第51話 死を満たす影
▽第五十一話 死を満たす影
小屋の中には藁の布団がひとつ。
それ以外には何もございません。狭いというよりも、もはや独房の囚人のほうが贅沢な暮らしができそうな場所でした。
しかし、目的地はそこではありません。
髭エルフ――ゴーシュが床を蹴れば、そこに隠し通路が出現しました。どんどんと階段を下りていく背中に、アトリたちが遅れて続きました。
向かう先は鍛冶場と聞いています。
それが地下にあるとは……ファンタジーです。
到着した場所には見たことのない道具ばかりがズラリ、と並べられております。本当に鍛冶道具なのか、というアイテムの数々でした。
髭エルフがゆらり、とよろめくように動きます。
「すでに鉄を打つ次元は越えている。魔鍛冶師の鍛冶は常軌を逸しているのだ。素材と交渉し、贄を渡し、俺の望むように従わせる」
「?」
「要するに、だ。アトリよ、おまえさんは大鎌【死を満たす影】をどのようにしたい? よく斬れるようにか? 折れぬようにか? 特殊な力を望むか? 炎でも纏わせるか? 自動で敵に食らいつかせるか? 軽くするか、重くするか? 生かす力か? 殺す力か? 生む力か? 攻撃力を上げるか? 魔法攻撃に特化させるか? 補助効果に特化させるのか?」
選べ、とゴーシュが問います。
アトリは私のほうを見つめます。
ですが、ゴーシュはそれを許しませんでした。
「精霊に聞くな! おまえの武器だ。おまえが握るモノだ! おまえの口で! 意志で決めねば、どのようななまくらにも劣る失敗作となる!」
「精霊じゃない、神」
「?」
怒られたというのに、アトリは平然と返します。その胆力が私は羨ましいですし、可愛いと思ってしまいますね。
無敵です、アトリって奴は。
完全にゴーシュを無視し、やはりアトリは私の意見を求めているようです。詳細は解りませんが、ゴーシュに従ってもらいましょう。
「アトリ、自分で決めなさい。そのほうが私が楽しいです」
「う、うう……神様に決めてほしい。でした……でも、自分で決める。です」
「ちゃんと決められたら、今日はいつもより五分だけ長く滞在しましょうかね」
「! すごい。五分も一緒が増える……これがしあわせ?」
なんだか本当に申し訳なくなります。
奮発して六分ほど多く居ましょうかね……いえ、だってリアルで寝ないと死にますからね、私。食事も排泄も必要なのですから!
それからアトリはその場で座り込んで「うんうん」と悩み始めます。しばらく悩んだ後、アトリは立ち上がって結論を出します。
叩き付けるような、宣告。
「さっきのぜんぶ」
「え……え、あの、全部って全部?」とゴーシュが自分のキャラさえも見失います。慌てたように首をぶんぶんと振り回し、アトリを止めようとします。
「いやいや、いや! あのな、アトリ。俺にもできることとできないことがあるし、武器のほうにも限界ってやつがあるんだよな。解るだろ? な?」
「できない?」
「おまえさんの闇精霊だって限界はあるだろ? そういう話だ」
「神に限界はないし、闇精霊じゃない。できない?」
「……で、できない、とは言いたくないが」
「良い。じゃあ、あの防具屋に頼む」
「防具屋? ……もしやテクスか? あいつには無理だ。解放することさえできないぞ」
あ、と呟いてからアトリは懐から手紙を渡しました。
「それ、依頼。達成した。帰る」
「待て待て待て! 解った! なるべく、なるべく意には沿う。ただし、徐々に、だ。あのレベルのユニークは10レベル毎に解放していかないといけねえからな」
「……解った」
ほう、とゴーシュが胸を撫で下ろします。
ゴーシュは受け取った【死を満たす影】を詳細不明の器具で調べていきます。しゃもじのような鋼を刃に這わせてみたり、謎の土塊を切ってみたりします。
しばらくして頷いた魔鍛冶師は、改めてアトリに大鎌を返却しました。
「まあ、なにはともあれ使用している姿も見ておくべきか。表に出な、アトリ」
まるで喧嘩へ誘うように魔鍛冶師のエルフは言い放ちます。
▽
大森林の最奥。
髭を剃り上げたエルフは、ボサボサだった髪を糸で束ねながら、
「俺は【召喚術】を100まで上げてる。それを補助するスキルも所有している。おそらく、現時点での人類種に於いて、俺を越える召喚術士はまだ生まれてないだろうよ」
「つよいの?」
「まあまあだ。……あんたが強いのは視たら解る。ゆえに今から出すのは危険な召喚獣だ。負けても良いが全力は出せ」
「負けない」
「それが最良だ。――来い【ウインド・エレメンタル・ハイウルフ】」
ゴーシュが練り上げた魔力の果てに、豊かな緑の毛皮をした、巨大な狼が出現しました。周囲には絶えずつむじ風が発生しており、小規模な竜巻そのもののようです。
