英雄の偽り

「マーヤって、リズベット殿の間者だったんですか!?」

「あう……も、申し訳ありません……」


 僕は思わず驚きの声を上げ、リズベットが恐縮して身体を小さくした。

 い、いや、マーヤが誰かの間者だってことは僕も気づいてはいたけど、まさかリズベットの間者だとは思わなかったよ。


「そ、それで、ルドルフ殿下がお部屋で金貨を見つめておられる姿をマーヤが目撃し、殿下こそがあの時・・・の男の子ではないかと思うようになったのです……」

「そ、そっかあ……」


 てっきり僕は、僕を排除しようとしている三人の皇子又は皇妃のいずれかの差し金だと思っていたんだけどなあ……。

 でも、そう考えると、マーヤの態度が急に変化したことも頷ける。ちょっと馴れ馴れしいくらいだったけど。


「……怒っていらっしゃいます、よね……?」

「あはは……驚きはしましたけど、その……怒ってなんかいませんよ。むしろ、そこまでして僕を探そうとしてくれたからこそ、こうして君に出逢えたんですから、君には感謝しかありません」

「よ、よかったあ……」


 リズベットは心底ほっとした表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。


「あ……話を戻しますね。ルドルフ殿下があの時・・・の男の子だと確信したのは、婚約のための面会をした時です。偶然にも、その金貨を落とされましたので……」

「そういえば……」


 なるほど……咄嗟とっさに隠したつもりだったけど、リズベットにはバッチリ見られていたってことか。


「このことをお話ししたいと思っておりましたが、殿下のことをずっと想い続けていたために、その……緊張してしまって、思うようにお話しすることができなくて……私ったら、愛想が悪かったですよね……?」

「ああー……」


 おずおずと告げるリズベットを見て、僕は変な声が出てしまった。

 てっきり僕は、ヴィルヘルムという恋仲がいるのに婚約することになってしまい、心底嫌われていたんだと思っていたけど、まさかその逆だったなんて思いもよらなかった。


 でも。


「えへへ……嬉しいなあ……」


 ずっと僕の心の中で支え続けてくれていた女の子が、九年後の今もこうして僕のことを思ってくれていたなんて。

 それだけで、僕の胸がどうしようもなく熱くなっちゃうよ……って。


「ど、どうしましたか?」

「あ……ふふ、すみません。あなた様が、金貨を受け取ったあの時・・・と同じ言葉と表情をなさったものですから……」


 リズベットが頬を赤らめ、とろけるような笑顔を見せてくれた。

 あの時・・・と同じように、僕を見つめながら。


 そんな彼女を見て、僕だってどうしても顔が緩んじゃうんだけど…………………………あれ?


「ちょ、ちょっと待ってください。そうすると、ヴィ……先程この部屋に乱入してきた、あの男とはどのような関係なのですか?」


 そうだ。『ヴィルヘルム戦記』では、リズベットとヴィルヘルムは幼い頃の・・・・出来事・・・がきっかけで結ばれたことになっている。

 でも、リズベットが大切にしていた思い出は、この僕とのものだ。


 さすがに事実である・・・・・歴史・・が違う、なんてことは考えられないんだけど……。


「……それこそが、私が愚かだった証拠です」

「リズベット殿……?」

「一年前、私はとあるパーティーの席で、あの男……ヴィルヘルムと出会いました」


 リズベットはつらそうな表情で、訥々とつとつと話し始める。

 その一年前のパーティーで、ヴィルヘルムはリズベットに満面の笑顔で告げたそうだ。


『ようやく逢えた。俺の運命の女性ひと


 と。


 もちろんリズベットも、そんな言葉に惑わされず、ただ不審に思ったらしい。

 だが、ヴィルヘルムは『あの日・・・、皇宮で出逢ったことを今も覚えている』と言葉を続け、ひょっと・・・・して・・と考えたそうだ。


 何よりヴィルヘルムは、僕と同じ・・・・琥珀こはく色の瞳をしていたから。


「……もちろん、あの男はルドルフ殿下のような輝く白銀の髪ではありませんし、すぐには信じませんでした。ですが、どうしてもあなた様に逢いたい想いが強過ぎたせいで、私の目を曇らせてしまったのでしょう。その時の私は、あの男がそうなのではないかと信じてしまったのです……」

「…………………………」

「その日以降、私はヴィルヘルムと会うようになりました。といっても、一か月に一度、この屋敷でお茶をする程度ですが」


 リズベットの話を聞くが、やはり僕はに落ちない。

 もちろん、彼女の言葉が信じられないのではなく、どうしてヴィルヘルムが、僕とリズベットの幼い頃の出逢いを装ったのかということに。


「でも、何度かあの男と話をするたびに、どうしても違和感がぬぐえなかったのです。あの金貨の話を持ちかけてもはぐらかされ、まともに答えませんでしたから」


 そこも分からないことの一つだ。

 思い出を装ったのなら、何故あの金貨のことについても……って、そ、そういえば!


 たしか『ヴィルヘルム戦記』では、リズベットとの運命の出逢いを決定づけるエピソードに、ブローチともらったというものがあった。

 だけど、実際にリズベットが僕にくれたのは、帝国建国以前にあった国の金貨。


 つまり……僕とリズベットの、あの時・・・の出来事は知っているけど、受け取ったものが金貨であることを知らなったということになる。


「リズベット殿……僕との思い出の話を、誰かになさったことはありますか?」

「……話したのは、マーヤだけです」

「では、その話を盗み聞きされた可能性は……」

「それもあり得ません。もしそのような者がいれば、マーヤが気配を察知するはずです」


 おおう……思いがけずマーヤの意外な姿を知ったのは置いといて、そうなると、どうしてヴィルヘルムは中途半端に知っていたのかってことだけど……。


 うーん……分からないなあ……。


「それで、あの日・・・の男の子がルドルフ殿下であると分かり、マーヤにヴィルヘルムへの絶縁状を届けてもらうのと併せ、もう一度確認したのです。私があの時・・・渡したものが、何だったのかを」

「…………………………」

「するとあの男は悩んだ後、『ブローチ』と答えたそうです。これで、あの男が私を騙していたことが確定したのです」


 リズベットは全てを話し終え、悔しそうに唇を噛んだ。

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