第73話 胸騒ぎ

 おかしい。

 西寧が、朝になっても玉蓮の部屋から出てこない。

 朝になる前に部屋から出てくるのが常なのに。「また叱られた」。と、苦笑いしながら出てきた西寧が、壮羽に向かって手を振り、それを合図に護衛も兼ねて、西寧の寝室や常盤の部屋まで送るのが、習慣のようになっていたのに。


 正妃である玉蓮と意気投合して仲良く過ごせているのなら、それも良いだろうと思うが、何かが変だ。


 壮羽は、開かない奥の間の扉を見据える。

 玉蓮の部屋に西寧が向かう時には、警戒していた。

 だが、どうしても正妃の部屋の内部まで侵入することはできない。


 どうしたものか……。 

 もし玉蓮が西寧を裏切って、西寧に刃を向けていたら……。

 嫌な予感で背筋が凍る。


 恐る恐る、奥へ向かう扉を叩いてみる。


「いかがされましたか?」


 女官の声が中から聞こえる。


「壮羽にございます。西寧様をお迎えにあがりました。本日は午前中に難しい会議がありますので、早朝から打ち合わせをする予定でしたので」


 苦しい言い訳をする。


「まあ。そうでございましたか……。では、玉蓮様にお伺いしてみましょう」


 女官は扉を開けることもなく、走って正妃の間へ行ったようだ。女官の足音が遠のいていく。

 この扉の奥は、西寧以外は男性が入ることは、めったに許されない。

 女人のみの空間。


 壮羽は、やきもきしながら女官が戻ってくるのを待つ。

 いざとなれば、この扉を蹴破っても、西寧を助けにいかなければならない。

 ご無事でいてほしい。杞憂であってほしい。


 緊張で喉が渇いて痛くなるのを感じながら、壮羽が待てば、すぐに女官が戻ってくる。


「そ、壮羽様。申し訳ありません。西寧様はすでに部屋を出られたと、玉蓮様がおっしゃられていました」

「そんな馬鹿な! 私が西寧様を見落とすはずがございません!」

「でも! 玉蓮様は、西寧様は常盤様の所に向かわれたのだとおっしゃっていましたし!」


 押し問答だ。このままでは埒が明かない。

 まずは、常盤の所で確かめてから戻って来なければならないだろう。

 壮羽は、合図を送り、烏天狗の仲間を呼び寄せる。烏天狗の里から、軍を見るために来た烏天狗が二羽。壮羽の呼びかけに応じて集まってくる。


「すまない。二人でこの扉を見張っていて、何かかればすぐに知らせてくれ。西寧様の行方が分からない。私は、常盤様の元へ向かう」


 この場所を烏天狗二羽に任せて、壮羽は常盤の元へ向かう。

 なぜ、常盤の元へ行ったと限定したのか。

 胸騒ぎが大きくなる。


 せっかく大きな後ろ盾を得て、政敵達と対等に渡り合う準備が出来つつあったのに、肝心の西寧がいなくなってしまえば、そこで全ては終わる。


 何がどうなっているのか……。




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