第74話 骸
常盤の住まう庵は、昔、幼い頃に西寧が住んでいた場所に建てられている。
幼い西寧の面倒を見ていた家臣、陽明と住んでいた簡素な庵。自分が懐かしために再建した建物を、そのまま西寧は、常盤にくれた。
正妃である玉蓮が、急に現れた側室の常盤を奥に入れたくないと言ったことからそうなったと、西寧は、申し訳なさそうに言っていたが、常盤にとっては好都合だった。
奥に入って、正妃や女中に気を使い過ごすよりも、自然に近い場所で過ごせる簡素なこの庵の方が、居心地が良い。
庵で一人考えることは、玉蓮の部屋で見た鏡のこと。
あれは雲外鏡。妖魔の世界とこちらをつないでいる。
西寧の顔をしていたから向こうは気づいていなかったが、鏡の中にいた女は、常盤が探していた女。常盤の妹を殺した女郎蜘蛛の牡丹。
あの鏡を、玉蓮がどこから入手して、なぜ牡丹がそこにいたのか。
牡丹のことを考えれば、あの妹の凄惨な死を思い出して平静ではいられなくなる。
いっそ西寧に
一人、浮かぬ顔をして常盤が考え込んでいると、話しかける者があった。
「常盤」
呼ばれて振り返れば、西寧の姿。
今日は、玉蓮のところへ行く日ではなかったか? こちらへ来るとしても、警護の壮羽がいないのは奇妙だ。
常盤が訝しんでいると、西寧が笑う。
「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
おかしい。違和感のある言葉。西寧は、西凱王を意識させるために、『儂』という一人称を普段使っている。『俺』なんて言葉は、めったに使わない。
しかし、化けるが上手い。匂いまで西寧のもの。
これは、幻術を使える狸の仕業か。
どうやって王宮に侵入し、何のために西寧に化けてここに来たのか。
「本日は、お越しにならないと思っておりましたのに」
距離を取って話をする。
「愛しい常盤に会いに行くためだ。どんな用事も後回しにするさ」
この九尾狐を欺けると思っているところが愚かしい。
毛を逆立てて、常盤が西寧を睨む。妖力が周囲から集まってくる。
西寧の顔をした何者かが、常盤に気づかれたことに勘づく。
「やはり九尾狐をだますなど、無謀な作戦……さて……」
この状況でどうするつもりなのか。
常盤が見ている前で、西寧に変装した男は、何かの薬を取り出して、それを自分の口に放り込む。
にやつく男。何か、特別な薬なのかと警戒して常盤が見ていると、突然、男が胸を抑えて苦しみだす。
「ぐっ……。まさか、そんな……」
西寧の顔で、男が血を吐いて倒れてしまった。
一体、何がしたかったのだろう?
常盤が戸惑っていると、
「キャー!! 西寧様が! 西寧様が常盤様に!!」
叫び声をあげて、女官が走り去っていく。
これは……しまった。この男は、捨て駒であったか。
「常盤様!! 西寧様の居……所を……」
壮羽が飛んでくる。
目の前に転がっている西寧の遺骸をみて、壮羽の顔が青ざめる。
「おのれ……常盤! 我が主を このように……!」
壮羽が、常盤に向かって矢を
妖狐を制圧する烏天狗の妖力を込めて射れば、九尾狐であっても命を失う。
「違う。西寧様ではありません! 私が西寧様を殺めるわけがありませんでしょう!」
「しかし、しかし、この匂い! この姿!」
壮羽にとってこの世で一番見たくない光景。
目の前には、毒を飲まされて苦しんで死んだ西寧の骸。
そして、西寧の無惨な姿の前には、西寧が心の底から信頼している常盤が立っていた。
「幻術です! 落ち着きなさい!」
「げ、幻術……?」
覚えがある。朱雀の国へ行くときに、西寧達を襲った狸の妖。あの妖は、あの時に、崖から落ちて死んだのではなかったか?
「こちらです! 西寧様が!! 西寧様が常盤様に!!」
大勢の足音が、こちらに迫ってくる。
「壮羽! 私は身を隠します。一つ! 一つだけ!! 玉蓮の持つ鏡に注意しなさい!!」
混乱する壮羽を残して、常盤はそう言い残して去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます