第13話

 たま子は自分の目を疑った。そして、トラコに猫パンチを繰り出されながらも、そのしっぽや肉球を触りまくった。精巧な作り物かと思ったが、どう考えてもしっぽは彼女のお尻から直接生えているし、肉球も彼女の足裏に引っ付いている。


『触るにゃ、くすぐったいにゃ!』


 トラコはそう叫びながらも満更でもない表情を浮かべている。


 たま子は思った。仮にこの少女が本当に猫だというのなら、私に逆らえるはずがない。

 たま子は生まれつき猫に愛され続けてきたのだ。


 仮に根古田博士が猫に嫌われ続ける「猫嫌われ能力」の持ち主だとするなら、たま子は猫に愛される「猫愛され能力」の持ち主なのだ。


「ほれほれほれ」


 トラコの反応が可愛らしく、つい、たま子は実家の猫を可愛がる時の要領でトラコを触りまくった。


 トラコは体をくねらせながら、その頭をたま子に擦り寄せてきて、にゃあ、と鳴いた。


 いかんいかん、私は猫を可愛がりに来たのではない……たま子は本来の目的を思い出した。


「トラコさん、あなた本当に猫なのよね」

『しつこいにゃあ、さっきからそう言ってるにゃ!』

「あなたの生まれは?」

『知らないにゃ……気づいた時には公園に捨てられてたにゃ』

「そう、可哀想に……いつからここに?」

『もう半年くらいかにゃ……根古田博士はとにかく気持ちの悪い男にゃ』

「ええ、そうでしょうね、私も気持ちの悪い男だと思いますもの」

『ところでおまえは何者にゃ?』

「失礼しました、私は玉越たま子という者です。あなたを救いに来ました」

『なんだかにゃ、たま子はいい匂いがするにゃあ』


 トラコはそう言いながら、たま子に頭をぐりぐりと擦り付ける。猫の本能がそうさせているのか、たま子の猫愛され能力には逆らえなかった。


 さて、どうしたものか。たま子は考える。

 信じ難いがトラコが本当に猫である可能性は随分と高まってしまった。というか、もはや猫だ。

 私に対するこの懐き方はよく知っている。今まで私が関わってきた家猫、野良猫、猫カフェの猫、ありとあらゆる猫の態度そのものだ。


 だとすると……トラコを人間の姿に変えた原因がどこかにあるに違いない。


「う……う」


 根古田博士がうめき声をあげながら目を覚ました。


「なんだね、君は!無断で人の研究室に」

「ノックしましたよ、それに研究室って何を研究してるんですか?この小汚いアパートで」

「失礼なやつめ。トラコはどこにやった?」


『根古田博士、うるさいにゃ!』

 たま子の背後から顔を出したトラコは、根古田博士に向かって、べぇーと舌を出した。


 トラコはすっかりたま子の虜になってしまったようで、たま子から離れようとしない。

「トラコ、なんでそんな失礼なやつにくっついて。そうか、きさま、さては猫用の媚薬を使ってるんだな……そうだろ?そうに違いない!」


 媚薬?

 媚薬……?


 たま子の耳に「媚薬」という単語が妙に引っかかった。


 そうだ、媚薬だ!!


 そもそも根古田博士の言い分は、私の務める会社の媚薬を買ってそれを冷蔵庫で冷やして蒸発したらトラコが人間になった、っていうクレームだった。

 最初は頭のおかしなオッサンの戯れ言だと思って、適当に聞き流していたけれど、トラコが本当に猫だった以上、少なくとも一考の余地は生まれた。

 媚薬の成分を調べれば何かしら分かるかもしれない。


 そうなれば……私は億万長者?

 いや、世界の大発明王??

 何はともあれ、トラコを人間に変えた原因を突き止めることが出来れば、私の人生は勝ち組コースに乗ること間違いない。


 それと、トラコ可愛い!

 連れて帰りたい……!!!!





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