第3章 光るお人 ⑥
「…。これ、沈まないよな?」
「わたしが、そう意識しているかぎりは」
は? と。
大陽が視線で聞き返すと、相手は、うっすら笑った。
「あなたが暴れれば、その限りではないが、いまのところは沈める気もありませんので」
(暴れるわけないだろ…さっきのいまで、水に落ちたくない)
そうして見ると、テールと名乗る男は、さほど大柄ではなかった。
筋の確かさを感じさせる均整のとれた細身で、手足は長そうだが、
背丈の方は、せいぜい、大陽とおなじか、いくらか上をゆくていどだろう。
大陽は、その事実に親しみめいた感動をおぼえた。
はじめに思ったより若いのかもしれないが、年上であることに違いはなく…。
もう、大人といってもよさそうな見てくれなので、成長期にある彼は、すぐ追いぬいてしまうに違いない。
(中学に入ってから、三センチ伸びたし、親の身長を鑑みるに、まだまだ伸びる)
そう考えると、気分が良くなった。
勢いにまかせて、いま思いついた疑問を口にしてみる。
「なぁ。おまえ、ときどき、敬語になるけど、なんで? 実は
未成年の大陽相手に、ひやかしめいたタメ口利くくせ、敬意があきらかな丁重な言葉遣いもする。
相手を見て、対応を変えているようにも思えない。
それがその男の習癖なら、それまでで…。
大陽としても、なぜ気になったのか、問われても答えられないのだが、
相手が、五つ六つ、年長に見えることもあり、微妙な違和感をおぼえたのだ。
気のせいか、瞬間、動きを止めたように思えた光る男は、伏せた金色のまなざしのはしに大陽の姿を捕捉しながら応じた。
「条件反射のようなもの…、しつけということにしておこうか…」
「しつけ?」
「《
センシュウの仕込みは、それなりなので…。
たまに、ぼろが出るのだろう」
「習慣ってやつ? でも、なんだか…。
(こいつは)初対面だからって、流されるようには見えない…」
いま、ほんの二メートルにも満たない距離にある光る男は、くすっと笑って、まなざしを伏せた。
これと返されることばもなかった。
(とりすました顔して…、なんでかわからないけど、無性に腹のたつ男だな…。
人を不安にするようなからかい方しかできないのかよ。
…んなの、思量の足りないガキのすることだろ…)
穏和で、とっつきやすそうに見えたり、情のない対応で、ぞんざいに思えたり。
酷薄に見えたり…。
人の印象は、話し方や表情で、かなり変わるものだが、その男は、特に、その変転が目についた。
見せたくない…知られたくない裏があるか、
もしくは、
両方の可能性だってある。
人の個性など、一朝一夜で他人が理解しきれるものではない。
なれない環境にあって、かなり慎重になっているが、大陽は、生来、そういったものに大きく左右されるようなデリケートな気質の持ち主ではなかった。
(しつけということにしておく…ってことは、違うってことだよな…)
なにか放置し難い(したら後悔しそうな)裏がありそうで、防衛意識が騒いだが、いずれにせよ、知りあったばかりなのだ。
大陽としては、自分を
かなり、あやしい気もするが、
それはそれとしても、やはり気になってしまうのは、相手が人間ではない気がしてしまう現実だ。
どうゆう仕様なのか、光っているのに目がくらみもしないし…。
その男があらぬ方に目を向けたりしたとき、金色の虹彩が白目に張りついた透けるレンズのように見えたりするのは、かなり心臓に悪い。
ちょっとした光線のかげんだと看過しようともするのだが、
その現象は、色素の薄い虹彩になれがない大陽に、言い表しようもない戦慄をもたらすのだ。
そうこうしているうちに、舟が、すいと後ずさりして、岸から離れた。
動作がひきだす重心の移行…変化はあっても、音や振動はなかった。
向かう方角を定めた舟が、今度は、舳先を前にして進みだす。
同乗者と向き合って座っていた大陽は、進行方向に背中を向ける
「…。静かだな。このボート、なんで動いてるの?」
「動かしているのは、わたしだ」
大陽は、いささか、おおげさな溜息をついた。
いまの短いやり取りで、どっと疲れた錯覚がある。
「舟の動力がなにかを聞いたんだ。
調教されたイルカかアザラシでも曳いているのか…って、本気にするなよ?
冗談だから」
「働いているのは、陽の宮から太陰を通していただいた陽のエネルギーだ」
「…? ソーラーパネル、どっかについてるのか?
にしても(スクリューか、なにかあるはずだろ。なのに)、音がしない…」
「なにも知らないのだな」
わずかに金色帯びた白っぽい髪の男は、それとない視線を大陽に向け、おもむろに語りはじめた。
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