第3話 生還と絶望
エレベーターの中でリトはスローモーションのようにドラゴンが吐き出した炎が展望台の人々を飲み込む光景を目にする。その中にはリトの幼馴染も含まれていた。
一番後ろを走っていた仁が真っ先に炎に飲み込まれ、彼は何が何だか分からない表情のまま炎に包まれた。その次は走っている途中で躓いてしまった椎奈、その彼女を助けようと腕を伸ばした陸が炎に飲み込まれてしまう。
最後の一人である小春は最もリトと一番近い距離にまで辿り着いており、彼女はリトに向けて手を伸ばしていた。それに気づいたリトは自分も腕を伸ばそうとしたが、二人の手が届く前に炎は小春さえも飲み込む。
――小春!!
リトは小春の名前を叫んだつもりだが、それは言葉にはならなかった。そして炎は彼の元まで迫り、自分も死ぬと悟ったリトは絶望した。
――死にたくない!!
しかし、炎が迫る寸前にリトはエレベーターの開閉ボタンを押していた。彼が小春に伸ばした手の反対側の腕は何時の間にか開閉ボタンに伸ばしており、炎が届く寸前にエレベーターの扉はしまった。
扉が閉まった瞬間、外側から強烈な衝撃が走って扉の隙間から炎が僅かに噴き出す。リトは本能的にその場に身体を伏せた瞬間、エレベーターが急速に落下を始めた。恐らくはエレベーターを支えていたロープが切れたらしく、凄まじい勢いでエレベーターは下に向けて落ちていく――
――リトは目を開くと、最初に視界に映し出されたのは見知らぬ天井だった。驚いた彼は身体を起き上げようとしたが、身体中に痛みを覚えた。
「痛っ……!?」
意識が覚醒したリトは自分がベッドの上に横たわっている事に気が付き、いつの間にか患者服に着替えていた。身体のあちこちに包帯が巻かれており、右腕に至っては骨が折れているのかギプスが装着されていた。
どうやらリトは気を失っている間に何処かの病院に運び込まれたらしく、彼は何とか身体を動かそうとしたが上手く動けない。自分が気絶してからどれほどの時間が経過しているのか分からないが、とりあえずは意識を失う前の出来事を思い出す。
「夢……だったのか?」
東京タワーの展望台に幼馴染達と登り、空から現れたドラゴンに襲われてリト以外の人間は焼き殺された。しかし、冷静に考えれば現実の世界にドラゴンなどいるはずがなく、彼は苦笑いを浮かべる。
「はははっ、そうか夢だったのか……当たり前だよな」
現実にドラゴンなどいるはずがなく、恐らくはリトは事故か何かに巻き込まれて意識を失い、眠っている間に変な夢を見てしまったのだと思い込む。リトはとりあえずは今の自分の状況を確認するため、身体を何とか起き上げてナースコールのボタンを探す。
「どうして俺はこんな所にいるんだ……それにこの怪我、何があったんだ?」
ボタンを押してナースが来るまでの間、リトは自分が病院で治療を受けているのか考察する。しかし、何故かボタンを押してもナースが駆けつけてくる様子がなく、不審に思ったリトはカーテンを開ける。
どうやらリトは個室で休んでいたらしく、彼以外の患者は部屋の中にはいない。まだ身体は痛むが動けない程ではなく、どうにかベッドから起き上がったリトは扉に向かおうとした。しかし、外の方が騒がしい事に気が付く。
「何だ?」
窓の外から人の悲鳴らしき声が聞こえ、疑問を抱いたリトは窓に近寄る。カーテンを開いて窓の外を確認すると、そこには異常な光景が映し出されていた。
――グギィイイイイッ!!