鑑定しましょう。
名前【レティー】 性別【メス】
レベル【99】 種族【ウインド・エレメンタル・ハイウルフ】
魔法【疾風魔法99】
生産【採掘99】
スキル【獣体99】【牙爪術99】【奇襲99】
【魔力体】【身体強化】【幸運強化】
【風強化】【咆吼術99】【装甲99】
ステータス 攻撃【990】 魔法攻撃【990】
耐久【198】 敏捷【1485】
幸運【495】
称号【精霊喰らい】
固有スキル【疾風爪】
かなり強そうです。
ちゃんとボス級のステータスをしています。風を使いこなす大きな狼、という感じでしょう。敏捷で大きく敗北していることが懸念点でしょうか。
アトリは【死を満たす影】を構えて準備万端です。
すでに発動できるバフ――【天輪】【ケセドの一翼】【天降ろしの舞】を発動済みでした。大鎌にも【殺迅刃】と【吸命刃】が付与済みす。
「叩き潰す」
『あおおおおおおおおおおん!』
風狼が遠吠えをして肉体を輝かせます。
直後、巨大な弾丸がアトリを跳ね飛ばしていました。
その弾丸の正体こそは狼の巨体自身です。【疾風魔法】と【咆吼術】で強化した肉体で【奇襲】を乗せた突進を行ったのです。
一瞬でアトリのHPの九割が削れますが【再生】で全快します。
「それだけ?」
『……っ!』
「次はボク」
アトリは突進された瞬間、回避ではなく、攻撃を選択していました。薄くではありましたが【殺迅刃】でダメージを与えました。
敏捷にデバフが生じた狼と、MP以外は無傷のアトリ。
初撃を制したのは、まさかのアトリでした。
「【フラッシュ】――【瞬駆の舞】【停克の舞】」
目眩まし。
直後に【神楽】のアーツで急接近し、その隙を【停克の舞】で打ち消します。大きく構えた大鎌が風狼の足を斬り付けます。
血飛沫。
攻撃は一度で終わらず、舞うようにアトリは連撃を放ちます。
『――!』
風狼が魔法を起動。全身を覆っていた風の鎧の出力を上昇させます。咄嗟のことでアトリの姿勢が崩れたところに、鋭利な爪が一閃されました。
体内を傷つけられながらも、アトリは鎌で応じます。
目を見開いた風狼は、一度吠えてバフを掛けてから、後ろ足を使って立ち上がります。真っ向からの斬り合いを選択したようですね。
幾度にも重なる斬撃。
全身を斬り裂かれながらも、アトリは目をグルグルと回して戦闘を継続します。
あまりもの気迫に、戦闘を指示したはずのゴーシュが呻きます。
「なんだ。どうしてここまで……試験でしかないんだぞ!?」
問うゴーシュの言葉はアトリに届きません。
アトリは思うがままに大鎌を振り乱します。ただし、その攻撃は荒々しくも、決して雑ではございません。彼女が食事の時に見せるような――優雅で静寂で品に満ち、それでいて止まることがなく荒々しい――飢えた天使の如き饗宴。
口から血を滴らせながら、アトリが吠えます。
「もっと! もっと! 強い武器があれば! もっと神様と一緒。もっともっともっともっともっとお! 神様神様かみさま神様神様かみさまかみさまあ」
ボクは、とアトリはぐいと地面を踏みつけます。
「ボクはおまえになんか負けない……!」
跳躍したアトリは一瞬で風狼の頭上を取ります。現時点で【殺迅刃】の効果は上限値に達しているため、彼女は纏う刃を【奪命刃】に変更していました。
大鎌を振り上げ、
『あおん!』
それを読んでいた風狼は、見ることもせずに頭上に風の斬撃を放っていました。【疾風魔法】の何らかのアーツなのでしょう。
空中で無防備なアトリでは回避不能――ではありません。
魔靴【アイクの翼靴】 レア度【エピック】
レベル【58】
敏捷【70】 耐久【1000】
スキル【安全靴】【空中跳躍】【HP強化2%】
この装備の効果は【空中跳躍】です。
透明の床を踏みつけて、空中にてもう一段だけ高く跳んだアトリの、足裏を風の刃が斬り裂きました。
『――!?』
「【玉兎の伐】」
空中で一回転。
アトリが風狼の首に【死を満たす影】をぶち込みました!
――――――
このお話の表記についての相談を近況ノートにて書き込んでおります。
端的に説明しますと、ステータス表記などがスマートフォンでは見辛いのでは? というお話です。
私はきほんPCかiPadの一番大きいサイズで読んでおります。
ですので今まで気づきませんでした。
スマートフォンのサイズによっては読み辛いのでは、とふと思い立ったのです。何か改善案なり、問題なかったりなり、ご意見ございましたら近況ノートで教えてくだされば幸いです。
とくに読み辛くなければOKです!
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