第84話 文化祭二日目

       ▽第八十四話 文化祭二日目

 昨日は八百長で台無しにされましたが、それを抜きにすれば素晴らしい一日でした。


 本日は軽く店を周り、二度目の「クラス展示」に参加することがお仕事です。ですが、その前に三年黒組に向かいます。


 結局、あのあと三年黒組は展示方法を変更。

 入場料を取るシステムに変更したようです。かなりの額が手に入ったそう。それの分け前をもらいつつ、あの作品の行く末を決めてほしいようです。


 私たちが三年黒組に辿り着けば、そこには――少し前に見た真白の幼女が仁王立ちしていました。その背後に付き従うように、三人の従者が控えていました。


「よく来たの、我がクラスの展示へ。其方が作った作品、此方が買おう。ゲヘ――」

「従者のゲヘゲヘっす! 金は大量にあるっすよ、是非とも」


 従者のゲヘゲヘは【アイテムボックス】を持っているようですね。大量の金銭が次々に現れ、瞬く間に部屋をお金で覆い尽くします。

 私の【鑑定】が弾かれることから察していましたが、相当の高レベルのようですね。


 後ろに控える残りの二人も、なるほど、威圧感がございます。

 三メートルに届きそうな巨漢の男。髪もなく、眉もなく、ゴツゴツした顔は歴戦の戦士という風情がございますね。全身が筋肉の鎧のようです。


 もう一人は信じられないくらいの美女です。露出の多い、妖艶なドレスを身に纏っています。顔に浮かべた品のよろしい、淑やかな笑みに見惚れてしまいますね。


「それにしても」

 と真白の美幼女が首を傾げます。

「ピティはどうしたのじゃ。此方の数百年ぶりの外出ぞ。共にならぬとは、奴は此方の友だちを辞めていたのか?」

「あいつはなんか良い素材が手に入ったってはしゃいでたっすよ。いつもの研究狂いっすわ」

「ふんっ! 可愛い奴め……共に学園祭とやらを回りたかったものじゃ」


 謎幼女の言葉に、背後の大きな男が口元を緩めます。

 

「それがあやつの戦にございます。我らとは違う忠誠をピティは持っているのでしょう」

「……………………はっ! 寝てた。ここ何処? 誘拐? 犯される?」


 微笑を湛えていた美女は、どうやら立ったまま寝ていただけのようでした。首を左右に振ってから、謎幼女を見て抱きつきました。

 その後、アトリを見て目を丸くします。


「え、増えてる……? なんてこったい……」


 すりすり、と謎幼女に頬ずりをする謎の美女。

 なんだか変な集団ですね。とりあえず、私は今回の商談を受けようかと思います。値段は十分……かは解りませんけれど、この四人組は良い感じです。


 作品を良い意味で生活の背景にしてくれるでしょう。


「アトリ、OKしましょう」

「神は言っている。OKしましょう」


 こくり、と白髪紅目の美幼女が仰々しく頷きました。


「良い。此方の名はグーギャスディスメドターヴァ。昨日の其方らは面白かった。褒めて遣わす」

「?」

「乱闘とやらをしていたじゃろ。荒々しい暴力じゃった! 何よりも良かったのは、タイミングじゃの。あそこで動けるのは面白い。この作品のセンスも良い。どうじゃ、二人揃って此方のところへ来ぬか?」

「行かない」

「ふむ……残念じゃのう。まあ、喰らうのを我慢するのは大変じゃ。それも良かろう」


 うむうむ、と何度も頷く謎幼女グーギャスディスメドターヴァ。

 名前が覚えられませんね。


 商談を終えた私たちは、一度、庭園のほうへ向かうことにしました。アトリの手入れした花壇は、素朴さが可憐さに昇華されています。

 中々に頑張っていると言えるでしょう。

 私のアドバイスもよく聞くために、花壇の彩りは作品レベルです。


 花壇部門は八百長がなければ、アトリが優勝するかもしれませんね。


 あの綺麗な花畑の花は、どれも素材としても一級品なわけですし。そうやって花壇に到着すれば、そこには荒れ果てた花壇がありました。

 踏み荒らされ、踏みにじられた……花壇。

 あのアトリが……息を呑みました。


       ▽

 荒れ果てた花壇には、まだ人が残っています。

 五人組が勝手に花壇から、薬草類を採取してしまっているようですね。無遠慮に土を踏み荒らし、綺麗なだけの花がグチャグチャになっています。


「イベントルール的にあり得ましたが……本当にやる人物がいるとは」


 花壇を守ることは至難です。

 誰かが花壇を荒らせば、他のクラスの花壇も荒らされてしまいます。それは結局のところ、自分たちのポイントを減らすことにも繋がりますからね。


 といっても戦略的な価値は理解できます。


 見る者が見れば誰が花壇部門で優勝するかは明白ですからね。優勝候補たるアトリの花壇を破壊すれば、少なくとも黒組が有利になることはございません。

 大鎌を振り抜いたアトリに、私は文句なんて言いません。

 アトリは自由なのです。やりたいようにやれば良い。守りたい相手がいるなら守って良いですし、殺したい相手がいるなら殺せば良い。


 それが私とアトリの契約でした。


「敵の数は五人……そこそこの実力は持っているようですね。少なくとも私の【鑑定】は効きません。精霊も憑いていることを考えれば、中々に危険かもしれませんね。気をつけて戦いましょう」

