報連相は大事だよね

「ま、誠に申し訳ありませんでした!」


 一日の授業を終えて学園寮に戻り、早速アンネを呼んで問いただしたところ、彼女は平身低頭でひたすら謝罪をした。


「……アンネ。ヴィルヘルムの担当であるあなたが、報告を怠ってはいけないではありませんか」

「ま、まさか、あのような怪我で学園に復帰するとは思っておらず、油断しておりました……」

「ハア……」


 叱責するマーヤは、呆れた表情で溜息を吐く。

 確かに諜報員としては、これでは落第点だからね。


「ルドルフ殿下、リズベット様。これはアンネの教育係である私の失態です。誠に申し訳ございません」

「いやいや、そんな謝らないでよマーヤ」


 深々と頭を下げるマーヤを、僕は慌てて顔を上げるように促した。


「僕としてもアンネを追及したいわけじゃないし、マーヤに至っては何も悪くないんだから。とにかく、今度から気をつけてくれればいいよ」

「はい……殿下の寛大な御心に、深く感謝いたします」

「も、申し訳ありませんでした!」


 マーヤとアンネは、再びお辞儀をした。


「それでアンネ、これ以外に私達に報告をしていないことはありませんね?」

「は、はい! それ以外はございません!」


 リズに冷たい視線を向けられ、アンネが直立不動で答える。

 まあ、リズも主人である以上、彼女に対して厳しくするのも当然だ。


 情報一つで、僕達が窮地に立たされることだってあるのだから。


「じゃあアンネ、これからはヴィルヘルムの動きに充分注意してくれ。特に、ヴィルヘルムに接触する者は、たとえあの男の家族や使用人であっても報告を怠らないでほしい」

「か、かしこまりました! ……ですが、それはどうしてでしょうか……?」

「アンネ!」


 理由を尋ねるアンネに、珍しくマーヤが声を荒げた。


「だ、だけどマーヤ姉様・・、ヴィルヘルム子息をこれまで監視してきましたが、警戒するほどの男ではないように思います……むしろ、そこまで過剰に思われる皆様のほうが不思議でなりません……」


 どうやらアンネは、ヴィルヘルムへの対応について納得していないようだ。

 何も・・知らない・・・・彼女からすれば、ヴィルヘルムを脅威に感じることがに落ちないんだろうね。


「ハア……あの男の所業については、あなたにもちゃんと説明したでしょう……」

「も、もちろんそれは分かっております。ですが、それもただリズベット様を口先だけで騙そうとしただけで、それこそただの小物でしかなく……」

「それでもです。主が・・警戒・・している・・・・という意味を、もっと重く考えなさい」


 マーヤの指摘ももっともだ。

 僕達……いや、僕だって、何の理由もなくあの男を警戒しているわけじゃない。


 だってあの男は、『ヴィルヘルム戦記』の英雄・・なのだから。


「アンネ、君が納得できないことは分かる。だが、君の情報一つが、僕とリズの運命を左右してしまうことだってあるんだ。だから……」


 僕とリズは、今でこそこうやって結ばれたけど、それだってマーヤが僕の金貨の存在に気づいてくれたからこそ、リズがヴィルヘルムの嘘を見抜くことができたからだ。

 ほんの些細なことが全てを変えることを、僕もリズも、そしてマーヤも、身をもって知っている。


「か、かしこまりました。このアンネ=オールソン、必ずやヴィルヘルムの尻尾をつかんでみせます!」

「うん、期待しているよ」


 僕は、かしずくアンネにニコリ、と微笑んだ。


「さて……それじゃ、僕は日課の訓練に行ってくるよ」

「私もご一緒いたします」

「うん。じゃあ、支度をして一緒に訓練をしましょう」

「はい!」


 ということで、僕とリズは訓練着に着替え、訓練場で一緒に汗を流す……んだけど。


「……ルディ様は、少々甘いと思います」

「アンネのこと、ですか……?」


 リズは、ゆっくりと頷く。

 確かに彼女の言うとおり、僕は甘いと思う。


 だけど。


「リズ……少しいいですか」

「っ!? ル、ルディ様、何を!?」


 僕はリズを抱き寄せ、吐息がかかるほどの至近距離で、そっと耳打ちをした。


「あ……」

「そういう、ことです」


 全てを話し終え、僕はリズからそっと離れる。

 ちょっとリズが名残惜しそうにしているけど、そういう・・・・目的・・ではないので、許してください。


「このこと、マーヤにも伝えておこうと思うのですが……」

「それがよろしいかと。ただ……」

「ただ?」

「はい……」


 リズは少し暗い表情で、訥々とつとつと話してくれた。

 マーヤとアンネが、ファールクランツ家の諜報員として拾われるまで、帝都の貧民街で暮らしていたこと。

 同じような境遇から、マーヤはまるで妹のようにアンネを可愛がってきたことを。


「……だからマーヤは、私達の入学を機にアンネも侍女として一緒に仕えることになり、すごく喜んでいたのです」

「そうなんですか……」


 なんだよマーヤ、水臭いじゃないか。

 せっかくこんなにも気安い主従関係を結んだというのに、そのことを僕に話してくれてもいのに。


 でも。


「悲しい、ですね……」

「……はい」


 僕とリズは、これから先・・・・・のことを思い、肩を落とした。

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