ。こいつは明らかに狂ってやがる。
ただ花壇を荒らされただけだ。
たったそれだけのことで、世界最強である俺様に挑みかかってくる。
しかも、話を聞く限り魔王との関係があるらしい。意味が解んねえ。この俺様を圧倒するような生物、それこそ魔王くらいしかいないだろうが……なんでこいつがここに居る。
もっとも解らねえのが――、
「っ!」
首に大鎌がぶち当てられる。
指輪の効果でダメージは無効化される。続けざまに三連撃。あっという間に指輪が四つも消費されてしまう。急いで【暴虐】を発動する。
舌打ちが止まらない。
「死ねえ!」
スキル【自爆攻撃】でアトリを吹っ飛ばそうとする。しかしながら、敵は目にもとまらぬ勢いで離脱してしまう。
こんなガキが……どうしてここまで強い。
何よりも、どうしてこの俺様に挑むことができるんだ。絶対的な防御力を有し、当たれば瀕死にする【自爆攻撃】をノーコストで連打していく。
そんな俺様と戦うなんて正気じゃねえ。
海や空に戦いを挑んでいるようなもんだぞ。
不気味な幼女が大鎌を下段に構え、肉体を覆っていた黒い闇を解除する。焦点の合わぬ、不気味な眼球……それが俺を真っ正面から見つめてくる。
寒気の走るほどの殺気。
「はい……解った、です、神様」
気味の悪いガキだ。
虚空に向かって独り言を喋っているのは、おそらく契約精霊に指示をもらっているのだろう。だが、その様子はさながら取り憑かれた人形だな。
「おい、愚ジョー。【顕現】の準備しとけ。なんかしてくるぞ」
「はい、兄貴」
正直な話、俺様は精霊と契約するメリットが乏しい。スキルを増やしてもらったところで、すでに俺様という存在は完成してきっている。
ゆえに、俺様が求める精霊は従順な奴だ。
そして、金になる奴。手間を減らせる奴。そういう奴だ。そういう意味では愚ジョーは最高の精霊だ。
戦力にはならねえが、いざという時に【顕現】も使える。
負けるわけがない。
はずなのに、奇妙な違和感がある。敵は幼女のほうじゃねえ。あいつはイカれているし、かなり強いし、俺様の敵にはなっている。
だが、そんな奴は意外といるものだ。
問題は、あの幼女の隣で虎視眈々と何かをしている――闇精霊。
「愚ジョー、いざという時はてめえが闇精霊抑えろ」
息を呑む。
雰囲気で飲まれつつある。ダメージなんてもう何年も受けてない。だから、負ける自分の姿なんて思い浮かばねえけど……嫌な予感がする。
なんで俺様が戦ってるんだ。
俺様は戦う人間ではない。殺す人間だ。まったく忌々しい。
「さっさと死ねよ! 避けんな、ど雑魚!」
ダメ元で叫び、全力で【自爆攻撃】を炸裂させる。
どうせ避けられるだろう、と放った一撃は――アトリの腕を吹っ飛ばした。つい、口元が緩む。唾が飛ぶ。
「油断したなあ! ど雑魚があ!」
その勢いでアトリの顔面を掴もうとして、俺様は。
腕を吹き飛ばされてもまったく怯まない、狂信者と目があった。
▽
右腕を吹き飛ばされたアトリは、構わずに【奉納・戦打の舞】を放ちました。無敵のギースの腹に蹴りを当てようとして、逆に足を吹き飛ばされました。
その爆破の威力で、背後に吹き飛んでしまうアトリ。
ギースは即座に追撃してきます。
いくらカンストではないとはいえ、ギースのレベルはアトリよりも上でした。その敏捷値もそこそこあり、吹き飛んだアトリの腹に拳を叩き込みます。
殴打ではありません。
それは【自爆攻撃】を打ち込むための一撃でした。
「死ねえ!」
アトリの腹部が吹き飛びます。
大量の血を吐くアトリは、すかさず【再生】で全回復。同時、光魔法の【フラッシュ】を発動しました。
ギースの弱点のひとつとして、こういう攻撃は無効化できません。
「クソが!」
痛めた目を押さえるギース。
その仕草は戦闘中とは思えぬほどに無防備でした。だからこそ、容赦なくアトリは首に大鎌を叩き込んで、またもや透明の壁に防がれます。
【自爆攻撃】
アトリが吹き飛ばされます。
しかし、彼女は激痛を微塵も感じさせません。リジェネで回復するなり、ギースに向けて飛び込んでいきます。
ノーガード。
吹き飛ばされ、ダメージを負いながらも、アトリは何度も突撃を繰り返します。無意味と解りきっている攻撃が、幾度もギースの首を見舞います。
ですが【自爆攻撃】を受け続けるアトリ。
如何にリジェネタンクといえども、いよいよ【再生】と【リジェネ】だけでは回復が追いつかなくなってきました。いつもなら【奪命刃】と【吸命刃】で追いつくのですけど。
ダメージを無効化されているので回復できません。
血を失いすぎて、アトリがフラフラとしてきました。小さな肉体からはあり得ない量の出血。飛ばした四肢の数は知れず。常人ならば発狂している痛みを積み上げ。
ボロボロになりながら、それでもアトリの目から狂信の色は失せません。
「なんで立つ!? 痛覚とどたまいかれてんのか!? 勝ち目なんてねえだろうがよお! 【再生】持ちでも意識飛ばしたら死ぬんだぞ?」
倒れぬアトリに、焦れたギースが絶叫します。
「無駄なんだよ、ど雑魚が! 全部、全部無駄あ! 俺様の絶対防御はぁ……」
言葉を待たず。