「はい……です」


 大鎌を構えたアトリを見て、唯一、花壇に入っていない男性が振り向きました。眼鏡をかけた知的そうな青年です。ただし、その指や耳、首には大量のアクセサリーが見えます。

 ……ふと思い出しました。

 眼鏡をかけた知的そうな男性。燕尾服を纏い、シャキッと背筋を伸ばす彼。彼は掲示板でも有名な……最強NPCの一画。


「暴虐のギース」


 ギースはアトリを上から下へと嘗め回すように見て、ハッと鼻を鳴らします。かちゃり、と眼鏡の位置を人差し指で正してから、その口を大きく開きます。


「なんだあ!? 俺様に武器向けるってことが、犯されてから死ぬってことだと理解してねえのかガキ!」

「その花壇、ボクの。神様のお花。お前は殺す」

「は? 何言ってんだあ? この花壇はてめえのじゃねえよ。この世界のモンは全部、全部俺様はいつでも力で手に入れられる。つまり、この世界のすべては俺様が雑魚どもに貸してやってるだけだろうが。理解して身の程を知っとけ、雑魚が!」


 掲示板でユークリスやジークハルトらと共に語られる、NPC最強クラス。

 それこそがこのギャーギャー煩いギースなのです。

 第一フィールドにて裏社会のドンの護衛をしているという男です。第一イベントに「精霊がムカついたから契約を切って参加できなかった」最強格でした。


 およそ、今のアトリで勝てるとは思えませんが……死んでも大丈夫なイベントです。ここで最強に挑んでみるのも一興でしょうかね。


 アトリが呟きました。


「ロゥロ」


 突如として出現した巨大ながしゃどくろが、その拳をギースに叩き付けました。


 最強のNPCと最狂の幼女が、青空の下、唐突に激闘を開始したのです。


       ▽

 初撃を放ったロゥロは、その肉体を木っ端微塵に破壊されました。ばらまかれた骨の残骸が、アトリの頬を薄く斬り裂いていきます。


 何をされたのかも理解できませんが、結果として敵は無傷。

 対するアトリはロゥロという札を、少しの間だけ失います。


 衝撃波で吹き飛ぶ花壇にて、ギースは涼しい顔で立っています。服に埃一つつけず、どころか姿勢すら変えていません。

 ポケットから鎖を取り出しながら、ゆっくり口笛を吹きます。


「へえ、やるじゃねえか、ガキ。雑魚なら死んでただろうな!」

「おまえもすぐ死ぬ」

「ああ、百年後くらいには死んでるだろうぜ! てめえは今だがなあ!」


 ギースが鎖を上空に投げれば、謎の光が彼らを覆います。どうやら、何らかのバフアイテムだったようですね。

 空中で停止する鎖。

 彼の配下らしき四人が、アトリに向けて駆け出してきます。


 どうやら一対一をするつもりはないようですね。

 アトリは躊躇なくシヲを呼び出し、自身は【ハウンド・ライトニング】で牽制を行います。まだ敵のスキル構成も掴めていません。


 いきなり近接戦闘はリスクでしょうからね。


「剣アーツ【パラライズ・スラッシュ】!」

「槍アーツ【スピン・ラッシュ】」


 前衛二人が剣と槍とで突撃してきます。

 剣士の剣をシヲが触手で受け止め、槍に関してはアトリの【フラッシュ】で動きを止めました。その硬直に向け、アトリの【スナイプ・ライトニング】が炸裂します。


 頭部への直撃。


 ヘッドショットの概念のある【スナイプ・ライトニング】は、一撃で敵を殺害――できませんでした。

 代わりに頭上で輝く鎖の色が鈍ります。

 どうやらパーティメンバーに対するアーマー効果があるようですね。


 不意にアトリの背後で気配が生じます。

 敵の一人が盗賊系のスキル使いだったのでしょう。完全に意識外からアトリの背中に、短剣が突き刺されました。


「――っ」


 血を吐くアトリですが、彼女はリジェネタンク。

 即座にダメージを回復して【ライトニング・バースト】で盗賊を吹き飛ばします。しかし、盗賊は綺麗にバックステップで攻撃を回避してしまいました。


 取り巻きすらも強い。


 これは中々に厄介かもしれませんね……


 口元の血を腕で拭い、アトリがリジェネの光を纏います。その光に合わせて【ダーク・オーラ】を展開――白と黒とを放つ死神幼女が――一歩を踏み出しました。

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