第24話 一蹴の死神

▽第二十四話 一蹴の死神

 爆走するアトリに追いつき、私は馬鹿みたいに笑います。


「あはははは! あははは! そうですね、そうでしたよアトリ! 私は貴女に約束しました。貴女はこの世の誰よりも自由なのでした! 勝てそうにない敵に勝てない、そのような不自由はこの神――ネロの名に於いて許せません」

「倒す。ですっ、神様!」

「全力で行きましょう! 防御はすべて私に任せなさい」


 高揚します。

 現実では決して得られないであろう興奮!

 大迫力の怪物に対し、あらゆる強者を置き去りにして、アトリのような幼女が単騎で攻め立てる雄志!


 間違いありません。アトリは――英雄です。

 こんなの映画でも観られない!


「アトリっ!」

「開け【死を満たす影】! 万死を讃えよ――」


 アトリの大鎌に巨大な闇が重なります。

 一挙に刃渡りが十メートルを超越した、怪物殺しの大鎌が完成しました。強大な闇を振りかぶり、死神幼女が絶叫します。


「――【死神の鎌ネロ・ラグナロク】」


 エンペラーオークもアトリの力に気づいたのでしょう。全身を歓喜に震わせて、サイレンのような咆吼をあげます。

 咆吼術によるバフが目的のようですね。


『ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

「おおおー」とアトリも棒読みで雄叫び返します。


 エンペラーオークの隕石のような拳が迫ります。一撃ですべてを木っ端微塵にする、レイドボスの必殺に対して――、


 私が呟きます。


「【ダーク・リージョン】」


 エンペラー・オークの拳がアトリを貫通します。ですが、その拳はまるで幻覚を殴りつけたかのように、その華奢な肉体を通り抜けていきました。


 拳の風圧だけで地面が捲れ、潰れた空気が衝撃を放ちます。

 ミサイル爆撃のような一撃は、私の一手で踏みにじりました。あとは、


「行きなさい、アトリ!」


 私が闇魔法レベル40で取得したアーツ。

 闇魔法アーツ【ダーク・リージョン】は敵の攻撃に対して、一度だけ、次元の軸をズラして『絶対回避』するアーツです。


 使用可能回数が一日に一度、という特殊な使用感。


 すでにアトリはエンペラー・オークの身体を駆け上がっています。太い円柱の如き首を前に、死神幼女は不敵に嗤います。


「ふ」

「――うおおおお!」と観客たちが吠えます。


 59人のレイド参加者たちが絶句したり歓声を上げる中。

 アトリの最大火力がエンペラー・オークの首にぶち込まれました。


       ▽

 アトリの【死神の鎌ネロ・ラグナロク】によってエンペラー・オークの巨体が地面になぎ倒されました。大鎌の一撃は首の七割まで到達しています。

 さすがに一撃で両断はできませんか。

 ですが、アトリは即座に【奪命刃】に切り替えて舞うように斬撃を四筋。それだけで全回復した彼女は、横転したままの帝王に向け、牙を剥きました。


「神は言ってる。おまえはボクに刈られる運命っ!」


 スキル【殺生刃】と【首狩り】【弱点特攻】【大罪・親殺し】が乗った驚異の一撃が――残り三割の首を刈り落としました。

 ドゴン、という首の落ちる音の直後、アトリはその場に崩れ落ちます。肩で息をしながらも、死神幼女は拳を高く突き立てます。


「ボクの勝ち」


【第三サーバーチーム3がレイドボスを討伐しました】


 置いて行かれた観客たちは、ただひたすらに言葉を失うのみでした。


       ▽

 最初に言葉を思い出したのは、大天使みゅうみゅさんでした。彼女は青ざめている様子でしたが、もはや職業病的にコメント欄を見つけ、声を振り絞ります。


「勝っちゃったみゅん……」

「で、ですね、天使さま……」


 みゅうみゅが契約するNPC――エルフのノワールが上擦った声で呟きます。すると、その呟きを皮切りにNPCたちが騒ぎ始めます。

 他のプレイヤーは【顕現】していないので静かですね。


 私たちは陣に帰還しました。その誰もが戦慄した様子でアトリを窺っています。かつて魔物の子と蔑まれていた彼女ですが、もはや魔王扱いされていますよね。

 ただ、今の一戦ですべてのリソースを使い果たしました。

 もう今日はこれを期待されても無理でしょう。


 私の【ダーク・リージョン】が最強アーツにも関わらず、必須スキルとは言われていない理由が知れますね。近接主体の闇魔法持ちはけっこう覚えるそうです。

 純粋な闇魔法使いは【ダーク・シールド】とかのほうが便利派、両方持っている派で別れているようですね。私には【クリエイト・ダーク】があるので一択でしたが……


 大活躍でした。

 ちなみにアトリの【死神の鎌ネロ・ラグナロク】ですけれども、準備の台詞も含めて私が考えました。

 そっちのほうが格好良いですし、強そうですからね。


 ネロ、は私のプレイヤー名ですが、アトリが「神様の力」と強調するので使ってみました。自己顕示欲もあるのかもしれません。

 何をしたのかを、ちょっと誤魔化す意図もあったりしますけどね。


 アトリではなく、私の固有スキルっぽく勘違いしてくだされば十全です。アトリが狙われる率が僅かですが減少しますからね。


 さて、すっかり感想戦モードになっていた私ですが、今回のイベントはまだ続行されるようです。


【第二レイドボスが登場します】


 アナウンスが響きました。

 全員が身を強ばらせましたが、先程よりはリラックスしているようです。

 一部のNPCはプレイヤーに励まされたのか、やる気を漲らせております。今度は全員が動けなくなる、という最悪は経験しなくて済みそうです。


 突如として地面が揺れ出します。巨大な奈落状の亀裂が床を迸り、そこから巨大な何かがゆっくりと姿を現し始めます。見上げるほどの大きさ。

 ボスモンスターが地面から生えました。

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