第66話 未知領域の探索

▽第六十六話 未知領域の探索

 アトリは冒険者への指導係をクビになりました。


 ギルドマスターは「絶対に必要な訓練だな。続けてくれ」と言ってくれました。ですが、その他のギルドの従業員が猛抗議してきました。

 まあ、アトリのやっていることは、傍から見れば暴力ですからね。


 痛みや恐怖でフリーズするようでは、どこかで必ず殺されてしまいます。

 あの訓練の目的は悪くありませんでしたが、まあ……しょうがありませんね。初心者冒険者にアトリクラスの覚悟を求めるほうは間違っています。


 アトリは腕が吹き飛んだくらいでは止まりませんからね。


 そういうことでフリーになった我々には、新たな任務が授けられました。そのクエストは《未知領域の探索》です。


 この未知領域というのは、長かった時空凍結に際して生じた変化のことを指します。


 知らないうちにできた場所の調査ですね。


「神様、ハンカチ、です!」

「良いですね、アトリ。お弁当も作りましたし、装備の準備も万端です。いやあ、経費というシステムは最高ですね」

「さいこう! です!」

「個人ですと税金が安くなる、という感じでしたが、会社を通せば臨時収入気分です」

「? 収入」


 今回のクエストは危険指数が未知です。

 ギルドも周辺にある謎領域は危険視しているらしく、調査のための資金は惜しみません。我々はギルドが出してくれた経費で買い物をしております。


 気分はピクニックです。


 元々、私の目的は「楽しんでそこそこ稼ぐ」ことなのです。強敵との戦いや過酷な任務をせずともよろしいのです。

 てきとーにお仕事をこなし、あとはピクニックでもしましょう。


      ▽

 そうしてシヲに乗ってやってきたのは、街道から五分程の距離にある謎の穴でした。

 底の見えない暗闇。

 およそ人工物には思えませんが、奈落へ続くハシゴが掛けられています。このハシゴが見つかったのは数日前。


 侵入した冒険者はみな帰ってきていないそうです。


「シヲ」


 アトリが呟けば、リジェネを付与されたシヲがハシゴを下りていきます。テイムモンスターであるシヲであれば、仮に地下で殺されても問題はございません。

 我々は地上で気楽なお菓子パーティを開きます。


 私が【クリエイト・ダーク】で生み出したのは――一軒家です。

 これが新たな【クリエイト・ダーク】の新形態モード・ハウスでした。やはり安心できる拠点はあって損がございません。


 椅子やテーブルも完備しております。


 アトリは椅子に腰掛け、私のアーツに感動を隠そうともしません。


「神様はすごい、です! 素敵なお家です! ボク、ずっとここ!」

「そうですね。まあ、真っ黒なのは玉に瑕ですが」


 数少ない【クリエイト・ダーク】の弱点として、色合い純黒のみというのがあります。芸術家としては色合いにも拘りたかったですね。


 アトリが喜んでいるので良しとしましょう。


「あ、シヲが……」

「どうしました、アトリ」

「やられた……です」

「ほう。シヲを仕留めるレベルの敵がいるわけですね。明日、再召喚して所感を尋ねてみましょう。とりあえず拠点は離しましょうかね」


 シヲは防御性能と妨害に全振りしております。


 アトリというアタッカーがいなければ、時間を掛ければ倒すことは不可能ではありません。しかし、シヲを倒せる敵はひとつの指標でもありますね。


 私たちは十キロほど離れた場所で、お茶会を続行しました。


 私が課金で送った、有名店のお菓子を出します。

 もはやお菓子ではなく、ひとつの宝石のような出で立ちです。それを目の当たりにしたアトリは、無表情ながらに目を輝かせているように見えます。


「すご……です。これ、食べ物、ですか?」

「そうです。アトリのために用意したものですから、存分に召し上がれ」

「! ボクの!」


 アトリが嬉しそうにフォークを握り締めました。

 良いお茶会になりそうですね。アトリが興奮気味にお菓子を食べるのを見ながら、現実から持ってきた雑誌を読み始めました。


       ▽

 翌日。

 我々はシヲを呼び出して、地下の詳細を聞き出しました。


 どうやら未知領域には大量の雑魚がいる様子。それらを排除することのできないシヲは、物量で押し潰されてしまったようですね。

 アトリなら突破できそうらしいです。

 しかし、それはあくまでもシヲが辿り着けた場所までは、とのこと。


「まあ、最悪の場合、シヲを囮に逃げましょう」

「はいです! 神様!」


 我々は地下へ降りていきました。

 ハシゴ降下中に狙われることもなく、無事に底まで辿り着きました。アトリは腰元にランタンを装備します。


 これはシヲや私も同様ですね。


 ふわふわした我が肉体にランタンが装備されております。一応、予備の光源として【弱蔦犬】も呼んでおります。

 強いスキルをぶん回すのも楽しいですが、弱いスキルを愛でるのも大好きです。


 暗い地下空間を進んでいきます。


 普通の地下道ですね。

 狭いので新しい手札を試せないのは残念です。


 あらわれる魔物たちは数こそ多いものの、脅威たり得ません。アトリが大鎌を振るう度、小型の魔物たちが死んでいきます。

 スキル【ダーク・オーラ】を纏ったアトリが、敵を蹴散らします。


「しかし、違和感はありますね。Bランクも挑んで帰ってこなかったそうです。このていどの地下道でやられるとは思えませんが……」

「もっと強い敵、いる……です、か?」

「いるでしょう、油断なく」


 探索を続けていきます。

 真っ暗な地下道は、ランタンがなければ先を見通すことも難しいでしょう。ですが、地下に最適化された魔物たちは、光魔法の【フラッシュ】に滅法弱いようです。


 一方的な狩りが続きます。


 そうして一時間も探索し、そろそろ引き返そうかと言う時。

 そこには蔦でできた犬の軍団が待ち構えておりました。思わず愛犬たる【弱蔦犬】を振り向く、私とシヲ。


 アトリだけが気にせず、蔦犬の群れに襲いかかります。


「これはどうやら……」


 蔦犬を蹴散らしていけば、そこには広い空間が待ち受けていました。大きなドームホールほどの空間がありまして、その中央には誇大な樹木が生い茂っておりました。


 かつてイベントで倒した――邪世界樹がそこには君臨していました。


「ボス! ですっ!」

「そうですね。一旦、引き返してもよろしいですけれども……」


 悩み所ですね。

 報告すればクエストは完了でしょう。この邪世界樹とは後でも戦えることでしょうしね。ただし、この邪世界樹のギミック的に知らない相手とは組めません。


 どうせソロで挑むならば、今、挑んでしまっても良いかもしれませんしね。


「よし、ちょっと遊んでいきましょうか、アトリ」

「! 頑張る……です」


 我々は確認のため、改めて自分たちのステータスを確認することにしました。


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