病院の外から奇怪な鳴き声が響き渡り、人間が発するとは思えないおぞましい声が響き渡る。その声を耳にしたリトはたまらずに両耳を塞ぎ、窓の外の光景を確認して愕然とした。
「い、いやぁあああっ!?」
「来るな、来るなぁああっ!!」
「助けてくれぇっ!!」
窓の外には看護師や入院患者と思われる人たちが逃げ惑っており、彼等を襲っているのは得体のしれない人型の生物だった。全身が緑色の皮膚に覆われ、体毛の類は生えておらず、1メートル程度の身長しかない。しかし、顔面は「鬼」を思わせる程に恐ろしく、鋭い牙と爪を生やしていた。
(何だ!?あの化物は……!?)
状況は理解できないが、謎の緑色の人型の生物に病院の人間達が襲われており、それを見たリトは咄嗟に身を隠す。何が起きているのか分からないが、謎の怪物が外にいる人間を襲っている事に気付いた彼はひとまずは隠れる。
隠れている間も窓の外から悲鳴が響き渡り、中には助けを求める声も聞こえてきた。しかし、混乱しているリトは彼等を助ける余裕はなく、ひとまずは部屋を出る事にした。
(何が起きているか分からないけど……とにかく、ここを離れないと)
怪物の正体は不明だが、人間を襲っている姿を見る限りでは見つかったら無事では済まない。急いでリトは怪物に気付かれる前に部屋を出ようとしたが、病院内からも悲鳴が聞こえてきた。
「ひいいっ!?」
「そんな、ここにもいるぞ!?」
「こ、こっちに来るなぁっ!!」
「ギィイイイッ!!」
扉を開こうとした瞬間、リトは外から複数名の男性の声と怪物の鳴き声が聞こえた。それを聞いたリトは少しだけ扉を開いて外の様子を確かめると、看護師と思われる男性が二人と、頭から血を流した男性の姿があった。
どうやら怪我をした男性を二人の看護師が運んでいたようだが、病院内に入り込んだ怪物と対峙してしまったらしい。怪我人を抱えた状態では逃げる事はできず、看護師の片方が怪我人を相方に任せて持っていたモップを振り回す。
「く、来るな!!あっちに行け、この化物!!」
「ギィイッ!!」
「お、おい!!刺激するな!!何をしてくるか分からないんだぞ!?」
モップで怪物を追い払おうとする看護師に怪我人を抱えている相方が注意するが、時すでに遅く怪物は自分に向けて振り下ろされたモップを掴み取る。そして見た目に寄らず凄まじい怪力でモップを逆に引き寄せてきた。
「ギィイッ!!」
「うわぁっ!?」
「なっ!?」
「ひいっ!?」
ゴブリンがモップを力ずくで引き寄せると看護師は床に倒れ込み、怪物は倒れた看護師を見下ろす形となる。看護師は自分を見下ろしてくる怪物に恐怖の表情を浮かべ、そんな彼に怪物は片足を上げて頭を踏みつける。
「ギィアッ!!」
「ぐええっ!?」
「うひぃいいっ!?」
「こ、こいつ!!離れろ!!」
倒れた看護師の頭を踏みつけた怪物を見て怪我人を抱えていた方の看護師は助けようとするが、頭を踏まれている看護師の異変に気付く。頭を踏まれた看護師は必死にもがくが怪物の足は離れず、それどころか骨が軋む音が鳴り響く。
怪物は見た目に寄らず恐ろしい力を誇り、看護師の頭を踏み潰そうと力を込める。廊下に看護師の悲鳴が響き渡り、それを見ていた怪我人ともう一人の看護師は恐怖のあまりに失禁した。
「ギィイイイッ!1」
「がぁあああああっ!?」
「ひいいっ!?」
「う、うわぁあああっ!?」
文字通りに看護師の頭が踏み潰され、廊下に大量の血が飛び散る。それを見たもう一人の看護師は怪我人を振り払って逃げ出し、置いて行かれた怪我人は必死に助けを求める。
「い、いやだ!!助けてくれ!!置いて行かないでくれぇええっ!?」
「っ……!?」
「ギィイイイッ!!」
逃げ出した看護師に怪我人は必死に助けを求めるが、怪物は容赦なく怪我人に飛び掛かった。その光景をリトは扉の隙間から見届ける事ができず、身体が震えて助けに行く事もできなかった。
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