君が僕を見てくれたから

「しーっ。君、追いかけられてるんだよね?」


 人差し指を唇に当て、ニコリ、と微笑む男の子。

 輝く白銀の髪と、その対比のような琥珀こはく色の瞳。


 私は……その男の子に、ただ目を奪われてしまいました。

 だって、こんなにも愛くるしくて、素敵なお姿だったのですから。


「大丈夫。ここなら、誰も・・やって・・・こない・・・から・・

「う、うん……」


 男の子の言葉に違和感を覚えましたが、きっと私のことを励まそうとしているんだと思いました。

 それから二人で部屋の中でしばらく息を潜めていると。


「それで、君はどこへ行こうとしてたの?」

「じ、実は……」


 私は窓の外に見えた、スズランの咲き誇る庭園を目指していたけど、いつの間にか迷子になってしまったことを素直に伝えました。


 すると。


「じゃあ、僕がその庭園まで案内してあげるね!」

「! あ、ありがとう!」


 私は男の子に連れられ、その庭園へ向かいました。

 途中、男の子とたくさんお話をしたのを覚えています。


 といっても、私が一方的に話していたのですが。

 多分、私は不安な気持ちを紛らわせたかったのでしょうね。男の子の優しさに甘えていたのだと思います。


 なのに。


「えへへ……僕、こんなに誰かとお話したの、初めてだよ」


 男の子は、とても嬉しそうに……とろけるような笑顔を見せてくださいました。

 そんな彼の表情が眩しくて、吸い込まれそうで……。


 そして。


「わああああ……!」


 私は目の前に広がる庭園一面のスズランの花を見て、感嘆の声を漏らしました。


「ね、ねえ、このスズランのお花、一つもらってもいいかな……?」

「もちろん! こんなにたくさん咲いているんだもん!」

「わあい!」


 男の子に許可をもらい、私ははしゃぎながらスズランの花を一つ取りました。

 すごくいい香りで、今でも思い出すだけで鼻をくすぐられます。


 その時です。


「っ!? 隠れて!」

「ええっ!?」


 急に男の子に草むらに押し込まれ、私は思わず目を白黒させてしまいました。

 でも、どうして男の子がそんなことをしたのか、理由はすぐに分かりました。


「フン! オマエのような“けがれた豚”が、この庭に入っていいと思っているのか!」

「…………………………」


 現れたのは、金髪の少年と二人の大人の従者。

 私を追い回した方々です。


「まあいい、僕は優しいからな。ところで豚、オマエと同じくらいの大きさの女を見なかったか」

「……見てないよ」

「なんだ、本当にオマエの母親と一緒で、何の役にも立たないな。やっぱり、オマエみたいな奴は排除だ! お前達、この豚を痛めつけて鳴かせろ!」

「っ!? で。ですが殿下……」

「僕の命令が聞けないのか!」

「「…………………………」」


 あの金髪の男の子……おそらく、この帝国の皇子の一人なのでしょう。その指示に逆らえず、従者達は男の子を無理やり捕まると。


「あぐっ!?」


 あろうことか、殴る蹴るの暴行を加えたのです。

 私と同じくらいの、小さな男の子に対して。


 許せなかった。見ていられなかった。

 今すぐ飛び出して、男の子を助けたかった。


 でも……私は怖くて、草むらの中で耳を塞いで震えることしかできなかった。


 なのに。


 ――ニコリ。


 男の子は隠れている私のほうを見て、微笑んだのです。

 痛いはずなのに、苦しいはずなのに。


 私はこの時ほど、自分の弱さ・・を恨みました。


「……フン、行くぞ」

「「はい……」」


 罪悪感からでしょうか。

 従者二人は意気消沈しながら、満足げな表情を浮かべる最低な皇子の後に続き、庭園から去って行きました。


「っ! だ。大丈夫!?」


 私は慌てて男の子に駆け寄り、声をかけました。


「え、えへへ……うん、慣れっこ・・・・だから・・・大丈夫だよ……」

「っ!?」


 そう言って苦笑する男の子の言葉に、私の瞳から涙があふれ出しました。

 だってそうでしょう? 男の子は、いつもこんな仕打ちを受けているということなのですから。


「……ねえ、君は僕のために泣いてくれているの……?」

「っ! あ、当たり前じゃない! 誰だって泣くに決まっているわ!」

「そっか……えへへ、嬉しいなあ……こんなこと、初めてだよ……っ」


 そう呟き、男の子も同じように涙をぽろぽろとこぼします。

 涙で濡れた琥珀こはく色の瞳が、とても綺麗で、目を奪われて……。


 私は、助けてくれたこの男の子にご恩を返したい。そう考えました。

 お返しできるものはないか、私は必死に自分のドレスを手探りします。


 すると。


「あ……」


 出てきたのは、バルディック帝国建国より以前に作られた、一枚の金貨・・・・・

 初代ファールクランツ侯が武功を上げた時には、必ずこの金貨を持っていたということにあやかり、同じく金貨を持つことがファールクランツ家に代々伝わる習わしの大切なお守りです。


 私は……。


「これ、あなたにあげる!」

「え……?」


 お父様に叱られるのを覚悟で、男の子にお守りの金貨を差し出しました。

 これくらいしか、彼に返せるものがありませんでしたから。


「い、いいの……?」


 金貨と私の顔を交互に見ながら、おずおずと尋ねる男の子。

 私は無言で頷きます。


「うわあああ……! 僕、誰かにプレゼントをもらったのなんて、初めてだよ! しかも、こんなに綺麗なものを!」

「わ、私の家では、この金貨を持つと願いが叶うって言われているの。だから、もしあなたに願いがあるなら、それはきっと叶うはずよ」

「本当! あ、でも……願いだったら、一つはもう叶っちゃったかな」

「それって、どんな願い?」


 少し恥ずかしそうにしながら頬を掻く男の子。

 その言葉の意味を知りたくて、私は彼に尋ねます。


 すると。


「えへへ……だって、君が・・僕を・・見て・・くれたから・・・・・

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