第64話 幻術使い
一本道。狭い道だから、荷馬車には方向転換は難しい。ふもとに降りれば回避できるだろうが……回避したとしても、烏天狗の元へ向かう道を塞がれてしまっては先へ進めなくなってしまう。虎精の国から烏天狗の里への最短ルートがこの道。それ以外の道となると、人間界や他の妖の国を通る必要があり、とんでもなく回り道になってしまう。
出来れば、先へ進みたいが、一本道で荷馬車を撒くことなんて出来るのだろうか……?
「どうされましたか?」
にこやかに荷馬車の商人が声をかけてくる。
「あ……いえ、何でもありません」
気取られては面倒だ。西寧は、言葉を濁す。
「大丈夫です。お嬢様は私が抱き上げて飛びますから」
西寧の様子がおかしいことに気づいて、壮羽が前に出る。
主が警戒しているならば敵だと判断したのだろう。
「ちいっ! この馬鹿烏が!!」
男が、壮羽に網のような物を投げつけてくる。
網は壮羽の前で広がって、壮羽を包み込む。
「く、蜘蛛の糸だ!」
女郎蜘蛛の妖が使う蜘蛛の糸。それが、壮羽の体に絡みついて動きを制する。ベタベタとする糸の表面が壮羽の体に張り付いて取れなくなる。
「壮羽!」
「お逃げ下さい! 西寧様!」
西寧が、壮羽を敵の前において逃げるわけがない。
「ちょっと、西寧様! 私が盾になった意味が!!」
身動きの取れない壮羽を庇おうとする西寧に壮羽は肝を冷やす。
壮羽は必死でもがいて蜘蛛の糸を外そうとするが、蜘蛛の糸はなかなか取れてはくれない。
「愚かなり!
ゲラゲラと商人の男が笑う。
西寧を捕まえようと伸ばしてきた右手にやはり薬指はない。
「お前! 赤虎の国で老人の化けていたな! 正体は化け狸か!! 明院の差し金か!」
証拠はない。西寧はカマをかけて男が口を滑らせるように誘導する。
「小賢しいな! だが、それを見破って何がどうなる?」
やはりそうであった。
夢中で西寧を追ってくる商人。西寧は、自分の方へ商人を誘導する。
靴が簡易なサンダルなままなのが口惜しい。思うように前に進めないが、それでも荷馬車で追って来れないように、木々を縫って西寧は逃げ回る。
男の手が、西寧を捕まえようと伸びてくる。
「このガキ!」
男が、妖術を使い始める。
幻術が西寧の周囲に広がり、辺りの様子が分からなくなる。
靄で真っ白になり、木々も空も地面すら見えなくなってしまった。
クソッ!
西寧は、幻術を破るために、自分の腕を爪で切り裂く。
痛みで幻術がかき消されて、元の森が姿を現す。
「おのれ西寧王! 幻術を破る術をしっているとは!」
男の顔を見れば、先ほどまでの人の良さそうな商人の顔ではない、無骨そうな男の顔。これが、この男の素顔なのだろう。
幻術を破った今ならよく分かる。
ふと、西寧の耳に水音が響く。幻術の中では分からなかった音。
沢? 滝? この標高でこの音ならばきっと!
西寧は、音のする方向へ走り出す。追っ手もそのまま西寧を追尾している。
ヨタヨタと逃げる西寧に、男が迫る。
ガッと西寧の腕を男が掴んだのを、西寧はそのまま鷲掴みにする。
「かかったな!」
西寧は、自分の分身の黒虎を出して自分ごと男を崖から突き落とした。
慌てた男が手を離した隙に、西寧は空中に浮遊する。
「で、できたぁ~」
何度も常盤に教えてもらっても、なかなか出来なかった技。
羽を使わずに妖力で空中を舞う妖狐の技。
眼下を幻術を使う化け狸の男が落ちていく
グシャリ
嫌な音がして、幻術使いの男は、沢の横に落ちて動かなくなった。
「せ、西寧様!!」
壮羽が西寧を探して飛んでくる。
「そ、壮羽! ここだ!」
西寧が壮羽に答える。
「すごいじゃないですか! いつの間に飛べるようになったんですか?」
宙に浮く西寧を、壮羽が褒める。
「いいから、早く助けて! 一歩も動けないんだ! 妖力が切れたら落ちる!」
どうやら、西寧は、浮いて止まることは出来ても、動くことはまだ出来ないようだった。
壮羽は、西寧を抱き上げて、そのまま飛ぶ。
「ああ、またお怪我をなされて……」
西寧の腕の怪我をみて、壮羽は眉間に皺を寄せた。
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