第63話 山道

 緑虎の国を歩けば、国の中央にそびえる大きな図書館が嫌でも目に入る。

 知識と伝統を重んじて、緑豊かな国。

 虎精の国の材木は、ほとんどが緑虎から産出されて、国土は最も大きい。


「黄虎の国の明院が狙うのも分かる資源の豊かさだな」

西寧は、周囲を見渡しながらつぶやく。


 かつて、明院は、緑虎の国の国土を狙おうと、無茶な作戦を立てた。

 その無茶な作戦に巻き込まれて、壮羽の初めの主の緑蔭は命を失うことになったのだ。


 観光や芸術により外貨を稼ぐ赤虎の国、商業を中心に発展した黄虎の国、武力により妖魔の進軍を防ぐことで武力で発展した青虎の国。そしてこの緑虎の国は、豊かな資源と知識力で他の国と張り合っている。


 黄虎の国の明院は、緑虎の国に進軍することに失敗して、今度は青虎の国を狙っている。青虎の国の武力をまず手に入れることで、緑虎の国にも赤虎の国にも進軍しやすくなると踏んでいるのだろう。


 なんのお墨付きもなくとも、黄虎と青虎の財力と武力が合わされば、虎精の国々の統一は容易いと踏んでいるのだ。


「本当は、あの図書館にも寄ってみたいのだが……」


 西寧は、緑虎の国が誇る巨大な知識の殿堂を仰ぎ見る。次にいつ来られるか分からない場所。一目見ておきたいし、色々と調べたいこともある。


 だが、怪しい追っ手が迫っているならば、旅は急がなければならない。

 うずうずする心を抑えて、西寧は道を進む。


 道を進めば、前に山がそびえる。


「この山を登れば、烏天狗の国に着きます」


「思ったよりもでかいな……」


 この簡易の靴で登れるのかどうか不安になる。

 仕方ない……黒虎であることがバレたら面倒だと思って使わなかったが……。


 西寧は、妖力で虎の分身をつくる。

 ロバほどの大きさに作ってその上に乗れば、黒虎は走り出す。


「ずいぶん上達いたしましたね」

翼で低空飛行で並走する壮羽が、そう声をかける。


「だろう? 一時間は連続で出していられるようになった」

西寧は、ニコリと笑う。


 幼い時に、無駄だと周囲に大笑いされた技は、修練を積むことで役に立つようになった。ネズミほどの大きさを一瞬出せただけだった分身は、今はロバほどの大きさで西寧を助けてくれる。虎精の誰もやらない妖力の使い方。


 しばらく野を駆けた虎は、時間が来てスッと姿を消してしまう。


「残念。しばらく休むか」

西寧は、道端に腰をかける。


 深い山の中。烏天狗の里はまだ遠い。

 じっと座っていると、遠くから馬車の音が聞こえてくる。


「……商人でしょうか? 時々行商の者が虎精の国から来るのです。この山道でも、慣れた様子で馬車を御するのですから大したものです」

壮羽が西寧に説明する。


 壮羽が烏天狗の里から逃げた時にも、行商人の荷馬車を利用したのだと言う。

 売っている者は、布地や酒、里では手に入らない食物などを乗せて山を登り、烏天狗の作った武具や漢方に使うような珍しい山菜やイワナの干物などの山の幸を乗せて下っていく。


 ふもとから登ってくる馬車が通りやすいように脇によけていると、


「お嬢さん、烏天狗の里へ?」

と、馬車を動かす男が尋ねてくる。


「良かったら乗せてあげようか? そんな華奢な体では山道は辛いだろう?」


 華奢と言われるのは腹が立つが、乗せてもらえるのは嬉しい。

 

 ……しかし不思議だ。本来、これから登って商売するのに、どうして西寧を乗せる余裕が馬車にあるのか? 馬車一杯の荷物を持って登った方が、効率が良いはず……。


 人の良さそうな太った男。

 にこやかで愛想が良いのは、いかにも商人風だが……。


「烏天狗の里で何を売られるのですか?」

西寧は聞いてみる。


「この季節ですと、西瓜……後は、ご婦人方の着られる服の布地、そうだ、武具。烏天狗の里では、武芸を貴びますから、武具は良く売れます」


 嘘だ。

 さきほど、壮羽が言っていたこととは違う。

 武具は、烏天狗が作ったものを、他で売る物だ。


 ということは、この男は、誰だ?

 長い袖で手を隠しているが、赤虎の国で見た、右薬指がない男ではないか?

 西寧は、緊張する。















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