第62話 緑虎の国へ
西寧が国境に着けば、壮羽が急いで飛んでくる。
「西寧様! 足から血が!!」
慌てて壮羽が西寧を抱き上げて、膝の上に座らせる。
「ああ、もう! 靴擦れが出来て、靴を脱いでおしまいになったんですね!」
壮羽が西寧の足の状況を確認して、手持ちの軟膏で手当てする。
河童の作った軟膏。使い方を誤れば猛毒になるが、普通の者には、人間だろうが妖だろうが、たちどころに病も怪我も治ってしまう。
ただ、河童はその所在を簡単には明かさないから、その薬は妖の国においても貴重だ。壮羽も、この間里に帰った時に分けてもらった物を、小さな容器に少ししか持っていない。
汚れた足を袂で拭いて軟膏を塗れば、痛かった西寧の足は、簡単に癒えていく。
「すごいな。こんな薬をどうやって手に入れたのだ?」
「烏天狗の元族長、母の黒羽は、とても顔が広いのです。幻術を使う狸、妖狐、山猫……それに河童の知り合いもございます。……西寧様? 売れませんよ? そんなに目をキラキラさせてご覧になっても、年老いた河童一匹と知り合いなだけですので、とても商売出来る量は手に入りませんよ?」
「なんだ。残念だな……」
壮羽の言葉を聞いて、西寧はがっかりする。
「それよりも、こんな傷だらけの足で、どうして走っておられたのですか?」
「うん。それなんだがな……」
西寧は、赤虎の者に来光の前に突き出されそうになったこと、手の若い奇妙な老人に助けられたが、どうにも怪しくて逃げてきたことを壮羽に話す。
「右薬指のない男ですか……記憶には無いですが、警戒しておいた方が良さそうですね。……その者、それほど変装が上手なのだとしたら、化け狸かもしれませんね。どういった目的なのでしょう?」
壮羽は、西寧が痛くて履けなくなった靴の底と、自身の持っていた手拭いを使って、簡易なサンダルを作りながら西寧に尋ねる。
「さあ、どうだろう。ひょっとしたら、狸ならば、この変身する薬を見破れるか? それなら、青虎の西寧と見破った上で話しかけてきた可能性があるか?」
西寧が考え込む。
もし、相手が化け狸で、薬を見破ったとすれば、明院の手の者の可能性はないだろうか? もし、そうならば、常盤や福寿は大丈夫なのだろうか? 不安が残る。
「どうされますか? 諦めて帰りますか?」
壮羽の言葉に、フルフルと西寧が首を横に振る。
「追手がこちらを追っている時に帰れば、常盤達をより危険な目に合わせてしまいそうだ。それよりも、朱雀の国へ急いで、目的を果たしたい。そうすれば、向こうも手出しをする理由を失うはずだ」
壮羽が作ってくれたのは、靴底を布で縛っただけの不格好な簡易サンダル。
それでも、裸足で歩くよりもずいぶん楽になる。
「ありがとう。最高の靴が出来た!」
壮羽の膝からピョンと西寧が飛び降りる。
壮羽と西寧は、歩いて緑虎の国へ国境を越えて入っていった。
烏天狗の里は、緑虎の国にそびえる高い山を登ったところ。山にある門を越えたところにある。烏天狗の里を越えてさらに天高く上った先に、朱雀の国がある。
翼のある妖以外に誰も登れない高みにある朱雀の国。
それを、西寧は目指して、森深い緑虎の国を壮羽と歩いていた。
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