第65話 烏天狗のもてなし

 烏天狗の里へ西寧と壮羽が向かえば、壮羽の兄の悠羽が迎えてくれる。

 悠羽の家で労われ、山菜や川魚を中心とした食事を用意されて悠羽と食卓を囲む。

 

「しかし……あれ? 女の子……毛並も違う?」

壮羽から聞いていたものとは違う姿の西寧に、悠羽は訝る。


「ああ、いえ。これは、今回の旅で姿を隠しておくための変装です」


 西寧がゴシゴシと顔を拭けば、元の毛並みに戻る。


「幻術の薬か……ふうん。便利なものだな」

悠羽が感心する。


「しかし、虎精というものは面倒だな。何色でも本質は変わらない物を、何をそうぶつくさと文句を言うのか」

悠羽が笑う。


「そうだ。念のため例の幻術使いについて、烏天狗の里の者で調査をさせている。何か分かれば、連絡してやろう」

悠羽は、親切に西寧に接してくれる。


「ありがとうございます」

西寧が礼を言えば、


「大切な弟の主君だ。西寧王が失脚したり崩御したりしたら、壮羽が不幸になる。それだけは避けたい。いいか? 烏天狗は真面目で忠実だ。西寧王が道を誤れば、それは壮羽の苦しみとなる。だから、西寧王よ。心しておいてくれ。双肩にかかっている物を! もし、壮羽が苦しむことになれば、この悠羽は、西寧王を許しはしない!」

にこやかに悠羽は、西寧に圧をかけてくる。


 これは……恐ろしい。

 幼い頃に里を離れた壮羽に対して、ずいぶんと心を向けているのだろう。

 もし、西寧が壮羽を裏切るような行いをすれば、きっと烏天狗の里をあげて西寧を殺しにくるだろう。


「兄上!! どんな状況になったとしても西寧王に敵対するなら、私は兄上の敵になりますよ!」

壮羽が西寧を庇う。


「まあ、壮羽を裏切るようなことは、絶対にしない。壮羽に叱られることは多々あるとしてもだ」


「それは、あなたが無茶ばかりするからでしょ? 先ほども悪漢に追われていて、どうして臣下を庇おうとしたんですか? それで私が生き残って生き残るとでも?」


 言い合う西寧と壮羽を、悠羽は目を細めてみている。


「ふうん。まあ良い。しかし、どのようにして朱雀の国へ行く?」


 朱雀の国は天高い場所にある。翼のある獣でも容易にそこへはたどり着けない。

 烏天狗の翼をもってしても、そこまで人を運ぶのは、至難の業。

 何人もの烏天狗を使えば行けなくもないが……知恵が回るという西寧の案をまず聞いてみたい。烏天狗に頼る事だけを考えて甘えてくるならば、叶えてやらないことはないが、壮羽がどう言おうが、それまでの人物と判断せざるを得ないだろう。


「西寧様、先ほどの宙に浮ける妖術があれば、私が引っ張ってお連れできましょうか?」


「なんと。虎精であるにもかかわらず、力を増強する以外の妖力の使い方をするのか?」


 面白いな。宙に浮く虎精か。まあ、この華奢な体つきで力に特化した妖術の使い方をしても、並みの力になりこそはすれ、それ以上にはなり得ない。


「いや、それだけでは、途中で俺の妖力が尽きて、壮羽に大きな負担がかかってしまう。もう一歩、それ以外の工夫が必要だ。族長悠羽様、すまないが……」


 やはり、烏天狗で力を合わせてあげてくれということだろうか?


「大きな布とロープを分けていただきたい」


「あ! あれは、ちょっとゆっくり落ちることが出来るだけで、上昇は出来ませんよ?」

壮羽が言い返す。


「そう思うだろう? だが、あれで上昇気流を捕まえればどうなる?」

西寧がにこやかに笑う。


 西寧の言葉に、壮羽が、なるほど……と言い返す言葉をなくす。


「なんだ? 壮羽と西寧王だけで話をすすめても、何をしようとしているのか分からんぞ?」

悠羽は、思わぬ西寧の頼みに首をかしげる。

 

 大きな布とロープでどうするというのか?


「人間の業です。妖力を持たない人間が、どのように空を飛ぶのかを研究しました。飛行機やロケットを作れれば一番高く飛べるが、残念ながら時間はない。ですから、大きな布で上昇気流を捕まえて、まず高い所まで飛びあがるのです。地面に落ちるのは、地面に引っ張られているかららしいので、妖力で重量をゼロにしておけば、その上昇気流で生まれた上に引っ張られる力で相当高い所まで登れるはずです」


 山に住む鳥類が高みに昇る方法に似ている。上昇気流を翼を広げて捕まえて、その力で高き場所まで、いっきに上昇する。


「面白いじゃないか。協力しよう」

悠羽は、この小さな虎精の王の知恵にワクワクしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る