閉じ込められた間抜けなネズミの、母親のご登場です

「これは、どういうことでしょうか」


 次の日の朝、リズベットは白々しくも扉を見つめて呟く。

 もちろん、ロビンが閉じ込められている部屋の前で、だ。


 で、部屋の中からは。


「クソッ! 誰かいないのか! この俺はバルディック帝国の第三皇子、ロビン=フェルスト=バルディックなのだぞ!」


 とまあ、恥ずかしげもなく名を名乗って醜態をさらしております。


「それで……このことは、皇帝陛下にもお伝えしたのか?」

「「「「「…………………………」」」」」


 ロビンの従者や、金牛宮の使用人達が無言でうつむく。

 どうやら、まだ伝えてはいないみたいだ。


「いいか。僕は別にみんなに罪を着せているわけじゃない。そもそも、これはロビン兄上が勝手に行ったことで、決してみんなのせいではないことは、この僕が皇帝陛下にも進言しておく」

「「「「「っ!」」」」」


 僕の言葉に、従者や使用人達は安堵の表情を浮かべた。

 そりゃあ、馬鹿な主人のせいで自分や実家が処罰されたら、たまったものじゃないからね。


「そういうことだから、早く皇帝陛下達にお伝え……って、さすがに金牛宮の者がそのまま言いに行ったら、その場でお怒りになってしまうか。マーヤ、悪いが頼めるかな?」

「かしこまりました」


 マーヤはうやうやしく一礼した後、それはもういい笑顔で皇帝のいる黄道宮へと向かおうとした。


 その時。


「ルドルフ殿下、ごきげんよう」

「っ!?」


 現れたのは、四人の侍女を連れて扇で口元を隠す、一人の豪奢な女性。

 もちろん僕は、この女性を知っている。


 フレドリクとロビンの母親で、バルディック帝国第一皇妃――アリシア=フェルスト=バルディック。


「これは……アリシア妃殿下。このようなところに、どうなさいましたか?」


 僕はかしずき、用件を尋ねる。

 といっても、自分の息子であるロビンが閉じ込められていることを、天蝎てんかつ宮にいる間者から聞いたのだろうけど。


 一応、マーヤが間者である使用人達についてはほとんど排除したものの、一部だけはわざと・・・残していたからね。


「朝から天蝎てんかつ宮が騒がしいと聞いてやって来たのですが……これは、何があったのですか?」


 白々しくも、アリシア皇妃は微笑みさえ浮かべて扉を見つめた。

 今も騒いでいる、実の息子の声を無視して。


「いやあ……困ったことに昨夜、この天蝎てんかつ宮にネズミ・・・が忍び込んだみたいでして。しかも、自ら入った部屋から、出られなくなってしまったようで」

「ウフフ……間抜けなネズミ・・・もいたものね」


 僕が肩をすくめておどけてみせると、合わせるようにアリシア皇妃もクスクスと笑う。

 何というかこのやり取り、プレッシャーで胃がキリキリと痛むんだけど。


「ところでルドルフ殿下、そのネズミ……私に譲ってくださらない? ちょうど、巨蟹きょかい宮にペットを飼いたいと思っていたのよ」


 ……やっぱりアリシア皇妃の目的は、ロビンの確保だったか。

 まあ、それ以外にこんな天蝎てんかつ宮に来る用事なんて、他にないよね。

 アリシア皇妃だって、ベアトリスの息子である僕なんかと、会いたくもないはずだし。


 でも……僕だって、易々とロビンを解放するつもりはないよ。


「それは困りました。このままネズミを捨て置いては、天蝎てんかつ宮の管理を任されている僕の不行き届きとなってしまいます。それでは、皇帝陛下に申し開きができません」

「そうかしら? 第一皇妃であるこの私が、直々にネズミを管理してあげようと言っているのよ? なら、陛下だってきっと分かってくださるわ」


 よく言うよ。ロビンを受け渡したら最後、この件をなかったことにするくせに。

 最悪、ロビンの従者や金牛宮の使用人達だって、口封じのためにどうなるか分かったものじゃない。


 事実、ここにいる従者や使用人達は、怯えた目で僕とアリシア皇妃の様子を見守っているし。


 いずれにせよ、これは僕にとっても絶好の機会。

 ここでアリシア皇妃に恩を売ることで、今後がやりやすくなるからね。あと、ついでに従者や使用人達にも恩を売ってやるか。


「……ではこうしましょう。アリシア妃殿下が三つの・・お願い・・・をお聞きいただけるのであれば、お引渡しいたします」

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