第61話 追っ手
朝、元の宿を壮羽が見に行けば、やはり来光の家臣らしき者達が、西寧達を探していたようだ。何人もの男達が、宿の中をうろついて睨みを利かせていた。
「駄目ですね。戻れば見つかります。馬は諦めましょう。宿に世話代と書き置きを置いておきます。烏天狗の里に寄った時に兄に頼んで青虎の国へ戻してもらえるように頼みましょう」
壮羽の言葉に、西寧はため息をつく。
面倒な奴に目を付けられたものだ。恐らくは、ほんの気まぐれ。世慣れぬ田舎者と見て、揶揄いたくなったのだろう。揶揄って断られたから、後に引けなくなったか?
おかげで、履きなれた靴と馴れた馬という旅に欠かせない物を二つも失ってしまった。
「寧様、抱えて飛びましょうか?」
壮羽が心配する。
「いい。長い距離を飛べば、お前が疲れる。なんとか歩く」
買ったばかりの装飾だらけの赤虎の靴を引っ張って伸ばす。かかとに油を塗っておけば、靴擦れは出来にくくなるだろう。
「無理はしないで下さいね。無理すれば、きっと後に響きます」
壮羽が労わる。
顔を隠して宿を出て赤虎の辺境の街を歩き出す。
昨日の夜の祭の名残で、まだ街は観光客でごった返している。また夜に開催される祭りで、街は再び夕方に活気づくことだろう。姿を隠したい西寧達には好都合だ。
歩いていると、街の所々に張り紙が貼ってあることに気づく。
『烏天狗を連れた深窓の令嬢を探している』と、西寧の似顔絵と特徴まで書かれ、それに来光がサインをしている。報奨金に金貨が数枚。……これでは罪人だ。
仕方ない。
「壮羽。別行動だ。その羽は目立つ」
「しかし、それでは……」
「見つかる方が厄介だ。大丈夫だ。この似顔絵の注釈、抽象的過ぎて訳が分からん。えっと、『月の光を集めたような輝きの瞳』『花の蕾のように柔らかな唇』こんな意味の分からない特徴で探し出せるわけがない」
まさか、この国独特の暗号なわけではないだろう。この抽象的な表現では、何も言っていないも同様だ。
心配する壮羽を飛び立たせ、国境で会うことを約束して西寧は一人歩きだす。
しばらく歩けば、やはり足が痛くなってくる。
……デザインは綺麗なのだが、この靴は……、せめて履きなれて柔らかくなっていれば良いのだが、まっさらな靴は、どうも長時間歩くには適さない。
いっそ裸足で歩いた方がましか? そっと靴を脱いで裸足でペタペタと歩き出せば、石畳に落ちている小石一つで足が痛い。
「お嬢さん、どうしたの?」
「ねえ、抱きかかえてあげようか? ほら、可愛いあんよが泥だらけだよ?」
赤虎の街の男達が次々と声を掛けてくる。
油断をすればすぐに抱きかかえようとしてくる。
この国の国民性はどうなっているのだろうか? 女とみれば、声を掛けずにはいられないのだろうか?
「結構でございます。放っておいてはいだだけませんか?」
何度そう言ったことか……。
見つかる危険があっても壮羽と一緒に歩いていた方が、まだましであったか……。
「あれ? その可愛らしいお顔は、ひょっとして来光様が探している令嬢? 顔の特徴が、貼り紙にあった通りだ! そうだよ!」
西寧の顔を覗き込んでいた男が、気づく。
どうしてあの説明で個体識別できるのか? どうなっているんだ一体??
周囲の者まで覗き込んで、そうだそうだと囃し立てる。もしそうだとしたら、烏天狗がいるはずだ。どこだろうと天を仰ぐ者、周囲を見渡す者。
「まあ、いい。来光様の所に連れて行けば真偽は分かる」
西寧の腕を男が掴む。
まさか、見つかるとは思ってもみなかった。
このままでは、捕まって来光の前に召し出されてしまう。
「違います。この娘は、私の孫娘でございます。祭が見たいと一人で見物に行ったのです。……ほら、娘一人で祭なんて行くものではないと爺が言った通りであろう?」
声がして振り返ると、にこやかな老人がいた。
「じゃあ、烏天狗は? この子は令嬢ではないのか?」
「烏天狗? この私どもにそんな上等の従者はいるわけないでしょう? 裸足で歩いているのだって、靴に穴でも開いて買い替える金がなかったのでしょう。令嬢なわけがない。本物の令嬢ならば、即座に新しい靴を買うか、人足を雇って担いでもらうでしょう」
老人が大笑いする。
「お、お爺様ごめんなさい。やはり一人では無理でした」
西寧はとっさに老人に話を合わせる。
老人の話を信じたのか、男達は西寧を離して行ってしまった。
老人が西寧に手を出してくる。
「さ、一緒に参りましょう。足のケガを治療して差し上げます」
「え、いいえ。ご親切にありがとうございました。私は先を急ぎますので!」
西寧は、慌てて走り出す。
気づいたのだ。老人の手が若い。これは、老人に変装した何者かだ。
先ほどの男達よりも厄介な相手かもしれない。
足が痛いなどとは言っている場合ではない。足の裏から血が噴き出ても西寧は走り続ける。目指すは壮羽のいるはずの緑虎との国境。
ちらりと後ろをみれば、老人の変装が災いして、謎の男は西寧を追っては来れないようだ。悔しそうな表情でこちらを見ている。
指が欠けた男……西寧に見覚えはない。一体何者でどうして西寧を追っているのかは分からない。だが、西寧の天性の勘が、あの男はやばいと警鐘を鳴らしていた。
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