アトリが【奉納・瞬駆の舞】でゼロ距離となり、大鎌を雑に振り回しました。その刃には【奪命刃】と【吸命刃】が乗せられています。
「無駄だってんだろがあ!」
無警戒でギースが攻撃の手を伸ばしてきます。【自爆攻撃】を予兆する熱の凝縮が手の中で起きる、その最中。
その瞬間。
「
ギースの首の九割が両断されました。夥しい量の血液が噴射され、攻撃を防ぎきれなかったギースが地面を転がっていきます。
ボロ雑巾のように最強クラスが地面を這いました。
どうやらギースの【即死回避】が起動したようですね。
大ダメージを負ったギースは、契約精霊によって治療されています。しかし、彼は地面に尻餅を着いたまま、信じられないような顔をしています。
現実が嘘を吐いた、とでも言いたげな表情。
首を押さえながら、チンピラが吠えました。
「なんで、なんで俺様にダメージが通ってんだよお! なんでだよ! ふざけんなよ、何してんだてめえ! どんなズルしてんだよ、このクソ呆けど雑魚の分際でいい加減にしやがれ! 大人しく俺様にぶち殺されとけば良いんだろうがよ、人間なんてよお!」
「だまれ」
「――っ」
アトリが一歩踏み出すだけで、ギースは怯えたように逃げ出そうとしました。しかし、尻餅を着いている彼は、姿勢を崩すだけでした。
自身の血の海の中、溺れたようにもがくだけです。
大量の血の付着した、大鎌【死を満たす影】……それを大きく振り上げ、アトリが悠然と歩を進めていきます。
ぽたぽた、と大鎌からはギースの汚い血が垂れ続けています。
私はアトリを労います。
「よく耐えましたね、アトリ。あとはもう殺すだけです」
「はい……です! 全部、神様のお陰……ですっ」
「敵の謎防御が装備スキルならば、その装備を奪うだけでよろしい。簡単な攻略方法でしたね。何よりも動きが素人すぎます」
ギースとの戦闘中、私は何度もあえてアトリを突撃させました。
そのすべては無意味……なわけがない。
あの行動によってアトリを殺すことを優先したギースは、その手元が疎かになっていたようです。その隙をアトリが創りだし、あとは私が【クリエイト・ダーク】で指輪を盗みました。
ギースの指いっぱいに装備してあった指輪も、残すところ、あと三本といったところ。
この《スゴ》の仕様上、指輪は同時に二つまでしか効果が出ません。そういうデメリットさえも無視できるのが【暴虐】なのでしょうね。
強いスキルです。
それだけですがね。
「連続三回、それが今のギースが防げる限界でしょう。あとの首輪やピアスは状態異常や洗脳対策のようですしね。ピアスは外せません。まあ、仮にピアスに防御系があっても、ひとつだけでは足りないのでしょうしね」
いくらギースがクールダウンを無視しようとも、連続攻撃に対処するには――カンストレベルの反応速度は必須のはずです。
仮にカンストしていても、アトリの攻撃速度ならば上回れるでしょう。
敵が【暴虐】を発動するよりも先に、殺せば良いだけです。
ギースもカラクリに気づいたのでしょう。
寂しくなった指を見て、苛立たしげに歯噛みしております。
「くそコソ泥があ!」
「だまれ」
「……返せ。俺様の指輪だぞ! 死にてえのか、てめえ!」
アトリは見せびらかすように、私から渡された指輪を嵌めます。その様を見たギースはこめかみに血管を浮かべました。
「てめえええええ!」
両手を前に突き出し、激怒した
アトリの大鎌に莫大な闇が注ぎ込まれていきます。
俯き加減だった顔が前を向いた時、紅の瞳が昏く輝きました。
「開け【死を満たす影】」
「ぜんぶだ、ぜんぶ殺せ【自爆攻撃】っ!」
「万死を讃えよ!」
ギースの【自爆攻撃】により、アトリが装着していた指輪が粉々に砕け散っていきます。しかし、攻撃の無効化には成功していました。
ギースの顔に映るのは、決死の行動を嘲笑うかのような――絶対防御。
砕けていく透明の壁。指輪。プライド。
――ギースが今まで使ってきた「強さ」のすべて。
「貴方がしてきたことですよ」
無論、私の声はギースには届きません。
けれど、彼の脳裏には今、今まで踏みにじってきた戦士たちの姿が幻視されていることでしょう。今、その場にいるのは自分自身だと理解しながら。
脳裏に焼き付けなさい。
「殺しなさい、アトリ」
「――【
無表情のアトリが大鎌を軽く振るうだけで、ギースという男はその肉体を崩壊させていきます。下半身を完全に消失させたギースは、その腕をアトリに伸ばします。
おや。
どうやら残りの指輪では、アトリの【
「か、返せ、俺様の……ぼくのお!」
「全部、無駄」
「――――っ」
「ボクと神様のお庭を壊した罪は重い。だから、おまえは死ぬのだ」
アトリは華麗に一回転。
すでに死亡したギースの顔など見ることなく、私のほうにとてとてと歩いてきました。
最強の男。
【暴虐】のギースは、アトリという幼女の前に滅びたのです。戦場に残るのは、大地に刻まれた巨大な亀裂や【自爆攻撃】によるクレーターのみ。
ぶわり、と風が吹き、散った花びらたちが空を向けてヒラヒラと舞い上がりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます