第72話 玉蓮のお茶
正妃の間で、玉蓮から出された茶を飲みながら、西寧は玉蓮と話しをしていた。
「で? 西寧様は、あの
「そんな訳ないだろう? 福寿よりも少し年上なだけだぞ? 胡蝶は、行儀見習いの名目で青虎の国に来ている。福寿と一緒に勉強や遊びをさせるのが妥当だろう?」
西寧の言葉を聞いて、見るからにホッとする玉蓮。
「あの百歳越えの九尾狐といい、幼い迦陵頻伽といい、西寧様は、どのようなご趣味なのかと疑っていましたわ」
「どんな目でみているのだ。意味が分からん」
西寧が苦笑いしながら、玉蓮の用意した茶を飲み干す。
「……西寧様。疑いにはなりませんの?」
「何を?」
「私は、政敵である太政大臣の娘なのですよ? そのお茶に毒を盛ることもありましょう?」
「そうだな。だが、それを言っていたら、何もできない。それとも疑ってほしいか?」
玉蓮は、大きく首を横に振る。
西寧の瞳が玉蓮をみつめる。金の瞳は、真っ直ぐに玉蓮を射抜く。
「黒い虎精の妻。それが、虎精にとってどれだけ忌まわしく恐ろしい立場であるか
理解している。玉蓮のような普通の虎精は、幼い頃から言い含められてきたのだろう? 黒い虎には近づくなと。下らないけれども、どんなに間違っていても受け入れは難しいだろう。だから、玉蓮に触れようとは思わない」
西寧の言葉を、じっと玉蓮が聞いている。
「だから、玉蓮が離縁を願い出るなら、即応じよう。毒を盛るよりも、見限って離れればいい。太政大臣の言いなりになって、玉蓮が毒を盛ったところで、玉蓮に利はない。あの男は、実の娘を、自分が忌まわしいと思っている相手に、自分の利益だけのために嫁がせる男だ。言いなりになって、玉蓮が犠牲になる必要はない」
今、西寧には、朱雀と稲荷神、それに烏天狗という大きな後ろ盾が出来た。
もし、西寧に玉蓮が毒を盛れば、玉蓮自身の身も危険になるだろう。太政大臣がそれを娘にやらせるということは、自分の権力のために娘を使い捨てにするということだ。
「ですが、私が、西寧様と一緒に死にたいと思う可能性もあるでしょう?」
「え、心中ってことか? まさか。だって、忌まわしい男と死にたい人間なんていないだろう?」
「そこです。どうしてそう決めつけるんですか?」
と、言われても……。初めて会った時には、あんなに嫌がって泣いていた。今だって、お互いに距離を取って話をするだけの関係だ。
ほとんど喧嘩ばかりで、話と言えるのかも難しいが。
今だって、徐々に玉蓮の機嫌は悪くなっていっている。
「うーん。離縁しても行くあてが無くて、思い余って心中の可能性もなくはないか?」
「失礼ですわ! 行くあてくらい、私にだって見つけられます! えっと、昔のお友達を頼るとか……従兄弟を頼るとか……」
「そういう時には、困らないように行く先も探してやる。遠慮なく言えばいい」
「ちょっと! だから、どうして離縁が前提なんですか!」
玉蓮が怒り出した。
困ったな。
「じゃあ、玉蓮はどうしたい? 何を望んでいるの?」
分からないなら、聞けばいい。
それが西寧の常識だ。
「そ、それを私に聞くところが、西寧様のズルい所です!」
玉蓮に西寧の常識は通用しない。
玉蓮は、顔を真っ赤にしている。
今日は、ここまでか。
きっと玉蓮は、いつものように怒って席を立つ。
退室のために立ち上がろうとした西寧は、急激な眠気に襲われる。
なんだ? これ……。
西寧は、その場へ倒れ伏してしまった。
「西寧様が悪いんです」
ポロポロと涙をこぼしながら、玉蓮がじっと床に倒れ込む西寧を見ていた。
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