第50話 エルフの魔鍛冶師
▽第五十話 エルフの魔鍛冶師
「レベルは上がりますけど……スキルレベルが上がりません」
「知らない」
「ついてきたのはわたくしの勝手ですけども」
あれからエルフの護衛が張り切り出しました。
アトリの【スナイプ・ライトニング】を見てからです。なんとエルフの護衛――シシリーが敵を索敵し、アトリが長距離狙撃を決める、という戦術を確立したからです。
良いアーツを取得しました。
現在のアトリは【天使の因子】から入手した【ケセドの一翼】の効果で「クリティカルダメージ大幅上昇」の常時バフを得ています。
また、このアーツは「HP5%以下の敵を即死させる」という効果もあります。
後者はともかく、前者は【スナイプ・ライトニング】をかなり強化しています。
長い杖を狙撃銃の如く、水平に構えて――狙い撃ちます。
光なので音もなく、長距離にいたオーガの頭部が吹き飛びます。群れの一体の唐突の死により、オーガたちがこちらに気づきます。
また一体、頭が吹き飛びました。
必死の形相でオーガが走り寄ってきますが、この距離でしたらば、彼らが取るべき行動は逃走だったように思われます。
一体が死にます。一体が腹に傷を負います。
一体が足を砕かれます。一体が頭を失いました。
「たたかう?」
「え、ええ! そのために来ましたもの!」
杖に炎を宿した王女殿下が走り出しますが、シシリーさんが先にオーガに辿り着きます。もうレベルが高いのを隠す気がありませんか?
オーガの背にしがみつき、首を短刀で斬り裂きます。
麻痺毒です。
膝をついたオーガの顔面に、王女殿下の杖がぶち込まれます。爆炎が遅れて生じまして、オーガのHPが全損しています。
『おおおおおおおおおお!』
生き残っていたオーガが自動販売機くらいの岩を、王女殿下に叩き付けようとしました。彼女は炎魔法の障壁で防ぎ、反動で仰け反ったオーガの金的に杖を叩き込みました。
――爆発。
いやああああ!
オーガは白目を剥いて、泡を吹いてHPを全損しました。残ったアトリの狙撃で動きを殺された敵に、王女殿下がトドメを刺していきます。
「悪くないですね。ソロで来るよりは楽です」
「ん……はいです! 神様の判断、すごい、ですっ」
「あはは、そうですねー」
アトリは継戦能力が高いですし、あらゆる行動を単独で成立させます。サポート役の私とシヲが加われば、ソロとして完成された強さを有しているでしょう。
彼女を討伐するには、カンストレベルの強さが必要です。
しかし、やはり長期の遠征には危険が伴います。
複数体を相手取る時、どうしても【再生】や【リジェネ】に頼った、強引な戦闘スタイルになってしまうからです。
こちらの数が増えれば、単純に複数とも互角に渡り合えるようになるのです。
(MMOですものね。ソロが辛いのは当然です。パーティ単位、チーム単位で戦うことが想定の難易度のはずですし)
やはり頼りになる仲間は必要なのでしょう。
かといってプレイヤーと遊ぶのは面倒ですが……アトリの安全やゲームの快適性のためには折れるほうが賢いです。
レイドの時に組んだこともありますし、パーティを組んだら死ぬわけではありません。
「神様!」
私がフレンド問題に向き合っている中、アトリが声を上げます。指さす方向にあるのは古びた小屋でした。
地図を見ます。
どうやら、ここが目的地で合っているようですね。エルフの王女殿下たるレメリアも自慢そうな顔をしています。
エルフの鍛冶師らしいですからね。
鍛冶種族たるドワーフの弟子を持つほどのエルフ。自慢でしょう。
王女殿下に続いてアトリが小屋に向かっていきます。小屋に向けて殿下が叫びます。
「お兄様! わたくしです。レメリアです」
「お兄様?」
「ええ、三人目の兄です」
「兄弟たくさん」
「たくさんです」
すると、小屋からのっそりと枝のようにやせ細ったエルフが現れました。まるでドワーフのように顔中を髭だらけにしたエルフです。
「……時空凍結は解けたか。入れ」
「お兄様、感動の再会の台詞がそれですか?」
「数百年など鍛冶をしていればすぐに過ぎた。おまえも体感は数日ぶりだろ」
「そうですけど……」
「その武器。神器か。あいつは死んだか?」
髭エルフの言葉に、思わずと言ったように王女殿下が身を強ばらせます。その姿を確認した髭エルフは見事に笑います。
エルフに似つかわしくない、豪快な笑いです。
「どわははは! あやつ本当に守り切ったか! 神器を! 魔王軍から単独で! 数百年間! どうだった、あやつが使っていた大剣は! 数百年使用しても折れぬ武器は! 兄弟として誇らしいわ!! あれを使いこなした証左よ」
王女殿下は複雑そうな顔をしました。彼女は数百年の間だ、あの王子様をひとりぼっちにしてしまいました。
悔いても埋まらない、絶対的な時間。
殺害することでしか救えなくなっていたエルフの王子様。
王女殿下にとっては一瞬でも、彼の人生はほとんどが薄暗い墓場の奧でした。
「ご存じだったのですか?」
「そりゃあな。二度ほど会った。一度目は『そういえば神器ってどうなったんだ?』ってカタコンベに入ったとき。二度目はあいつに武器を届けに行った時だ」
「……協力はしませんでしたの?」
「俺は鍛冶師だ。なによりもあいつが望まん。一回目の時も『つけられていないか? 厄介な敵を引き込みかねない、もう来るな』と言われたわ!」
かなり厄介なお兄さんだったようです。
よほど間に合わなかったことを悔いていたのでしょう。最終的に妹に渡すことができて、ゲームのシナリオとはいえども良かったと思います。
蘇生薬は失いましたが飲み込めます。
髭エルフはひとしきり呵々大笑した後、眦に浮かんだ一筋の水分を指で拭います。枝のような細い肉体が、急激に萎んだように見えました。
「で、その女の子は誰だ? 俺の客か? おまえの護衛にしては、ちょいと過剰戦力だろうよ。おまえ自身も戦えるはずだし、シシリーまでついてやがるんだからよ」
「わたくしが勇者と認めるお方です」
「ほう……メルマ兄さんをヤッたのはあんたかい? だったら恩だ。その大鎌……一度だけ無料で視てやるよ。いや、メルマ兄さんの命が代金だ。あんな強突く張りの馬鹿野郎の命だからな、一度だけだぞ……」
細身の肉体。
しかし、そこから放たれる職人としての圧は、思わず身震いするほどでした。あのドワーフの防具屋が師と慕うだけありますね。
ごくり、とアトリが喉を鳴らして、大鎌を躊躇いがちに差し出します。
「……ヘルムートからの特別ドロップか? 面白え性能だ。レベル10ながらにスキルだけで十分に一線級だな。さて、ここからどう化けるかね」
エルフの魔鍛冶師がニヤリと獰猛に笑いました。
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